2000年 4月


2000年 4月の幻想断片です。

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  4月30日− 

 何もかもを優しくつつみこむ母のような冬の光は、しだいに子供のような元気さを増して春の光となり、これから迎える夏では少年のような熱っぽさを秘めていく。
 


  4月29日◎ 

「ふわぁ〜」
 眠気の残る朝、南国のいささか強い光の雨を飲み込みながら、綿雲を眺めつつ、サンゴーンは通りを歩いていた。角を曲がろうとした時、勢い良く駆けてきた人と正面衝突する。二人はおでこをぶつけ、道端に倒れた。
「いててて……ごめんなさい」
「気をつけて下さいの……あ、レフキル?」
 おでこを撫でながらサンゴーンが起きあがると、目の前に見慣れた顔があった。相手も額をさすっている。
 


  4月28日− 

 ある春の日、小学三年生の早瀬あゆみは、向こうの方で雪が舞っているのを見ました。走って行ってみると、それは桃色の雪……散りゆく桜の花びらだったのです。その美しさに心を奪われる、あゆみでした。
 


  4月27日○ 

 変わりゆく町の景色の中、行き過ぎる季節の傍ら、流れ去る時間に置き忘れられ……いつも、いつでも、その樹だけは丘の上にひっそりと立ち、緑色の葉を茂らせ、全てのものを暖かな眼差しで見下ろしていた。
 


  4月26日− 

 光の矢が美しい森の奥深くを歩いていると、どこからか、断続的に可愛らしい声が聞こえてきた。
「ロ・ロ・ロッ・ロォロー」
 足元の小さな花から、白い帽子をかぶった妖精の少年が顔を出す。しばらく眺めていると、横の花から、今度は妖精の少女が顔を出し、やや高い声で歌い始めた。
「ッル・ル・ゥルゥルール」
 そのうち、あちこちに咲き乱れる数多の花から妖精が現れ、不思議な音楽会が始まった。鬱蒼とした森は、にわかに色を取り戻し、躍動感に満ち溢れる。
 


  4月25日○ 

 晴れた空にたなびく雲。野原のベッドの上、レフキルと一緒に寝転がっていたサンゴーンが語り出す。
「おばあ様はどうして私を選んだんですの? 優秀な人がたくさん居るのに。さっぱり分からないですわ」
 亡くなる時、イラッサ町の高名な魔女であったサンローン・グラニアは、孫娘のサンゴーンに〈草木の神者〉の秘められた力を託したのだった。
 光に目を細め、親友のレフキルが静かに呟く。
「おばあさんがサンゴーンを選んだ理由。私には、なんとなく分かる気がするよ」
 暖かな陽射しは柔らかに流れ、草の影が揺らいだ。
 


  4月24日○ 

 天の地平線を遠くに見つめ、長い黒髪を銀河の風にはためかせ、月の精霊が樽の水を静かに傾けると、黄色と白の混ざったような淡い光が夜に染み込んでいった。
 


  4月23日− 

 藍色の空が静まる時……ちょっと早く目覚めた日は、霧の中、朝風に混じって口笛を吹こう。いつしか小鳥たちの歌も加わり、東には真っ赤な太陽が顔を出す。生まれたての光を浴びて耳をすませば、まだ誰も知らない響きが聞こえるはずだよ。新しい物語は始まっている!
 


  4月22日○ 

 まぶしい光の洪水に身をひたし、歌い流れる風を抱きしめて、疲れたら木陰でちょっと一休み……体と心の力を抜いて、青く澄んだ真新しい空へ手をかざそう!
 春の野山を歩き続けるシルキアはまぶたを閉じた。
 


  4月21日− 

「今日も雨だな……」
 春の午後なのに空気は冷え冷えとしていた。象牙色の空を恨めしそうに見上げ、ケレンスは溜め息をつく。
「早いとこ冒険してえのに、これじゃ当分、お預けだ」
「水汲みが省けるね。悪い事ばかりじゃないよ、雨は」
 暖かな格好をしたリンローナが呟いた。テントを叩く雨粒の勢いが強まり、ケレンスは再び白い息を吐いた。
 


  4月20日△ 

 雨上がりの夕暮れ、疲れた体を引きずるように早足で家路を急ぐ途中のことだった。近道の公園を横切った時、私はふと足を止めた。夕靄けむる砂場の脇で、ベレー帽を被った老人が水彩画を描いていたのである。絵の中には、大空へ架けた虹の橋がごく繊細に模写されていた。絵の色彩があまりにも現実の虹とそっくりだったので不思議に思い、しばらく老人の絵を覗き込んでいると、彼は顔の半分だけで振り向き、私に向かって軽く微笑んだ。そして、空に伸ばした絵筆で虹の橋を撫で、その特製の絵の具をパレットに溶いたのであった。
 


  4月19日− 

 時期によって咲く花が異なるように、夜空の星たちも季節につれて様相を変える。長命の星たちでさえ、いつかは必ず弾け、自らを真空に散らばせる。
 瞬く星たちは、さながら宇宙に作った花畑だ。
 


  4月18日− 

 疲れたり、頭が重く感じたり、考え方が後ろ向きになってしまう時、シェリアは好きな歌を口ずさみ、普段よりも幾分ゆっくり歩いた。すると呼吸が楽になり、心のもやもやは風に乗って空へ溶けるのだった。
 


  4月17日○ 

 ピクニックに出かけた町外れの野原では、色とりどりの花が咲き乱れていた。小鳥のさえずりが響き渡る。
「少しの間だけ、みんなの上で休ませて下さいの」
 そう言ってサンゴーンが地面へ手を伸ばすと、一緒に来ていたレフキルは驚いて目を見開いた。
「草や花とお喋りできるの?」
 問われた少女は、ゆっくり応える。
「ハイですの。自然につつまれていると、草木の神者の秘められた力を、存分に発揮できるんですわ」
 春の風は優しく流れ、斜面を撫でて通り過ぎた。
 


  4月16日○ 

 辺境のヒシカ村を統べる獣人族代表のトズポ氏は、大地の神者でもある。一介の獣人として、荒れた土地を耕すために、彼は朝早く畑へ向かった。東の低い空から太陽が顔を出し、特徴的な牙や角がきらめく。
 


  4月15日◎ 

 傾いた三日月が夕焼け空に浮かんでいる。
「あんな風な、輝くブーメランが欲しいな……」
 狩人のシフィルは大弓を担いで立ちあがった。
 


  4月14日○ 

 メロウ島の修行場で日の出とともに目を覚ましたユイランは、さっそく庭に出て準備運動を始めた。朝靄のけむる新しい一日は新鮮で神聖な空気に充たされていた。
 


  4月13日− 

 今日の仕事を終え、天を見上げたレフキル。
「ん? あの雲、サンゴーンにそっくり……」
 空を仰いだまま、レフキルは海の方へ歩いていく。
 


  4月12日− 

 霧につつまれた森の奥の一軒家には物知りの魔女が住んでいて、通りかかる旅人に色々な悪さをする。いたずらが上手くいくと、彼女は半分だけ喜ぶが、心のもう半分では深い寂しさを味わうのだった。
 


  4月11日△ 

 散りゆく桜の花びらがいっせいに横へ流れる。風さんが桃色の服を着てる……麻里は思わず見とれていた。
 


  4月10日△ 

 誰も知らない、私だけの物語を紡いでみたい。難しいことは考えず、心を解き放って、思いのままに……。
 辺境の森の奥で、オーヴェルは静かに瞳を閉じた。
 


  4月 9日− 

 城の奥にどっしりと構える〈開かずの扉〉の向こうには螺旋階段があった。気が遠くなるほど降りていくと、新たな扉があった。一気に開け放つ……。
 眩しい日の光。そこは、だだっ広い雲の上だった。王女シルリナと公女レリザは感嘆の溜め息をつく。
 


  4月 8日− 

「あった!」
 天に焦がれて高らかと背伸びをする白樺の樹の根本に片膝をつき、リンローナは目を見張った。
「……森の神様。一株だけ、あたしに下さい」
 腕を伸ばす。それは薄紫に輝くユメミキノコだった。
 


  4月 7日− 

 森の奥にある〈翼の池〉をご存じですか。そこへ迷い込んだ魚には翼が生え、鳥になるのです……。
 人間ならば? もちろん天使になれますよ。
 


  4月 6日− 

 その森では射し込む陽の光が紫色に見えた。
「不思議な場所だな。気分がフワフワする……」
 辺りを見回し、ケレンスは大きく息を吸い込んだ。
 


  4月 5日◎ 

「気持ちのいい朝ですの〜」
 窓から射し込む光の角度が静かに変わっていく。それをのんびりと眺めながら、サンゴーンは微笑んだ。
「何か〈いいこと〉ありそうですわ!」
 


  4月 4日○ 

 とある証券会社の高層ビルの屋上に小さな庭園があり、私はそこの管理を任されていた。社長室より高い場所で働き、社員の誰よりも青空の深さを知っている……私しか得られない、米粒のような優越感だった。  
 


  4月 3日○ 

 暖かさを秘めた南風を存分に吸い込み、靴の裏で大地の鼓動をしっかりと感じながら、小学二年生になったばかりの麻里は公園をのんびり散策していた。
 


  4月 2日○ 

 その樹には花が咲きませんでした。つぼみは出来るのですが、つぼみのまま落ちてしまうのです。他の樹が花を咲かせている真新しい春も、たっぷりと実をつける豊かな秋も、その樹だけは悲しみにくれるのでした。 
 


  4月 1日− 

 樹のうろは別の世界への窓口――その向こうに開ける山麓の草原は、青空のもと、どこまでも続いていた。