2001年10月


2001年10月の幻想断片です。

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気分   ×


 10月31日○ 

「失敗したっていいじゃん、またやり直せばさぁ。別に死ぬ訳じゃないし。打たれ強い人が最後に勝つんよ、ゼッタイ!」
 熱弁をふるっているのはジュミだ。おしゃべり好きの若き女商人で、ズィートオーブ市の広場に小さなお店を出している。
「そ、そうだよな。よォーし、俺はやるぞお!」
 自信を失っていた敗者の戦士を励まし、巧みに売り込む。
「そこで手始めにこのブドウをひと房……」
「うぉ〜!」
 男は両目を爛々と輝かせ、猛烈に走り去っていった。
 商人の営業スマイルはすぐにひきつり、頭を抱える。
「くわぁ。さっきの言葉、そのままアタシに贈るよ……」
 失敗したっていいじゃん、と心でつぶやくジュミだった。
 


 10月30日− 

 リンローナは慎重に銀の鈴を取り出し、高らかに鳴らした。
 ちりんちりん……。
 独特の澄みきった音が森じゅうに響きわたり、溶けてゆく。

 向こうに見えていた大柄の熊は人の訪れを感知したようだ。
 ゆっくりと後ずさりしたかと思うと、どこかへ立ち去った。

「無益な争いを防げましたね」
 と、タック。
「幸運の鈴なんじゃないかしら?」
 と、シェリア。

 持ち主のリンローナは、安堵した様子で微笑むだけだった。
 


 10月29日△ 

「紅葉って、さぞキレイなんだろうね」
「こうよう……ですの?」
 レフキルの呟きに、サンゴーンは驚いて聞き返した。
「そう、紅葉。北国の森は、秋になると色が変わるんだって」
 丘の上にたたずむ二人の上に葉を広げているのは照葉樹だ。
「こうようっていう言葉は始めて聞きましたわ。でも、とっても寒い日に空から氷が降ってくるっていうのは聞いたことありますの」
「それは雪っていう現象らしいよ。だけど、氷の固まりがドカドカ降ってくるなんて……北国の人たちは痛くないのかな?」
「厳しい寒さに耐えられるから、きっと身体も頑丈なんですわ」
「そうだね、きっと」
 そして見たことのない景色に想いを馳せる南国の二人だった。
 


 10月28日− 

 小雨の日、森の中はいつもに増して湿り気が多い。けれど雨には打たれない……木々が屋根のように防いでくれるからだ。
 シフィルは使い慣れた小弓を手に森を巡回していた。時折、水滴がこぼれ落ちてくる。辺りにはうっすらと霧がかかっていた。普段は賑やかな鳥たちも今朝は雨音に耳を澄ましているようだ。
 普通の人なら道に迷ってしまうだろうが、シフィルにとってこの森は庭のようなものだ。知らない場所はない。
 静けさと涼しさの心地よい、少しぬかるんだ雨の散歩道だった。
 


 10月27日− 

「お姉ちゃーん、何やってんのぉ?」
 シルキアは箒(ほうき)を手に、橙色の光が洩れだしている西の窓へ近づいた。そろそろ一階の酒場を開店するというのに、さっきから姉のファルナが窓の外をじっと見つめているからだ。
「ねえ、お姉ちゃん?」
 むきになって声をかけても、姉のファルナは全く反応せず、夢見心地の瞳のまま、外の景色をただぼんやりと見つめている。
「もう……んっ?」
 腕を腰に当てて不満そうな表情のシルキアの目の色が明るい暖色系に変わった。まぶしい西日を浴びたからである。
 雲一つ無い夕焼けだ。家路を急ぐ鳥たちの黒い影、夕霧の煙る山の端、そして紅葉の木々……何もかもが優しく燃えている。
 シルキアは言葉もなく、いつの間にか見入ってしまう。
「ファルナ、シルキア、何をしているの?」
 困り顔で母がやって来た。その後の経過は想像に難くない。
 


 10月26日△ 

 いろんなとこを歩き回って、
 気がつくと、おんなじ場所に立ってた。

 ループのように上へ進めればいいのにな。
 


 10月25日− 

ルデリア短編『魔女におまかせ(仮称)』コマーシャル?

「やってみなくちゃ、わかんないよねー?」
 腰を痛めた祖母の代わりに、頼まれ事を引き受けて、あの子は今日も町へ繰り出す。だけど初心者魔女だから、ドジばっかりで、さあ大変。ほうきに乗れば蝶より低く、魔法を使えば逆効果。騒ぎはどんどん大きくなって、色んな人を巻き込んじゃう。
「ちょっとミスっちゃったー。でも明日はガンバロっと!」
 それでも元気、いつでも元気。そこがあの子のいいところ。
 


 10月24日− 

「月の粉」
 それはエメラルドに澄んだネーグル河の上流で採れます。完璧な満月の夜、神聖なる器で河に揺らめく月影を掬い取ります。それを魔法の葉にくるんで水分を蒸発させると、銀色の粉が残ります。それが月の粉でして、大いなる力を秘めているのです。
 


 10月23日− 

「これ、お願いしま〜っす!」
 露天商の男に売り物の服を差し出すウピ。満面の笑みである。その服には数日前から目をつけておいたのだが、やむなく給料日を待たねばならなかった。その夢がようやく叶うのだ。
 しかし手提げ袋をいじっていたかと思うと急に顔が青ざめた。
「うっ……」
「まさか『財布忘れた』とか言うんじゃないでしょうねぇ?」
 軽く問いかけたルヴィルだったが、ウピの反応を見ると引きつった笑いになる。残念なことに、どうやら図星だったようだ。
「そのお洋服、おいくらでしょうか?」
 と、何事もなかったかのようにレイナが代金を支払ったのだ。
 そして瞳を純真そうに潤ませているウピへ商品を手渡した。
「はい。あとで請求書、書きますからね」
「レイナぁ〜、恩に着るよ〜。持つべきものは友よねっ!」
 繰り返しレイナの両手を握りしめるウピ。レイナはきわめて無表情だ。その横でルヴィルは額に右手を当て、呆れきっている。
「ウピって、いっつもどこか抜けてんのよねぇ……」
「とにかくあたし、嬉しいっ! 今日のお昼はおごらせてよ!」
 ウピのその一言に、ルヴィルはますます頭を抱えた。
 


 10月22日− 

 カーテンを開けたとたん、サンゴーンは目を丸くした。
「すごい霧ですの」
 街を漂う真っ白い霧の固まりたちは空気の流れに乗り、まるで生きているようにさえ思えた。視界はほとんどゼロである。
「何か嫌な感じがしますわ」
 胸に手を当て、こわばった表情になるサンゴーン。さすが特殊な力を持つ草木の神者、何かの予兆をつかんだかに見えた。
 が、しかし。
「とりあえず、一眠りしてから考えますの。ふぁーあ……」
 寝癖のついた銀の髪をそのままにベッドへ潜り込んでしまう。
 こんな時さえ南方民族の典型であるサンゴーンであった。
 


 10月21日− 

 思いつくメロディーはその日によって違う。
 そう……今日は、たった一つの今日だから。

 心の扉を開けてみてね。
 


 10月20日− 

 リンローナは思わず笑顔になり、そして立ち止まる。
「うわぁー」
 丘のてっぺんに近づき、一気に視界が開けたのだ。その向こうで待っていた空は低いところが暖炉の炎色だった。薄緑色の彼女の髪さえ、今は赤く燃えて見えた。頬はもちろん、西の空と同じ色に染まっている。自然が作り出した透明な絵の具だ。
「秋は美しいものをさらに美しくするのね……ふふっ」
 シェリアは一歩前に出て呟き、妙に艶めかしく身体をくねらせる。リンローナはそれを見て、いっそう穏やかに微笑むのだった。
 


 10月19日− 

 懐かしき人、
  懐かしき時。
   それが人を幸せにする。
 


 10月18日− 

 青緑に透き通った池の水面にあたしが映ってた。
 ちょっと眠そうだけど、確かに自分の顔で……。
 なぜか、とても安心したのを、強烈に覚えてる。

 そうして、あたしはまた森の小径を歩きだしたんだ。
 


 10月17日− 


秋 の 絵 の 具 は

  通 り 雨  

一 雨 過 ぎ る と

  秋 の 色  

や が て 深 ま り

落 ち 葉 も 震 う


 10月16日− 

 山を越えて背中を押してくる秋の気配を感じながら、冒険者たちは海を目指す。雪の少ない下流の平野で一冬を越すために。
 しだいに木々がまばらになってきた、ある日の午後。
「くしゅん!」
 休憩すると汗が冷え、体温が奪われる。リンローナは天を仰ぎ、手探りで足下の葉っぱを一枚ちぎり、鼻を両手で押さえた。
「ずーっ」
「風邪をひかないで下さいよ……」
 淡々と語るタックにケレンスが軽く一言つけ加える。
「移されると困るからな」
 鼻先を少し赤くして、リンローナはタックの方を向く。
「ありがとう。気を付けるね」
 それからケレンスの方を向き、可愛らしく舌を出す。
「べーだ! ケレンスなんか知ぃらない!」
「着替えた方がいいかも知れないな」
 横で聞いていたルーグが静かに言い、リンローナはうなずいた。シェリアは荷物の上に腰掛け、退屈そうにあくびをしている。
「じゃ、あたし、ちょっと着替えてくるね」
 リンローナは荷物を背負ったまま、向こうの大きな落葉樹を指さした。そして出がけにケレンスへ厳しい視線を送る。
「来ちゃ駄目だからね!」
「見るわけねーだろ、んなもん」
「……ふんっ!」
 悔しそうに早足で坂を登ってゆくリンローナ。タックが言う。
「ケレンス、いいんですか? また喧嘩して」
「暇つぶし暇つぶし」
「ほんと暇だわね。早く町に着いて買い物がしたいわ……」
 そうつぶやき、シェリアが長い溜め息を吐き出すと、会計担当のタックはあからさまに嫌そうな顔をして、きつく言い返した。
「だからぁシェリアさんにお金は渡せませんってば」
「二、三日で村に着くはずだ。まずはそれまで頑張ろう」
 リーダーのルーグが適当に話をまとめる。そのうちにリンローナも合流し、五人は再び、ラーヌ河の果てを目指して歩き出す。
 


 10月15日○ 

 寄せては返す波がしぶきをあげ、風とよく似た生命のメロディーを唄っている。時には楽しげに、時には悲しく……。
「そして優しくも厳しくも、淋しげにも、情熱的にも響くのね」
 大海峡の波音に心を澄ませ、シーラが珍しく神妙に言った。
 


 10月14日○ 

 旅とんぼのシルエットが夕焼け空に残っている。
「ほら、おいで」
 ジーナは右手の指先をグルグルと回したが、とんぼは見向きもせず、素早く舞い上がると、はるか高い所へ行ってしまった。
「あたしの方が目を回しそう……」
「うふふっ」
 リュアは木の幹に背中を預け、穏やかに微笑んでいた。
 こうして今日もデリシ町の秋の一日が暮れてゆく。
 


 10月13日− 

「めぐる季節に想いを馳せて……」
 そう呟くシルリナ王女の窓から落ち葉が迷い込んだ。
 


 10月12日○ 

「これあげるのだっ」
 六歳のファルナが妹に手渡したのは小さな種だった。
「ん……?」
 三歳のシルキアは泣きやみ、贈り物をじっと見つめた。ファルナはうつむき、頬を赤らめ、恥ずかしそうに説明を加える。
「元気の種ですよん」
「げんきのたね? わーい、げんきのたねだ!」
 シルキアは大はしゃぎ。涙のあとも乾き始めていた。

「ねえ、お姉ちゃん。あの種って、ほんとは何だったの?」
 あれから十一年が経ち、シルキアは懐かしそうに訊ねる。
「あれは……あれは、ほんとに元気の種だったんですよん」
 しどろもどろに応える姉。妹は追及を断念し、笑顔になる。
「それもいいかもね〜」
 部屋の奥まで西日が入り込む、ある秋の夕暮れだった。
 


 10月11日− 

「あたいが問題児ってのは分かるけどさぁ、ねむまで同類にされるのは可哀想だよねぇ。出席不良でも意味が違うじゃん」
 サホが溜め息混じりに言うと、リュナンは首をかしげた。
「そうかなぁ?」
「だって、あたいはズル休みがほとんどだけどさ、ねむはほんとに体調が悪かったりして休んだり遅刻してんだもん」
 しばらくの間ののち、リュナンは静けさの中で応えた。
「でもサホっち。結局さぁ、どんな理由であれ、ねむちゃんだって授業が受けられなくて迷惑かけるのは同じだから、仕方ないよ」
「けど……」
 サホは言葉を濁す。リュナンは別の方向を向き、淡々と語る。
「ねむちゃんね、このまま身体が弱いままで、ずっと居眠りしてて、いつまでも〈ねむちゃん〉から抜け出せなかったら、大人になっても何も出来ない気がして、ときどき怖くなったりするんだ……」
「そんなことない。ゼッタイ大丈夫だって!」
 サホは前に乗り出して熱弁したが、相手の口調は冷めていた。
「そうだといいけど……」
 そしていつもと変わらぬ秋の夕風がさらりと部屋を吹き抜けた。
 


 10月10日○ 

(休載)
 


 10月 9日− 

「なんかさー、こういう季節になったんだねー」
 両手を後ろで組み、レフキルは草原からすっくと立ち上がると、そのまま大きく伸びをした。かもめたちが大きく旋回している。
「明日はきっと晴れますの!」
 サンゴーンは穏やかに笑う。一日を四季と考えれるなら夕刻は秋……だから太陽は紅葉するのだ。ルビーを溶かした赤い光源はレフキルとサンゴーンの上から、あるいは右や左から染めてくれる。やがて二人の長い影は遠ざかり、浜辺の足跡は波に消える。
 その頃になると空は深まり、一番星がぽつんと現れるだろう。
 


 10月 8日− 

「もうすっかり秋だね……」
 感慨深げにリンが言う。その吐息は白かった。澄んだ水を湛える池には黄色や褐色の葉が浮かび、かすかな風に揺れている。
 向こうの草原を鹿の群れが駈けてゆく。しっとりと露に濡れた山道はきっと、幾日かが過ぎれば早くも霜が降りるのだろう。雨も雪へと変わる。当然、俺たちの服装も夏とは変わっていた。
「冬ごもり、町の暮らしが楽しみだわ〜。何を買おうらしら」
「無駄遣いは許しませんよ。町の物価は高いんですからね」
 シェリアもタックもいつもと同じような事を言っているのだが、秋の空気には違って響いた。ルーグは黙って湿った土を踏みしめている。踏まれた落ち葉が規則的にザッザッと音を立てていた。