2001年 7月


2001年 7月の幻想断片です。

曜日
気分   ×


  7月31日◎ 

「あたしね、時々思うんだ。ケレンスとタックに会えたのって、本当に偶然なのかなあ、って。なんだか創造神ラニモス様が会わせてくれたような気がするんだ……」
 草原の風に薄緑色の髪をなびかせ、リンローナが言った。すべすべした若い肌が太陽の光にきらめいている。その横に座っているケレンスは相手の言葉を受け止め、黙ったまま頷いた。
 


  7月30日− 

 岩場の狭いトンネルを抜ければ、秘密の場所に行ける。周りとは明らかに違うエメラルド・グリーンの海がそこに待っているんだ。そこは誰も知らない……今までは僕しか知らない場所だった。
 それを君に教えたい。さあ、まぶたを閉じてみて……。
 静かに寄せては返す潮の流れが見えてきたかい?
 


  7月29日− 

「ノクターン(仮)」
 眠れ……眠れ……おやすみなさい
 夜風、吹き抜けてゆく
 眠れ……眠れ……陽がのぼるまで
 安らかに、おやすみよ
 


  7月28日− 

 そよ風に乗って、夏の日の思い出が静かによみがえる。海はあの時と少しも変わらず、白い波を立てる。潮騒に混じって、遠くから懐かしい歌が聞こえてきた。しばらく目を閉じよう……。
 


  7月27日− 

 しっとりと降り続く恵みの雨が煉瓦の街を濡らしてゆく。
「やみそうにないねー。あまたの水の精霊さん……」
 宿屋の窓から外の様子を眺め、リンローナがつぶやいた。
「ま、たまには休憩もいいもんでしょ」
 ベッドに寝転がり、天井を見つめて姉のシェリアが言った。
 


  7月26日△ 

「ドキドキするなぁー。今日も降ってくれるかな」
 シルキアが胸を押さえて言った。昨日の昼間、通りがかりの旅人が、サミス村の近くの森で七色の雨が降ったのを見たという。そsて、それはまるで虹が弾けて降り注ぐような信じがたい美しさだったという。妖精の国……彼はそう表現した。
「とっても楽しみなのだっ」
 姉のファルナも心はずませ、足取りも軽く歩いていった。
 


  7月25日− 

(休載)
 


  7月24日− 

「こんなとき雪が降ったらいいのになぁ」
 レフキルはそう言って真っ青の夏空を見上げた。向こうの街角はゆらぎ、長い耳から汗の雫がこぼれ落ちる。南国生まれ、南国育ちのレフキルは雪を見たことがない。氷のかけら、天使の贈り物と言われる雪が降ってきたら気持ちいいだろうに……暑い日になるとレフキルは想像するのだった。
 


  7月23日○ 

「待ってー!」
 朝一番の風を追い、少女が遙かに駈けていく。
 あれを捕まえることが出来れば、風の故郷へ連れて行ってもらえる……昔から伝わる、その言葉を信じて。
 


  7月22日△ 

「天上界(天国)だな、こりゃ」
 暑い太陽の下、草原を歩き続けてきたケレンスたちは、ようやく薄暗い森にたどり着いた。うっそうと茂る太古の森は豊富な水分をたたえ、気持ちのいい湿り気と不思議な魔力に満ちている。
「ほんと天上界よねぇ……」
 普段は口げんかばかりしているシェリアも、この時ばかりはケレンスに同調し、布きれで額の汗を一拭きした。
 


  7月21日− 

 野原に宵が訪れて
 星の光は銀の櫛
 眠れる鳥は夢を見た
 まばゆいばかりの朝焼けを
 


  7月20日○ 

 夏のミラス町は大にぎわい。貴族の保養地として有名なので、今年もたくさんの人たちがやってきました。特にエメラリア海岸は世界で最も美しいと言われ、星の粒のような白砂は風が吹くと舞い上がります。レイヴァは別荘経営者の娘ですが、貴族のご家族がお帰りになったので、今日は久しぶりの休日でした。兄のシャンが見守る中、青い波頭へ向かってまっすぐ駆けてゆきました。
 


  7月19日− 

 ある時、鼻歌を唄っていると、空から声がしたんだ。
「無色透明な山のせせらぎで喉の渇きを癒すように……」
「わたしたちは歌を食べて心の渇きを癒しているのね」
 立ち止まって見上げると、歌の妖精たちは消えてしまった。
 


  7月18日△ 

 虹の樹、虹の樹、どこにある?

     ……七つが森のその奥の、
         たそがれ池のど真ん中、
           旅立ち島にあるでしょう。
 


  7月17日△ 

 烏の死んだ夜だった。まぼろし池に映った満月が風もないのにゆらめき、やがてぷるっと震えたかと思うと、まるで卵のよう、真っ二つに割れた。そこから黒い人影が現れる……。
 


  7月16日− 

「懐かしいなあ」
 夏休みに入ったばかりのある朝、海沿いに住んでいる吉見はるかは自転車を走らせていた。今は私立の中学校に通っているので地元の小学校時代の通学路はすっかりご無沙汰になってしまったが、久しぶりに走ってみようと思い立ったのだ。
「ここは……ちゃんのお店、ここは……ちゃんの家だ」
 束ねた髪が風に揺れる。立ち止まって目を細めた時だった。
「あれっ、はるか?」
 声をかけられ、振り向くと、そこには旧友の笑顔があった。
 


  7月15日− 

 夕風が心地よい黄昏の浜辺には人影もなく、巣を目指す鳥の声が潮の音に混じって聞こえている。散歩をしている二人の少女、サホとリュナンの赤と金の髪の毛がわずかに揺れていた。
「なんだろう、あの綿みたいの……」
 サホが指さした。白いモヤモヤしたものが浮かんでいる。
「まるで雲みたいだね」
 リュナンは眠そうに瞳をこすりながら返事をした。
「雲ぉ? 海の上に? よしっ、行ってみよ!」
 元気なサホとは裏腹にリュナンは大あくびをした。
 


  7月14日○ 

「終わりなき物語? 何それ?」
 背の高いルヴィルが素っ頓狂な声をあげる。
「読んでも読んでもページが増えるんだって」
 ウピが返事をすると、レイナは神妙に語った。
「ルデリアにはまだまだ不思議な現象があるんですね」
「でも、そんなのがあるんなら見てみたいなぁー」
 ルヴィルの言葉に他の二人も大きくうなずくのだった。
 


  7月13日− 

 俺はケレンス、冒険者の剣術士だ。最近、剣の腕を披露できる機会が少なくて、かなり苛ついている。普段の俺は〈運搬係〉という地味な役柄をこなしている。調理用具とかの重い荷物を運ぶ仕事だ。パーティー内で誰かがしなけりゃいけねえのは分かってるし、筋力がつくのは悪くねえけどさ……ルーグも手伝ってくれているとはいえ、あまりに地味すぎるぜ! ちなみにルーグはリーダー、タックが会計兼交渉係、リンは調理係という、ごくごく普通の役目をこなしているのにさ。いちおうシェリアは宿を確保するという係だが、実際にはルーグとかタックが決める場合が多い。
 とにかく、俺が剣術で活躍できるのはいつなんだ?
 なんか暑いし、余計にストレスが溜まる今日この頃だぜ……。
 


  7月12日− 

「レフキル〜、こっちですの!」
 大波小波にぷかりと浮かび、サンゴーンが手を振った。見上げればサファイヤの空、見下ろせばエメラルドの海が果てしなく続き、はるか遠くでは境界が曖昧になっている。レフキルも大声をあげた。
「待てーっ、いま追いつくよ!」
 そして泳ぐ体勢に移るまでの一瞬の間、レフキルは考える。
 サンゴーン……元気を出してくれて良かった。
「あはっ、あはははっ。ほらっ!」
 レフキルが水をかけるとサンゴーンも応酬する。
「やっぱり夏は海に限りますわ!」
 ほのかに黄昏れてゆくミザリア国の休日だった。
 


  7月11日− 

「まだかしら……ルーグ」
 魔術師用の赤い帽子と、同じ色のスカートはいつも通りだが、ほのかな香りと丁寧に塗られた薄いルージュが見た目を普段よりも大人っぽくしていた。さっきからシェリアは落ち着きなく背伸びを繰り返している。広場の時計台はもうすぐ三時を指そうとしていた。
「二人っきりになれるのは……」
 何日ぶりだろう。これからの貴重な時間を考えると、思わず微笑みがあふれてくる。暑いはずの太陽も、通り過ぎる風も、街路樹の緑も、噴水の虹も……今日はやけに心地よく感じ、新鮮に見える。いつも集団で行動せざるを得ない冒険者同士の恋愛は想像以上に大変なのだ。やがて一つ目の鐘が鳴り響く。
 その時、シェリアの左肩に暖かい手が乗った。突然の出来事に、驚いて飛び上がりそうになる女魔術師だったが、
「どうにか間に合ったみたいだな」
 という声が聞こえるや否や、表情はにわかに明るくなった。
 三つ目の鐘が鳴りやむ。それから、ゆっくりと振り返る……。
 
画:ふろおか200Xさん


  7月10日○ 

 誰しも、その心を解き放てば、
 ルデリアの森へ逢いに行ける。

 夢の夢は、ひっくり返って現実になるから……。
 


  7月 9日− 

「なんか面白いことないかな?」
 好奇心いっぱいのウピ・ナタリアルは商人のタマゴで十八歳、魔術を扱える女の子だ。南国製の日除け帽を右手でくるくると回しながら、路地裏の急な坂道をのんびりと歩いていた。
 事件は突然だった。商店の勝手口から箱を持った十歳ほどの少年が飛び出し、全速力で駆け下りてゆく。ほぼ同時に、その後ろから黒いマントに身をつつんだ男たち数人が飛び出してきた。
「待てっ!」「コラっ!」
 嵐が過ぎ去る前に、ウピの足は自然と地面を蹴っていた。
「こういうのを待ってたんだ。あたしも断然、参加するっ!」
 ミザリア島の太陽は相変わらず熱っぽい光を振りまいていた。
 


  7月 8日− 

 一足早く、サミス村に秋風が吹く。
「あっ、コスモスの花だ。あっちにも、こっちにも!」
 野原のてっぺんで口に両手を当て、シルキアは叫んだ。
「ふわぁー、待つのだっ」
 すっかり息の上がっている姉のファルナは苦しそうに額の汗をぬぐったが、その時、後ろで結わえた茶色の髪がふわりと舞った。
「気持ちいい風ですよん……」
 瞳を閉じて流れに任せていると、妹の声がする。
「おねーちゃーん、早くぅ!」
「いま行くのだっ!」
 良く似た姉妹のシルエットが丘の向こうに霞んでいった。
 


  7月 7日− 

「せっかく晴れたのに……見えないなあ」
 咲子は夜空を見上げ、つぶやいた。今夜は織姫と牽牛が出会うはずなのに、天の川の架け橋を都会の光が邪魔しているのだ。
「橋が駄目ならトンネルでも掘らなきゃ、だね。かわいそうに」
 そして宇宙の中心から見た真の星空を思い出すのだった。
 


  7月 6日× 

「空を飛べたらいいんですけどねぇ」
 野原に座り、青い空を見上げ、テッテはつぶやく。風の波に乗って雄大な鳥が弧を描き、遠くかなたへ消えていった。
「そうと決めたら、飛ぶだけじゃ」
 なじみの声が後ろから聞こえ、驚いたテッテは振り返る。
「し、師匠! でも、浮遊魔術フオンデルも使えませんし……」
「魔法など要らんわい。わしが魔法じゃ!」
 胸を張るカーダに対し、テッテは冷や汗をかいていた。
(何か嫌な予感がする……)
 


  7月 5日− 

「ちょっと待って!」
 後ろからリンの声が聞こえ、俺は立ち止まった。
「どうした?」
「ねえケレンス、あれ……」
 リンは向こうの方を指さした。薄暗い森の中、木々の隙に冷たそうな泉が垣間見える。確かに本物だ……乾いた喉が鳴った。
 


  7月 4日− 

「へい、らっしゃい〜。並んで並んで!」
 本格的な夏を迎えつつある南国・ミザリア国の広場では魔法のアイス屋が好評を博していた。今日も長い行列が出来ている。
「むむむむ……」
 その隣で服を売っている商人見習いのレフキルは面白くない。リィメル族(半妖精)の特徴である長い耳がぴいんと張ってくる。
「安いよ〜、安いよ〜、夏服ぅ〜!」
 大声を張り上げてみるが、汗が噴き出すだけである。
「……ちっくしょー、なんかいい方法はないかなぁ」
 小声でつぶやき、腕組みするレフキル。その間もアイス屋の客は増え続け、彼女の対抗心にさらなる薪をくべるのであった。
 


  7月 3日○ 

 なくしてしまった子供のころの宝箱
 今からでも遅くないよ、取り戻そう
 夢たちのカケラを集めて……
 


  7月 2日− 

 三日月のグラスを傾けて白い光を舌の上で転がすと、どこか遠い国で味わった二十年物のワインを思い出した。涼風の夜だ。
 


  7月 1日− 

「お食事、お食事〜」
 十七歳で聖術師見習いのセリカ・シルヴァナ――人呼んで〈不思議少女〉――が腕を振り降り町中を歩いてゆく。夏が近いとはいえ、大陸の北西部に位置するセラーヌ町はほどよく涼しい。セリカの食欲も上々である。今日も眼鏡のレンズを光らせ、お得意の独り言を呟きながら、彼女は直線的に進んでいった。