2000年 3月


2000年 3月の幻想断片です。

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  3月31日○ 

「お勉強、お勉強〜」
 すがすがしい朝の光が降り注ぐ町の大通りを、セリカは独り言を呟きながら学院の方へ歩いていった。
 


  3月30日− 

「桜さん、桜さん。つぼみが綻んできましたね」
 背高のっぽの桜の樹を見上げ、つくしが言った。
「ええ、つくしさん。もうすぐ花が咲きますよ」
 桜の返事を聞いてから、つくしは感慨深く語る。
「みずみずしい〈春〉がやって来たんですねえ」
 


  3月29日△ 

 風と混じり、溶け合い、風を突き抜けて空へ至る。風の妖精〈セルファ族〉は森の奥に住む不思議な種族だ。
 


  3月28日− 

「駄目だわね……」
 シェリアは溜め息をついた。照明魔法を繰り返し唱えても、この洞窟内ではフッと消えてしまう。何らかの強い魔力によって全ての明かりが封じられているようだ。
 


  3月27日○ 

 真っ赤な太陽、輝く月と煌めく星たち、あるいは広々とした雲が、いつもあたしを見守っているんだね……。
 空を仰ぎ、リンローナは感慨深く溜め息をついた。
 


  3月26日○ 

 天空畑の管理人・テッテは、遊びに来てくれた幼いジーナとリュアに、何の変哲もない茶色の種を手渡した。
「この夢の種を、あなたたちの心に蒔いて下さい」
 


  3月25日− 

 西風の子は、とある町で休んでいるとき、古ぼけた小さな風車を何度も回した。一つだけ回り続ける風車を、褐色の肌をした南国の子供が喜んで眺めていた。
 


  3月24日− 

 大好きな金平糖がなくなったので、昨日はちょっくら夜空へ出かけ、たくさんの星の金平糖を集めてきた。
 


  3月23日△ 

 涼しい森の中で寝転がり、梢の間にきらめく青空を見上げて、僕はうとうとしていた。頬に柔らかな風を感じ、夢見心地のまま上半身を起こすと、半透明の小さな精霊たちが僕を丸く囲んで神秘的に踊っていた。
 


  3月22日△ 

「いつでもどこでも、風の翼を身にまとって大空へ羽ばたけますし、陽のささやきを聴きながら雲の上でお昼寝できるんですよ……まぶたを閉じさえすれば、ね」
 オーヴェルは〈すずらん亭〉の姉妹に語りかけた。
 


  3月21日× 

 王都メラロールにそびえ立つ〈白き王宮〉の奥深く。
「シルリナ様、レリザ様。お食事の用意が出来ました」
 侍女に呼ばれ、読書にふけっていたシルリナとレリザは目配せし合って立ち上がった。シルリナはメラロール王国の誇る気品高き第一王女であり、レリザはガルア公国の公女……シルリナのいとこにあたる。二人ともラディアベルク家の血筋を引く十八歳である。
 


  3月20日○ 

 色々な人にめぐり会い、そして幾つもの別れを味わった……深い感謝の気持ちを抱きつつ、旅人は馴染みの町に別れを告げ、快晴の下、新たな一歩を踏み出した。
 


  3月19日− 

「りゅうせんすい……ですか?」
 僕が聞き返すと、村長であり魔法学舎の校長でもあるドルビンさんが髭を撫でながら注意深く応える。
「そう、竜仙水じゃ。森の奥深くにある地霊洞の最下層に湧く清水が、竜仙水じゃ。それと引き替えに学舎の卒業証を与えよう。三人で力を併せて、頑張るんじゃ」
 僕の横には学舎の同級生が二人いる。
 


  3月18日△ 

 海の底には楽園があってな、そこでは餓えも病も苦しみもなく、誰もが永遠の生を受けるんじゃよ……婆やは目を細め、懐かしそうに語り続けた。
 


  3月17日− 

 一月のある日、月も眠った丑三つ時、黒いコートに身をつつみ、冷えきった夜気の中を歩き続ける男がいた。吹きすさぶ風は刃となって男を襲い、真っ白な吐息は天へ溶ける。それでも男は休まずに歩き続けた。
 


  3月16日○ 

「退屈ざます、全く退屈ざます!」
 ペランチョリーノ女史は、大声で文句を言いながらエルヴィール町の通りを歩いていた。
「何か面白い事件は無いんざますか?」
 


  3月15日◎ 

 さみしい春の夜、リンローナが闇の中で腕を振ると、掌に乗せていた銀の鈴が優しい音色を奏でた。その響きは緩やかな風と交わり、合わさって、はるか遠くへ流れていった。リンローナは安心して眠りについた。
 


  3月14日○ 

「また来年、会いましょう」
 手を振った少女の姿がぼんやりと薄くなり、色を失い、最後は雪のひとひらに変化して、消えた。
 


  3月13日△ 

 日の出を迎えつつある草原では、数えきれないほどの朝露たちが、それぞれに儚い命をきらめかせている。
 


  3月12日△ 

 道を急ぐ車の騒音が遠ざかるのに反比例して、ささやかな雨音のメロディーが聞こえてきた。
 


  3月11日△ 

 彼は考えている――何のためらいもなく歩き続けた幼い頃、世界は希望に充ちていた。いつしか、それらの希望はシャボン玉の夢のように弾けてしまった。変わったのは世界だろうか、それとも僕自身なのか――。
 彼は今日も考えている。
 


  3月10日○ 

 雪は山の上へ去り、ぬかるんだ土を草花の芽が埋め尽くす。風がそよぎ、夜の長さを昼が追い越すと、本格的に河の水が温んでくる。あの麗しい季節は目の前だ。
 


  3月 9日◎ 

 夏の真っ盛り、ファルナとシルキアは近くの川辺で遊んだ。石をどかすと、群れていた小魚が驚いて逃げ出した。川に映る陽の光は、まるで妖精の舞のように美しく輝いていた。
 


  3月 8日− 

 岸辺にたたずむセラーヌ町では、今日もたくさんの水車が回り、新たな夢を産み出している。
 


  3月 7日○ 

 春風の天使が、南から新しい季節を運んでくる。まもなく、つくしの子が背を伸ばし、熊の一家も目覚めるだろう。
 


  3月 6日− 

 南の島の小さな町・イラッサの表通りを、草木の神者サンゴーンが歩いていった。
「今日も、いいお天気ですわ〜」
 


  3月 5日− 

 南国の果てに浮かぶフォーニア島。亜熱帯の密林の奥深くに一本の塔が屹立している。小さな窓から外を覗く美しい妖精の娘は夢幻の神者ファナ。彼女の周りで、半透明の不思議な精霊たちが緩やかに舞い踊っている。
 


  3月 4日○ 

「かぁーっ。うめえな!」
 ある晩、久しぶりに町へたどり着いた冒険者らは、迷わず酒場に向かった。グラスの麦酒を飲み干したケレンスの正面で、リンローナが口をとがらせる。
「もう。あんまり飲み過ぎないでよ……」
 


  3月 3日− 

 黒いローブに身をつつんだ老人が丘の上で皺だらけの右手を掲げると、老人を軸にして竜巻が沸き起こった。
 


  3月 2日− 

 大きな弓を背負い、朝靄けむる深い森を疾風のように駆けていく細い影。名はシフィル……狩人の娘である。
 


  3月 1日△ 

 黄昏時、部屋はオレンジの懐かし色で充ちていた。
 闇に塗りつぶされる前に……さあ、夢幻のストローを取りだして、夕陽のジュースを飲もう。