2001年 8月


2001年 8月の幻想断片です。

曜日
気分   ×


  8月31日− 

 あの大空よりも、彼方の宇宙よりも、
 何よりも大きなものを見つけました。

 それは心です。
 


  8月30日△ 

 ベッドからぼんやり窓へ目をやると、青空は申し訳程度にしか見えなかった。口の中には薬草の苦い味が残っている。たまに子供のはしゃぎ声が聞こえる時、リュナンはひどく情けない気持ちになるのだった。真夏に三度も風邪をひいてしまうなんて。
「ごほっ……みんな身体が丈夫なのに、なんで私だけ……」
 部屋の中で寝込んでいると気持ちは重くなるばかり。
「外に行きたいな。サホっち、遊びに来ないかなぁ」
 呟きながら、うたた寝の世界へ堕ちてゆくリュナンだった。
 


  8月29日− 

「るーんるるるーん、ですの♪」
 イラッサ町のメインストリートを気持ちよさそうに歩いている十六歳の女の子。銀の前髪をさらさらと揺らし、妙な語尾の鼻歌を繰り返している。表情は見るからに明るく、華やいでいた。
「やっと長かった夏が終わりますわ〜!」
 純真そうな瞳が南国の陽を浴びてキラキラと輝いている。ようやくサンゴーンの好きな秋が手の届く所まで近づいていた。
「これで夏バテから解放されますの。るーんるる……♪」
 


  8月28日○ 

「はいっ、これ。早起きして作ったんだっ!」
 川辺を通り過ぎる初秋の微風に緑の髪の毛を揺らし、リンが言った。バスケットの中には美味そうなサンドイッチが満載だ。
「さすがはリンローナさんですね!」
 タックが褒める。俺がするりと手を伸ばそうとすると、
「いただきっ!」
 パシン。
「だめっ! まずは手を洗ってから、だよっ」
 リンに手の甲を思い切りぶたれた。やがて俺の手の甲に赤いヒトデが出来る。俺はしぶしぶ川の流れへ手を差し伸べた。
「畜生。水がしみるぜ……」

 冒険者にも休みが必要。今日は簡素なピクニックだ。
 でも、こういう時に限って事件が起こるんだよな……。
 


  8月27日− 

 精霊が漂うといわれる「聖守護神の湖森」を求めて。
 我々は魔法の石を握りしめ、ヘンノオ町を後にした。
 


  8月26日− 

(休載)
 


  8月25日− 

 彼女が使えるのはアニマル魔法だ。呪文を唱えると好きな動物に変身できる。動物博士だったおじいさんの幽霊が教えてくれたのだ。お供のナノとピコを引き連れ、彼女は今日も町をゆく。
 


  8月24日− 

 ファルナが窓を開けると、フワリと舞い上がった風が彼女の前髪を一瞬だけ逆立たせ、外へ流れていった。涼しい秋の風だ。
「風さんが入ってくるなら分かるけど、出ていくなんて不思議なのだっ。それに……耳元で何か聞こえたですよん」
 窓の向こうはいつものサミス村の朝だったが、向こうの家の屋根にいる風見鶏がやけに機嫌良く回転を繰り返していた。
 


  8月23日− 

「れふぃきるぇ……あっつい……ですのぉ」
「ちょっと待って、今、手ぬぐいを替えるからね」
 サンゴーンの額から暖まった手ぬぐいをはがし、レフキルは井戸へ走った。全力で仕掛けを動かすと、勢い良くバケツが上がってくる。たっぷりと水を湛えたバケツはかなりの重さである。
「むむむっ……」
 レフキルは瞳をぎゅっと閉じ、歯を食いしばった。
 サンゴーンが暑さで倒れたのは買い物帰りだった。南国は一年を通して気温が高いが今日は特に暑かった。壁に寄りかかり、うずくまった彼女を、レフキルは負ぶって連れ帰った。家には誰もいない。というわけで出来ることを精一杯するしかないのだった。
「こんな時、聖術が使えればなあ……」
 大量の汗をかきつつ、冷えた手ぬぐいをしっかり握り、レフキルはサンゴーンの待つ部屋へ向かって駆け出した。
 


  8月22日△ 

 ちらちらと、星の雨ふり
  雲のうえ
   銀河の風に
    ながれて、消える
 


  8月21日× 

(休載)
 


  8月20日− 

(休載)
 


  8月19日− 

 梢から雫がこぼれ、狩人のシフィルの鼻先に落ちる。
「……んっ?」
 森の中には朝日の斜め柱が立ち、霧が出ている。目をこすり、伸びをしていたシフィルだったが、大切なことを思い出して急に立ち上がった。眠気は吹っ飛び、青ざめた顔で弓を構える。
「寝ちゃうなんて!」
「しーっ」
 上から声が聞こえる。樹の幹の間から弟のロレスが顔を出す。
「姉さん、もうすぐ生まれるよ。白雪鳥の赤ちゃんがね」
「よかった……」
 姉は弓を降ろして涙ぐむ。弟はその間も巣を見守っていた。
 


  8月18日− 

 村人全員が参加する夏祭りの夜、風邪をひいてしまい一人で寝込んでいたフェミが目覚めると、窓の外はやけに暗かった。熱は下がったようで、体は軽くなっている。まずは恐る恐るベッドから降り、足下に置いてある乾いた服を持ち、手探りで着替える。夏祭りのはずなのに外からは何の音も聞こえず、静寂だけが支配している。鳥の声も聞こえない。空全体を黒い布が覆ってしまったかのごとく、村には真の闇が重くのしかかっていた。フェミは心細くなり、不気味さを感じて背中に悪寒が走ったが、両親や妹が心配になる。彼女は注意深く扉を開けて廊下を過ぎ、外に踏み出す……。
 


  8月17日− 

 青い空と緑の丘が気持ちよい。海流の影響を受けるシャムル島の夏は涼しく、冬は暖かい。かつては島の南部と北部は別の国が治めていて対立したが、いまはシャムル公国が統一している。ジーナとリュアはこの平和な島の玄関として知られる港町デリシで生まれ育った。商工業も漁業も文化も魔法も適度に発達している中規模の居心地の良い町であるがゆえに、ジーナはいつも変わったことを楽しみにしている。そしてリュアはいつもジーナの騒動に巻き込まれるのだ。今日もジーナが町中を全力で駆けてゆく。
「リュア、早く早く! 先に行っちゃうよ!」
「はぁはぁ、ジーナちゃん、待ってよぉ……」
 


  8月16日△ 

 レリザ公女は王宮の窓からメラロール市を見下ろしていた。真っ赤な西日が部屋の奥深くまで射し込み、公女の頬もまるでリンゴのようだった。その時、心地よい夕風が通り過ぎる。
 あの風になれればいいのにね……空はつながってるから。
 公務と勉強に追われる日々の中で、時々、ふるさとのセンティリーバ市が無性に懐かしくなる。どこかの南の国の王女様はやりすぎだと聞くけれど、そういう気持ちも全く分からないわけではないなあ……と思う十八歳のレリザ公女だった。
 突然、ノックの音が響き、下女がこれからの予定を告げた。今夜もパーティーがあり、もうすぐ着替えの時間なのだ。せめて、あと少しだけ、こうして夕風を見つめていたいと公女は思った。
 


  8月15日△ 

 夜空という水の中へ、絵筆から垂らした七色の絵の具のように花火が咲き誇った。まるで魔法みたい……と結衣は思った。
 


  8月14日− 

「あっ!」
 ガシャーン。
 倉庫の棚を整理していたテッテは薬瓶を落としてしまった。
「やっちゃいましたね。師匠に見つからないうちに……」
 床にはオレンジ色の液体が飛び散っている。テッテがボロ布を取りに行こうとすると、運悪く師匠のカーダが現れる。
「全く何事じゃ! ……そ、それは、いかん!」
「えっ?」
 テッテを突き飛ばし、青ざめたカーダはしゃがみ込む。
「これは……これは……」
「これは?」
 テッテが神妙そうに訊ねると、カーダは大声で叫んだ。
「大切に残しておいたオレンジジュースじゃあー!」
「はぁ?」
 テッテは目が点に。しかしカーダは怒り狂い、高血圧で失神してしまう。床掃除に加え、師匠運びの仕事が増えたテッテだった。
 


  8月13日△ 

 眠っているファルナの鼻先を黄色の蝶がくすぐった。
「ふぁ、ふぁっくしょん! ですよん」
 ゆっくりと上体を起こす。木々の葉は真っ赤に色づいている。
 秋?
「……違うのだっ」
 今は夏。はっと気がつき、視線を少しずつ上げていく。
 空は黄昏れて、見るだけで熱いくらいに燃えている。
 向こうに立っているシルキアの後ろ姿も紅葉していた。
 


  8月12日△ 

「ねー、コレ、サンゴーンに似合うんじゃない?」
 照りつける南国の太陽の下、露天商のひしめく裏通りでレフキルが手にしたのは人間用の麦わら帽子だった。
「お安くなってますぜェ……へへ」
 背の低い男が目を細め、並びの悪い歯で笑った。
「麦わら帽子ですの?」
 当のサンゴーンが戸惑っていると、レフキルは短く声を上げ、
「ほらっ」
 その麦わら帽子をサンゴーンの頭にかぶせた。店の主人もレフキルも大きく瞳を広げ「ほぉー」と同時につぶやく。
「どうなんですの、似合ってますの?」
 サンゴーンが慌てて訊ねると、レフキルは指をぱちんと鳴らす。
「これ、ゼッタイ買うべき!」
「あ……じゃ、買いますの」
「毎度ありィ〜!」
 銀貨を払い終え、サンゴーンとレフキルは向き合って微笑む。日除けにもなり、サンゴーンもまんざらではなさそうだった。丁寧に編まれた麦わら帽子は清楚なイメージのサンゴーンにぴったり。本人も早く鏡が見たくて家路を急ぐのだった。
 


  8月11日○ 

 夏の空は限りなく真っ青なグラスだ。
 心を混ぜて、かき混ぜて、溶かそう。

 あの日々がグラスの向こうに垣間見える。
 


  8月10日− 

「おーい、リン、どこだ? そろそろ行くぞぉ!」
 出発する時間だというのにリンの姿が見当たらない。俺……ケレンスは草原と森との境目のあたりを探していた。いつもはこんな事は起こらないから、何かあったのかと少し心配になった時だった。
 茂みの中に、きらきら光る薄緑色の草が生えている。
「なんだこれ? 魔法の草か?」
 引っこ抜こうとして手を伸ばし、ぎゅっとつかむ……。
「いたたっ!」
「おわっ!」
 茂みから声が聞こえ、俺は驚いてさっと後ずさりしたが、どうもその声には聞き覚えがある。すると、やはり予想通り、肩のあたりで切り揃えた薄緑色の髪を揺らして《あいつ》が立ち上がった。
「てへへ、見つかっちゃった」
「はあ?」
 俺が気の抜けた声をあげると、リンは笑いながら応えた。
「たまには驚かせようかなー、なんて思ったんだ」
 気持ちいい微風が一吹きする間は沈黙の鐘が響きわたる。
「……けっ、つきあいきれねーぜ。心配して損したな!」
 わざと強い口調で吐き捨て、歩き出す。やつはしょんぼりした様子で俺のあとについてきて、急にこんな事をぬかしやがった。
「ケレンスもきっと楽しかったくせに……」
 本心を突かれ、わずかに歩みが狂ってしまう。すると頭一つ分だけ低い背中の方向から嬉しそうな微笑みが聞こえた。
 


  8月 9日− 

 ×印の七色の粒が闇にクロスステッチを描きます。
 ほらほら見てごらん。光の絵が踊り出しましたよ。

 今日は夏でいちばんのお祭り、深山祭りの夜です。
 


  8月 8日− 

「まずは強く信じること。そして、あきらめずに努力することだ」
 白ひげの老人がくれた暖かな言葉を、私は今も忘れずにいる。
 


  8月 7日− 

(休載)
 


  8月 6日△ 

 雲がちぎれて降ってきた。まるで雪のように。
 ふわふわの白い綿飴は神様からの贈り物かな。
 


  8月 5日○ 

「あ、流れ星……」
 夏とはいえ、避暑地であるサミス村の夜は涼しい。秋の予感を込めた風で長い髪を揺らし、賢者オーヴェルは星空を見上げていた。藍色に澄み、数え切れぬ光の粒を散らした天球の宝石箱を。
 


  8月 4日− 

「フーン、フーン、フフーン♪」
 北の果てにあるノーザリアン公国も今は夏の真っ盛りで、全てが生き生きする時だ。森の少女レノアは気まぐれなメロディーの鼻歌を奏でていた。たった一人の高らかな響きに、いつの間にか小鳥の歌声が加わり、風のざわめきは通奏低音となる。リスや小熊、野鼠やウサギが集まれば、そこはコンサート会場に早変わり。レノアと森のみんなで創り出す、暖かなコーラスのはじまりだ。
 


  8月 3日− 

(休載)
 


  8月 2日− 

 紫色の石を井戸に投げ込むと、ぽちゃんと落ちたあと、しばらくしてジュジュワと泡の立つような音が響きだした。そして泡は渦を巻きながら、信じられないほどの勢いで井戸から飛び出し、蔓のように風へまとわりつきながら、竜のごとく天へ伸びていった。
「これが夢幻柱ね……」
 黒いローブをまとった魔術師の女が満足げに言った。
 


  8月 1日− 

(休載)