2001年12月


2001年12月の幻想断片です。

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 12月31日△ 

[種族と魔力(5)] 〜フレイド族・獣人族の場合〜
 フレイド族、および獣人族に魔法の使い手は皆無である。妖精の血を一切受け継がぬ代わりに、彼らは厳しい自然環境(乾燥地帯や北方の辺境)で生き抜くための頑健な肉体を持っている。
 


 12月30日○ 

[種族と魔力(4)] 〜妖精族/リィメル族の場合〜
 もともと魔力とは肉体的にか弱き妖精族に神が与えられたものであり、魔力の大きさは妖精族の血の濃さに比例すると言われている。そのため、妖精族(メルファ族・セルファ族・ネルファ族・小妖精、他)に関しては、ほとんど全ての者が生まれながらに強い魔力を持っている。ただし、人間で言う不虞者のような確率で、まれに魔力が弱かったり全く持たぬ者も生まれるようである。
 人間とメルファ族の合いの子であるリィメル族は、必ず妖精の血を引いているため、魔力的には本来の妖精には劣るといえども、人間よりは大きな力を持っており、魔力を持たぬ者の割合は妖精と同じく僅少である。なお、人間・妖精・リィメル族の関係は血液型のA・B・AB型の遺伝の仕方と同じであることを付け加えておく。
 


 12月29日− 

[種族と魔力(3)] 〜黒髪族の場合〜
 大陸の北東部を主な居住地区とする黒髪族の場合は、同じ人間であっても他の三種族と状況は大きく異なる。妖精との混血がほとんど進んでいない黒髪族は、厳しい気候に対応するためにも肉体的に大柄で頑健である。その分、魔法への適性は低く、魔力を持つ者はかなり少ないとされている。魔法使いは畏怖と尊敬を受けるとともに、一方では警戒されていることを忘れてはならない。
 メラロール王国の傘下となって雌伏の時を迎えるガルア公都・センティリーバ町にのみ、黒髪族向けの魔法学院が存在する。
 


 12月28日× 

[種族と魔力(2)] 〜ノーン族/ザーン族の場合〜
 先に述べたウエスタル族よりは劣るものの、北方のノーン族や南方のザーン族もそれなりに魔力を持っている。ただしウエスタル族に比べると個人差が大きくなり、ほとんど魔力を持たぬ者や全く持たぬ者は格段に増える。彼らにとっての魔法使いとは単なる技術職ではなく、生まれ持っての先天的な素質が重要となってくる。
 メラロール王国(ノーン族)やシャムル公国(ザーン族)、あるいはラット連合国のゴアホープ州・シャワラット州(ザーン族)では魔法の研究や教育がウエスタル族の国家以上に活発化しており、世界的に有名な魔法学院も存在する。他方、ミザリア国やフォーニア国(ともにザーン族)では個人による伝授が主流であり、ミザリア国の場合を例に挙げるならば、学院は王都ミザリアに一校あるのみで、実用的な魔法を扱える者はあまり多くないのが特徴である。
 


 12月27日△ 

[種族と魔力(1)] 〜ウエスタル族の場合〜
 ルデリア世界における種族ごとの魔力は格差が大きい。
 妖精の血を色濃く受け継いだウエスタル族は全般的に高い能力を発揮し、南ルデリア共和国やマホジール帝国には大都市から小さな町まで、商人や職人がいるのと同じレベルで必ず魔法使いがいる。ほぼ全ての者が魔力を持つ世界では、魔法は一つの技術であり、鍛練を積めば誰にでも扱えるものなのだ。
 


 12月26日○ 

 雪よ降れ降れ、吹き下ろせ〜♪
  この世の全てを塗りつぶせ〜♪
 生けとし生けるものたちに〜♪
  まっしろ天国、見せてやれ〜♪
 まっしろ地獄も見せてやれ〜♪
  雪よ降れ降れ、もっと降れ〜♪

 ゆきんこたちの唄が今年も聞こえ始めてきました。
 


 12月25日− 

 魔法による特製燃料で程良く暖かい自室は北方獣の毛皮のカーペット敷きで床もふかふかだ。そこの物書き台に向かい、十八歳のレリザ公女は羽根ペンを片手に頬杖をつく。ここはメラロール市の東の山にそびえる、世界で最も安全な〈白の王宮〉の塔の中だ。
「来年こそは……すごいこと言わなきゃだね」
 腕を組んだり、天井を仰いでみたり、突如として高価な紙に文章を書いては丸めて投げ捨てたり、立ち上がって部屋の中を回ったりと、とにかく落ち着かない。それから思い出したように座り直す。
「今年も楽しい一年になりそうで、ワクワクしますよねっ」
 呟き、状況を想像し、結局は首を振る。羽根ペンを持ったまま。
「駄目だ駄目だ駄目だわっ。こんなんじゃ、きっと同じことよぉん」
 レリザ公女は新年を迎えた際の王族としての談話を考えていたのだった。従姉妹で同年齢のシルリナ王女が毎年、素晴らしいコメントを発してメラロール市の民衆を感激させるのに反して、レリザ公女の時はくすくすという押し殺した笑い声さえ起こるのだった。
「どーしたらシルリナみたいな話が……あっ、そうだ!」
 羽根ペンを置き、ぽんと手を叩き、公女はドアの方へ赴く。
「シルリナのを参考にすればいいんだ。聞き出しちゃえっ」
 その頬に羽根ペンの髭が描かれているのには気付いていない。頬杖をついた時に誤って黒い線を走らせてしまったのだった。
 そしてドアが閉まり、燃料が弾ける音だけが微かに響いた。
 


 12月24日− 

 その洞窟の岩場では天然の噴水が湧き出していました。
 しかし、何とも変わっていることには、その噴水は天井から吹き出していたのです。落ちてくる水は重力に逆らって、また上の方へ還ってゆきます。単に飛沫(しぶき)があがり、湿り気が多いだけではなく、神秘的な香りさえも漂っている不思議な場所でした。
 


 12月23日− 

「先に見つけたのは俺だぞ!」
「何言ってんの。あたいよ!」
 ケレンスと怒鳴りあっているのは見ず知らずの女剣士だ。使い古された頑丈そうな革の鎧と小手とに身を包み、長剣を腰に差し、ほっそりとしているが筋肉の引き締まった体つきだ。瞳は獣のそれのように鋭く、女性ながら剣術を極めるに至った深い理由を巧妙に隠した全ての動作・仕草は機敏で、自信と誇りに満ちていた。
「二人とも、落ち着いて下さいよ……」
 困り顔のタックの横で、二人は薄い紙を引っ張り合った。
 当然、それは一瞬でビリリと破けてしまう。
「あーあ」
 タックがため息をついたのは無理もない。ここは冒険者ギルド、そして破けた紙は仕事の依頼だった。冬場、冒険者は辺境を去って都市に集まるが、割の良い依頼が数多く見つかるわけではない。最悪の場合、このように奪い合いが発生するのである。
「こうなったら勝負だぜ。先に仕事を完遂した方が全報酬を得る」
 目をつり上げ、相手を睨みつけてケレンスが呟いた。
「望む所よ! あとで泣きついても知らんからねっ」
 女剣士も負けてはいない。二人はひとしきり視線での戦いを互角に進めてから、ぷいと顔をそむけ、大股で離れていった。
 お手上げのポーズをしたのち、タックは親友を追いかけた。
 


 12月22日△ 

 昨日の恥は今日の糧、と若い吟遊詩人は短く呟きます。セラーヌ町の夜空には冬の星座が瞬いていました。彼は考えます――たとえ遠い夢でも、下手の横好きかも知れないけれど、それに生き甲斐を感じるならば、周りを気にせず、自分を信じて、努力していこう――と。その時、運命を司る星がきらりと輝いたようでしたが、彼は気付かずに早足で闇を掻き分け、まっすぐ歩いてゆきました。
 


 12月21日− 

 星たちの光さえも凍りつく、透き通った冬の夜のお話です。
 寒さに震えていた薄着の少年はふと温もりを感じました。
 それはすでに天へ召された母の温もりに相違ありません。
 気がつくと彼は母の腕の中でゆっくり浮かび上がりました。
 そして二人は空の果てに安住の地を見つけたのであります。
 


 12月20日○ 

 影法師はどこまでも伸びてゆきます。
 過去から現在を通って、未来へ……。
 冬至の日没に、それは永遠と等しい長さになるのです。
 


 12月19日− 

 渚は黄昏、夕凪……
 
仮題:遠き潮の音

 

 12月18日△ 

 イラッサ町のある日の午後、妙な追いかけっこが始まる。
「そこの方、落としましたよ〜」
 拾った髪飾りをかざして声を張り上げ、痩せて眼鏡をかけた青年は走り出した。が、すぐに息切れしてしまう。体力がないのだ。
「待って、くだ、はぁ、さい……はぁ、はぁ」
 何故か裸足で駆け去る美女の背中はぐんぐん遠ざかった。

 関連断片……11月15日
 


 12月17日− 

 粉雪の妖精が木枯らしの海を泳ぎます。
 地面に落ちたとたん魂は天に還ります。 
 


 12月16日△ 

 夕陽は焚火
 あすへの焚火
 世界でいちばん大きな焚火
 


 12月15日○ 

「すいませ〜ん、ちょっとお伺いしたいんですが」
 メラロール市に店を出す体格の良い雑貨屋の主は今年で四十歳になる愛妻家だ。ある日、店先で商品を整理していると、魔法使い風の小柄な少女に共通語(※1)で声をかけられた。髪は黄緑のような色で明らかにウエスタル族の出身と分かる。地味な出で立ちだが、気品や教養がにじみ出ており、決して悪い印象は受けない。
 少女の後ろにいる四人の仲間――戦士が二人に、眼鏡をかけた青年、薄紫の髪の派手な女――を見回し、彼も共通語で応じた。
「何だい、嬢ちゃん?」
「あの、冒険者ギルドがこの近くにあるって聞いたんですが……」
「ああ。それならな、あの通りを右に曲がり、突き当たりを左だ」
 身振りを交え、丁寧に教える。少女の口調や仕草、何よりもその笑顔が好印象で、何となく親切に応対したくなるのだ。
「どうもありがとう! これ、一つ頂くね」
 少女は大きな緑色の瞳を輝かせ、小さな油瓶を指さした。ランプの詰替用の油である。値札には〈2ガイト〉と書いてある。
「1でいいよ。特別サービスだ」
 礼を言って1ガイト銀貨を支払い、商品を背袋にしまって立ち去る少女と仲間たちを見送りながら、男は感慨深くつぶやいた。
「冒険者ってぇのは、ならず者だけじゃねえんだなぁ……」

 こういうのはリンローナさんに限りますねえ、とタックが言う。
 野外での獣との戦闘では剣術士のケレンスや魔術師のシェリアが活躍する。その時に足手まといになってしまっても、街に入れば立場は逆転する。下層階級の者から上層階級の者までカバーする巧みな話術と類い希な交渉力を誇る盗賊のタック、持ち前の人当たりの良さで情報を聞き出し何かとツイている聖術師のリンローナが主役となる。特に街へこもる冬場は〈都市で生きていく能力〉が問われよう。つまり【闘うことばかりが優秀な冒険者ではない】のだ。
 なお、騎士志望の戦士ルーグは割とどちらも無難にこなす。あまり目立たないが、バランスが取れておりリーダーにふさわしい。

※1「共通語」
 ノーン語、ウエスタル語、ザーン語は同じ言語体系に属し、方言のような関係にあるが、主に交易時の互いの意志疎通を図るために共通語が設定されている。日本語で言えば、東北弁や九州弁に対する東京弁(共通語)を考えれば良く、イントネーション等に多少の違いはあれど、使いこなすのはそれほど難しいことではない。ケレンスとタックはノーン族、ルーグ・シェリア・リンローナはウエスタル族であり、仲間内で話をする時は自然と共通語を用いている。
 なお、同じ人間族の言葉でも黒髪族の言語体系は異なり、勉強が必要となる。妖精族やフレイド族、獣人族の言語は言わずもがなであるが、妖精族の中には魔法の一種である〈精神会話〉を使える者がおり、言葉に頼らないコミュニケーションが出来るらしい。
 


 12月14日○ 

 ルデリアは大陸としては小規模だが、それでも未開の地がほとんどである。人間など、いわゆる知的人種の支配地域は点と線――都市と街道に過ぎない。茫々たる草原や広大な森は本来、知的人種以外のものによる支配地域であり、危険と背中合わせであることを忘れて準備を怠れば命を落としても不思議ではない。
 それでも妖精の住むような森ならば凶暴な動物もたかが知れている。本当に怖いのは大陸の北方の大部分を占める〈針葉樹林地帯〉と〈暗黒の湿原〉である。この過酷な環境には、それに適した醜悪で屈強な動物――悪魔の手先があちこちに巣を作っていると伝えられる。詳細は不明であるが、それは帰ってきた者がいないからである。命が惜しくば、何があっても絶対に足を踏み入れないことだ。さもなくば貴方の存在は永遠に行方知れずとなるだろう。
 


 12月13日○ 

 北国の冬、夜になれば闇の勢力がすべてを支配します。あんなに白く純粋だった雪は黒い壁となって人に襲いかかるでしょう。
 ファルナとシルキアは冷え切った布団に潜り込みます。増してゆく温もりとともに彼女らは眠りの世界へと堕ちてゆきました。
 


 12月12日△ 

 何も出来ない小さないもむしは考えました。
 蝶になれる日来る のでしょうか――。
 いや、蝶になることはできるのでしょうか?

 こうして今日も日が暮れてゆきます
 


 12月11日△ 

 下を向いたレフキルは両眼をぎゅっと閉じる。
 そして涙の洪水を精神力の堤防で堰き止めた。
 再び顔を上げた彼女はいつもの笑顔を作った。
 その瞳は少しだけ潤んでいたが、すぐに乾く。
 


 12月10日− 

「お日さまが優しくなったね〜」
 リンローナが空をあおいで快活に言った。
「そんなの当たり前じゃない。夏じゃないんだから」
 姉のシェリアが面倒くさそうにつぶやく。
「うん……でも、不思議だなぁ」
 と、妹はしばらくの間、まぶしそうに光を見つめていた。
 


 12月 9日− 

 くらやみで たちどまっても
 なにもみえない
 おそれても あきらめても
 なにもすすまない

 あるこう
 てさぐりで
 しんちょうに
 だけど ときには だいたんに

 かべにあたまをぶつけるか
 でぐちにでるかはわからない
 だけど あるきさえすれば
 


 12月 8日× 

 ぴゅう、ひゅう、ひゅう。
 くる、くっ、くっ。

 こんな日は木枯らしの協奏曲に耳を澄ませてみよう。
 落ち葉をかさかさ揺らしたり、梢をかたかた鳴らしたり。
 特殊技法も交えつつ、独創的な風のワルツは永遠に。
 


 12月 7日○ 

 励ますつもりだったのに、いつの間にか励まされてる。
 サンゴーンって、そんな子なんだよ。(レフキル談)
 


 12月 6日− 

「あ゛〜」
 不愉快きわまりない唸りをあげ、貧乏ゆすりを繰り返し、眉間にシワを寄せ、殺気立った鋭い目つきでじっと壁を睨みつけている。
「退屈だわ、退屈だわ、退屈だわっ!」
 その声の主を見てみよう。整えられた金の髪は麗しいロング、青く透き通った瞳は気品に満ち、十五歳の肌はみずみずしく光り、育ちの良さを体現する水色のドレスも決して似合わぬわけではない。とにかく、がさつで大雑把な仕草に不釣り合いの美少女である。
 若い体も見事なまでに引き締まっている……が、それを額面通りに受け取ってはいけない。筋肉は異常なまでの発達を示す。
「早く武道会が開かれないかしら。絶対に見に行って、また白熱したいわ。なんであたしは出られないのかしら。超ムカつくわっ!」
 その言葉とともに鉄拳制裁を壁に食らわすと小地震が起こる。
 ドアの隙間から覗いていたハリデリー大臣はぽつんと洩らす。
「武道会より舞踏会を気にしてほしいものですじゃ……とほほ」
「誰か、あたしと格闘で勝負よーっ!」
 そのお方こそ、ルデリアの天下に名だたるララシャ王女様だ。
 


 12月 5日○ 

 南国には太陽が似合うけれど、実は夕立ちも降りやすい。
「たいへーん!」
 露店での仕事を終えたレフキルは大慌てで通りを駆けてゆく。空は黒雲にすっぽり覆われ、雷も鳴り出した。家が近づくとともに鋭いフラッシュの間隔がしだいに短くなってゆく。猶予はわずかだ。
 そして、あの角を曲がれば自宅というところで……大粒の雨が怒濤のごとく地面を叩きつけ、レフキルは一瞬でびしょ濡れだ。
 服が体にまとわりくのを我慢して家の庭に着くと、やはり洗濯物は水浸しだった。こんな日に限って家族はみな外出している。
「っくしゅん!」
 風邪をひく前に着替えを済ませる。着ていた服を絞ると水が出た。外はスコールが猛威をふるい、稲光がまぶしいくらいだった。人間が屋内に避難する中、草木や花はみずみずしさを取り戻す。
 


 12月 4日− 

 歴史的にはマホジール帝国、民族的にはメラロール王国、経済的には南ルデリア共和国――長らくマホジール帝国の傘下であった小さなリース公国が岐路に立たされている。マホジール帝国の弱体化に伴い、同民族であるメラロール王国が北から、経済的な力を背景に南ルデリア共和国が南から圧力をかけてきたのだ。リース公国に離反されると海への出口を失い、決定的な破綻となるマホジール帝国もだまってはいない。風車が多く、農業が盛んで文化度も高い公都リースではマホジールやメラロールとの共同関係構築が叫ばれ、漁業および交易が盛んな海沿いのリューベル町では南ルデリアと合同すべしとの意見が強い。前公爵の急逝を受けて代わりに指揮を執る若きリィナ公女(二十一歳)の前途は多難である。
 


 12月 3日△ 

 降り続いた雪がやみ、夜になると雲は散り散りになった。暖炉の光が弱く洩れる閉店後の酒場から、客の残したお酒の残りを捨てるため、ファルナとシルキアの姉妹は厚い毛皮に身を包んで裏庭に向かう。ドアを開けるのが大変なほどの雪の積もり様で、外は痛いほどの寒さと神聖なほどの静けさだ。一切の汚れを排除した天使の産毛――新雪の上に咲いた姉妹の足跡が神話を作っていった。
 役目を果たして戻る前、二人はちらりと空を見上げ、短く喋る。
「また雪だ」
「だけど凍ってるのだ」
 天にちらばる無数の星たちは凍りついた雪に見えた。二人の吐息は真っ白で、これは吹雪に似ていた。そして酒場のドアが閉まる。
 


 12月 2日− 

 白い望月は西の空にありました。
 太った猫は車の上で寝てました。
 子供たちはまだ夢の中です。
 そんな、朝でした。
 


 12月 1日− 

「シェリア、あいつ病気なのか? 何だか気持ち悪いぜ」
 宿屋での夕食のあと、ケレンスはリンローナを呼び止めて耳打ちした。いつもは人並みの食欲を見せるシェリアが今日に限って、おかず――特に肉類――を大量に残し、さっさと部屋に戻ったのだ。
「うん……よく分からないから、あとで聞き出してみるつもりだけど、あたしも心配なの。お姉ちゃん、一体どうしたんだろう……」
「ちょっといいかい?」
 そこを通りがかったルーグが二人を手招きする。彼は何だか問題を抱えている様子だった。妙な雰囲気を感じたケレンスとリンローナは向き合ってうなずき、ルーグの後ろに続いて外に出る。

「えーっ!」
 二人の驚嘆の声が合わさり、ルーグは弱り顔で聞いていた。
「そんなこと言ったのかよ。こりゃ大変だぜ」
「ルーグが言ったら、お姉ちゃん、気にするよぉ〜」
 ケレンスとリンローナの攻勢に、リーダーもたじたじである。
「悪気はなかったのだが……失言だった。反省している」

 部屋にこもったシェリアの頭の中で彼の言葉がリフレインする。
《最近、ちょっと顔が丸くなったんじゃないか?》
《丸くなったんじゃないか?》
《丸くなった?》
《丸く?》
《……》

 鏡に向かい、年頃の女魔術師は握りこぶしに力を込める。
「意地でも、絶対に、必ずや、何が何でも痩せてやるわ!」