2002年 1月


2002年 1月の幻想断片です。

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  1月31日− 

『ひかりの粉が舞い降りて、村に明かりが灯ります。
 雨のよに、雪のよに、ひかりの精霊は降りそそぎます。
 そして、見えないけれど、闇の精霊も一緒のはずです。
 ひかりも、闇も、村を大きく育てる両輪になるでしょう』

 ずっとむかし、村の長老様が教えてくれた、短いお話です。
 


 幻想断片二周年 
 2000. 1.31.〜2002. 1.30. 

 掲載:353日+259日=612日
 休載: 13日+106日=119日

 合計:366日+365日=731日


  1月30日− 

「お兄さま〜っ! 探してましたことよっ!」
 少女が手を振ると、相手の青年は体をビクッと震わせた。
「うげげっ……見つかっちまったか」
「あなたはイイナズケなんですからねっ、逃がしませんわ!」
 十歳くらいのおませな少女は右目をぱちんとウインクする。
「とんずらだーっ!」
 青年は一目散に逃げ出す。しかし少女は不敵な笑みを浮かべた。
「逃がさぬと言ったのに……無駄な努力ですわっ!」
 それから少女が怪しげな呪文を詠唱すると、青年は背中から磁石に引っ張られたかのように、強制的に変な歩き方で戻ってきた。
「くわばらくわばら」
 ザーン族の青年はげんなりした表情で肩を落とすのだった。
 


  1月29日○ 

「火炎と氷水の属性を混ぜ合わせれば、湯気が発生するのう。ということは、待てよ。火炎の属性を海にぶつければ……水が消えるわな。つまり道が出来るはずじゃ。おお、通商ルートが開ける訳じゃな! それで莫大な利益を……なぜ今の今まで気付かなかったんじゃろう!」
 シャムル島のとある丘の上の小さな家で、カーダ博士は今年も七力の研究に余念がない。そして弟子のテッテを大声で呼ぶのだった。
 


  1月28日△ 

「はっ、はっ……だいぶ日が延びたわね〜っ」
 それでも北の大地の冬はひたすら夜が治める季節である。地面は白に覆われ、彼女の吐息も雪色だ。さっきまで厚い毛皮の上着を羽織っていたが、走っているうちにすぐ脱いでしまい、今は小脇に抱えている。鮮やかさすら弱々しい西日を背に、マツケ町のメインストリートを雪用のかんじきを履いたまま軽やかに駆け抜けていくのは、冬場だけは修行場のメロウ島からマツケ町に来ている若き格闘家のユイランである。針葉樹の雪がどさりと落ち、軒先の氷柱からは美味しい雫がこぼれていた。
 


  1月27日− 

 サミス村の若き女賢者オーヴェル・ナルセンは頬杖をついたまま、静かに瞳を閉じ、耳をすまして心を落ち着かせた。黄金の前髪がかすかに揺れ動き、顔の表面がひんやりとする。そして歌が聞こえてくる。
 隙間風が入り込むと、古ぼけた木の家は一つの大きな楽器となる。
 風の歌って、季節によって、どうしてこうまで違うのかしら……。
 オーヴェルは考えた。春の南風、夏の微風、秋の涼風、北からの木枯らし――同じように〈風〉と呼ばれていても、流れてくる方向、温度、雰囲気、そして歌の旋律は全く異なる。見えない風の精霊には人間のように色々な種族があるということは〈森大陸ルデリア〉では当たり前の知識だが、いよいよそれが現実味を帯びて感じられるオーヴェルだった。
 


  1月26日△ 

 空のかなたで、あんまり寒いものだから、
 凍ってしまった雲のからだが、
 はがれるように崩れるように、
 涙のように降ってきたのがなのかしら。
 だって小雪も雲たちも、おんなじ色をしてるもの……。

〜「さよならの子守唄」序詞より〜
 



  1月25日△ 

(休載)
 


  1月24日× 

(休載)
 


  1月23日○ 

 中川咲子は『あしたのあたし』という題で日記をつけた。

 捨ててきたもの、失ったもの、守ってきたもの、取り戻したもの。
 いろんなものがあるけれど……。
 一番、たいせつなもの――それは自分の中にあった。

 それは[私らしく]あること。変わらない勇気!
 どんなに失敗したって、怒られたって、これだけは譲れない

 未来どころか、あしたのことさえ分からないから。
 そう……ややこしいことは単純に考えてさ。
 難しい言葉ばっかりじゃ、みんなには伝わらないよね。
 できるだけ易しく、できるだけ優しく。

 分かってくれない人は縁がなかったということかな。
 分かってくれる人はたくさんいる。どこかに……すぐそばに

 そのままでいいんだ――自分らしく。

 


  1月22日× 

(休載)
 


  1月21日△ 

 黒いローブに身を包んだ老魔術師は細い瞳をさらに細め、ひん曲がった杖を天にかざし、怪しげな呪文を詠唱した。するとどうだろう、三日月が落ちてきたではないか! 地面に落ちた三日月はガラスのように軽い音を立てて幾つかに割れた。腰の曲がった老魔術師はその欠片をゆっくりと拾い上げ、魔水にポトリと落とす。ジュワジュワと煙を立てながら、三日月の欠片は魔水に溶け――そして、魔術師の言うところの〈クレセント〉という黄色のカクテルが完成したのである。俺はごくりと唾を飲み込んだ。
 


  1月20日△ 

(休載)
 


  1月19日− 

 緑に萌える春の森が広がり、暖かな風が流れると湖面はさざ波を立てる。鳥たちは果てなき幸せを歌い、樹霊たちはとこしえの愛を育む。
 そこはこの世の楽園に思えた。しかし一歩そこを抜ければ、吐息も凍える――全てが止まったかのような、見渡す限りの銀世界だ。厚い雪と氷に閉ざされた、厳しい生と美しい死に彩られた枯れ木の大地である。
 冬に咲く一輪の春――それこそが伝説とされる〈アルミスの湖〉だ。
 


  1月18日− 

 その模様は一つとして同じものはないが、各々が一瞬だけ本当の美しい妖精の姿を現し、次の刹那には人間に見えぬ世界へ隠れてしまう。
 それをじっと見ていたオーヴェルは汚れなき色の吐息を洩らす。
(時に……自然は、分厚い本よりも雄弁に物事の本質を語るのだわ)
 てのひらに舞い降りた雪の結晶が儚く溶けて消え失せた。
 


  1月17日◎ 

「これ、あたし使わないんだけどさ……良かったら、どう?」
 レフキルが手渡したのは手のひらサイズの小さな木の箱だった。
「ちょうど欲しかったんですの! お花の種をしまいますわ」
 サンゴーンは青い瞳をきらきら輝かせ、贈り物を受け取った。
「持つべきものはお友達ですわ〜」
 


  1月16日△ 

「一番の暖炉はぁ……コレに限るなあっ!」
 酔った木こりが酒の入った壷を高々と掲げる。
 それを見てファルナは笑い、シルキアは苦笑した。
 北風の冷たいサミス村の夜だが酒場は熱気で満ちている。
 


  1月15日− 

 相手の額に手を置きつつ、ケレンスは目を見開き、大声をあげた。
「おい、すごい熱だぞっ!」
「だいじょぶ……だよ」
 レンガの壁にもたれかかったリンローナの返事は弱々しかった。子供用の厚手のロングコートと毛皮のマフラーにすっかり身をつつんでいて防寒は万全なはずなのだが、その顔は青ざめ、普段は草原のように活気のある薄緑の瞳も、光を受けて輝く肌も、信じられぬほど生気を失っている。
「乗れよ、施療院へ連れてくから」
 素早く腰を下ろしたケレンスの頬で〈冷たさ〉が弾け、古傷が染みた。彼は恨めしげに空をあおぐ。折り悪く、どんよりと垂れ込めていた灰色の雲から、ついに純白の精霊が舞い降りてきたのだ。今いるメラロール市よりもさらに北の町で生まれたケレンスにとって、この程度の寒さは大したことはない。だが、温暖なモニモニ町出身、しかもあまり体力に自信のないリンローナは何日か忙しい仕事が続くと参ってしまったのだった。
 朦朧としている意識で、彼女は倒れかかるようにケレンスへ身を委ねた。その間にもひとたび降り出した雪の粉は少しずつ勢いを増してゆく。通りをゆく町の人は急ぎ足でそれぞれの方向へ消えて行く。馬車の幌にはうっすら雪が積もり、視界が霞んで丘の上の王宮が見えなくなる。
「ごめんね。聖術師のあたしが、こんな風に……」
「気にすんな、喋んな」
 しんしんと雪は降りつもる――今や二人だけとなった、この町に。
 


  1月14日○ 

(休載)
 


  1月13日− 

(休載)
 


  1月12日△ 

(休載)
 


  1月11日△ 

(休載)
 


  1月10日△ 

「あっ!」
 ファルナは誤って手を滑らせ、壷を落としてしまった。
 すぐに拾い上げるが、中身が雪の上にこぼれてしまう。
 まるで白い舞台に一輪の赤い花が咲いたように見えた。
 その壷のは特製の赤ワインで充たされていたのである。
「なんか美味しそうなのだっ……」
 雪に埋めて壷を固定し、ファルナは人差し指を伸ばす。
 赤い雪を指先ですくい取り、ゆっくり運び、口に含む。
「ひょっ?」
 それは冷えきり、舌の上で転がすと耳がきぃんとした。
 瞳を閉じ、後味を確かめる……。
 やがてファルナの顔は驚きと満足感で明るく変化した。

 こうして〈すずらん亭〉の冬メニューがひとつ増えた。
 それは〈かき氷〉と命名され、サミス村で大流行した。
 


  1月 9日△ 

 糸の切れた凧は天の海面を目指して、どんどん昇っていった。
 それを横目で見た彼は幼い頃に凧揚げした草っ原を思い出した。
 シアワセに思えた日々はあの凧と一緒に飛んで行ったのだった。
 彼はさばさばした顔で目を細める。無駄なものは抜け落ちたのだ。
 


  1月 8日△ 

(休載)
 


  1月 7日× 

(休載)
 


  1月 6日− 

(休載)
 


  1月 5日− 

「どうだ、初日の出に見えるじゃろう。初っぱなから成功じゃ!」
 我々の住んでいる現代の言葉を使うなら〈望遠鏡〉に近い、木で作られた長く四角い筒の先に透明なレンズ状の物質をはめ込んだもの――それを目から外して隣の青年に手渡し、羊毛のコートにすっぽり身を包んだ背の低い老人は得意げに語った。受け取った青年は明らかに貧乏そうな薄っぺらの服で、眼鏡をきらめかせ、朝日の草原に震えている。
 そして歯をガチガチ鳴らしながら筒を瞳に当てるのだが、見えるのは何の変哲もない、まぶしい一月五日の朝日である。彼は当惑した。
「し、師匠。これが初日の出かどうか、僕には分かりませんが……」
「馬鹿もん! この方角は確かに初日の出なのじゃ」
 親指と人差し指を直角に開いて陽にかざし、老人は難しい顔をする。
「は、はあ……なるほど」
 何故、ここまでして初日の出を見なければいけないのだろうか、年に一度だから価値があるのに……と思ってはみるものの、青年は返す言葉を思いつかない。こうして青年――テッテと、彼の師匠であるカーダ博士との今年の魔法研究が幕を開けた。丘の上を冬の朝風が駆け抜ける。
 


  1月 4日○ 

「ケレンウぅー、あんらぁ責任持ちなさぁよぉ〜、飲ませたんだらぁ」
 呂律の回っていない火照った顔のシェリアがいつもに増して目を細め、ふらついた左手で指し示したのは、テーブルに突っ伏して眠りこけている妹のリンローナである。右手ではケレンスの背中を何度も思いきり引っぱたいている。さすがの剣の使い手も、こうなれば明らかに分が悪い。
「わ、わーった、わーったったらぁ……殴るのはよせよぉ」
 その横でリーダーのルーグは弱り顔をし、タックは馬鹿笑いする。
「おいおい、いくら新年とはいえ、ちょっと飲み過ぎじゃないか?」
「うぁははっ、シェリアさんもケレンスも酒癖が悪いんですから〜」
 ただ、どんなに酔っていてもタックの両眼は抜け目なく必要最低限の警戒を怠らず、視線の厳しさが完全に消え去ることは決してない。
 彼らの目の前、小さな木のテーブルには空になったグラスが所狭しと並んでいた――ここはメラロール市の郊外、新市街にある大衆酒場〈切株の腰掛け亭〉である。冬だというのに店内は蒸し暑く、酒の匂いと庶民の汗くささが漂うが客たちは気にも留めぬ。肉や野菜を焼く際の煙と人の吐き出す煙草が充満して霧のように店内を曇らせる。(続く)
 


  1月 3日− 

 冷え切った木枯らしの中にも唄はあります。
 それを聞くことができたなら――。
 帰り道の足取りは少しだけ軽くなるでしょう。
 


  1月 2日− 

(休載)
 


  1月 1日△ 

 拍手が起こって数多の笑顔の花が咲いた。
 ルデリアの新年〈祝週〉がいま、始まる。
 そして赤い太陽はゆっくり海面を離れた。