2002年 2月


2002年 2月の幻想断片です。

曜日
気分   ×


  2月28日− 

「気持ちいいですの〜」
 サンゴーンは眩しそうに右手を額に当て、波の上できらきら遊ぶ光たちに目を細めた。暖かな――そう、暑くはない〈暖かな〉冬の光が南国を満たしていた。サンゴーンの銀の髪が塩の香を含んだ浜風になびき、波はゆりかご、光の粉を散りばめて終わりなき歌を謡う。それは賛歌になったり子守唄になったりする。
 サンゴーンの胸元で緑の宝石が微笑むようにきらめいた。この国には、そしてこの人には、澄みきった青空と蒼い海、白い雲がほんとうに良く似合う。
 


  2月27日− 

 失敗の数だけ、人は大きくなれます。
 人はおなじ失敗を繰り返します――。

 いつか本で読んだ台詞が脳裏をよぎった。どちらが正解なのだろう。どちらも正解のような気がして、中川咲子はふと顔を上げる。
 その遙か向こうから木漏れ日のような神秘さでもって、オリオンの三つ星が暗く澱む都市(まち)を見下ろしている。それは笑っているようにも、泣いているようにも、哀れんでいるようにも、呆れているようにも見える。あの氷のように澄んだ冬空の三つ目には、この地上に据えられた人工の光たちはどんな風に見えるのだろう――咲子はそんなことを考えた。
 明日は何か咲きますように。いくぶん軽い気持ちになった咲子はそんなことを思いつつ、夜の雲に似た白いカーテンをさあっと引いた。
 


  2月26日× 

 かつての〈大森林〉には古代文明が栄えたが、何か重大な出来事が起こって〈死の砂漠〉となり、いまだに膨張をやめぬ――心の中に影が覆い被さるように。わずかに残った大森林にも〈枯木の森〉のラインが迫り、それとともに人々――特に魔術師――の魔力が落ちた。かつて強力な魔法戦士軍を配備したマホジール帝国も風前の灯火となる。
 破壊神ロイドに魅入られると、何もかもが崩れてゆく……。
 


  2月25日− 

 すてきに青い花びらが目の前を横切りました。
「これって……」
「うん、間違いない!」
 リュアとジーナはうなずきあい、駆け出します。
 森の奥にある秘密の場所――天空畑に向かって。
 


  2月24日△ 

「時の河は流れ流れて、いったいどこへ注ぐのか。
 流され流れる我々は、いったいどこに進むのか。
 それとも進んでいるようで退いているのか――」

(知らぬこと――わからぬことが多すぎるのだ)

 さすらいの吟遊詩人は西風に長い髪を揺らしていた。
 


  2月23日− 

「人と違うことを考え、するのは、時に……」
 語尾は丘をゆく朝風にさらわれ、いずこかへ流れた。
(時に……孤独ですね)
 テッテは人里離れたカーダ氏の七力研究所で働いている。
 大多数の世間の人々――巷で流行るものを追いかけ、噂となっているものに飛びつき、内容のない雑談に花を咲かせ、酒に恋にギャンブルにと快楽を求め、ささやかな幸せの営みを続けてゆく――とはあまりにかけ離れた生活だ。もし、いま町へ帰ったところで、旧友との話題にも困るのでは無かろうか……。
 そういう人たちのことを悪く言うつもりはさらさら無い。そういう人たちこそが〈現在〉を支えているのだ。
「人と違うことに興味を持つのはいけないのでしょうか?」
 テッテは誰にとも言うわけでなく、あるいは自らに問いかける。しかし質問も答えも風の中だ。
(人とずれた価値観から、新しい世界が生まれますように)
 彼はそう願い、祈り、朝露に濡れた丘を歩いていった。

 彼は〈未来〉を作るつもりである。
 


  2月22日△ 

 夏の間は山奥の草原に放牧され、美味しいミルクやチーズを生み出す羊たちも、今はサミス村に帰ってきて、寒さの中、小屋の片隅で寄せ集まっては震え、じっと春の日が来るのを待っている。真っ白のや、黒の斑点つき、まだら模様……厚い毛に包まれ、彼らは深い眠りについている。力つきたものは人間の食肉とされ、毛皮とされる。そこでは人間も羊も無駄なものは一切なく、ある意味ではみな必死であるが、彼らはそんなことを微塵も考えず永い日々を気張らずに送る。
 


  2月21日△ 

[ルデリアのメインキャラほぼ誕生から約9周年記念?]
 いまだに小説化されてない方々(3) ムーナメイズ氏

 メラロール王国の北方に広がる、深い森と澄んだ湖に彩られたノーザリアン公国――公都ヘンノオ町の中心部にほど近い公爵の宮殿の片隅に一人の魔術師が住んでいる。彼の名はムーナメイズ・トルディン。二十一歳の若さで〈月光の神者〉を務めるものの、神者継承も、生い立ちでさえ深い謎に包まれている人物だ。
 ペンダント状にした黄色く透き通る〈神者の印〉を襟元に輝かせ、知的で冷静な二つの瞳を眼鏡の奥で光らせる。頭には魔術師にふさわしい黒い帽子をかぶり、そこには三日月の印が刻まれている。
 月光の神者と月光術は創造神ラニモスによって、もともとは妖精族に与えられた。それが人間の手に渡るまでは血塗られた歴史もあったと伝えられる。妖精族が人間を毛嫌いしている要因となっている出来事だ。ムーナメイズの心中は分からぬが、彼はヘンノオ公爵(天空の神者)に仕え、あらゆる知識を求め、深めようとしている。正しい知識こそが我々を導く――彼の口癖である。
 


  2月20日− 

[ルデリアのメインキャラほぼ誕生から約9周年記念?]
 いまだに小説化されてない方々(2) シルリナ王女

 艶やかに輝く茶色の髪を侍女たちに梳(くしけず)らせ、おもむろに椅子から立ち上がったのはメラロール王国の誇る第一王女、シルリナ・ラディアベルクその人であった。白い肌は雪よりも澄み、焦げ茶色の瞳は聡明な光を湛えており、ほっそりとした体の全て――しなやかな指先から整った足先まで――に最高級の優雅と気品とが満ちている。シルリナ王女は窓辺に向かってゆっくりと歩み寄った。絹織りの純白のドレスが柔らかな風を起こし、レースのスカートの裾が軽くはためく。
 静かな塔の中ほどにある落ち着いた部屋には良い香りが漂い、今や西海の向こうへ沈みゆく真っ赤な夕陽が差し込んでいる。王女はセラーヌ侯の重臣レオンとの晩餐会を控え、窓に寄りかかってメラロール市街を見下ろす。その姿はひょっとすると天使のようにさえ見えた。
 


  2月19日− 

[ルデリアのメインキャラほぼ誕生から約9周年記念?]
 いまだに小説化されてない方々(1) シフィル嬢

「私を切りなさい! 手遅れにならぬうちに……」
 シフィルは呆然と立ちすくんでいた。今まで女王として崇拝してきた風の森の一本杉がこんなことを言い出したからである。シフィルの頭の中は重く、息をするだけでも大きな労力が必要だった。
 決して認めたくないのだが……麓の住民たちを生かすためには女王を切らざるを得ないのだ。
「私を丸太にし、他の木々を、人間を救いなさい」
 女王の声が再び頭の奥のほうで直に反響した。
 


  2月18日− 

 ミクとはルデリアの森に住む、緑色の毛むくじゃらの生き物である。大樹に寄生し、ある程度大きくなったところで親から離れ、以後は空中を上下にフワフワと漂う。さながら空飛ぶマリモ、といったところである。害はなく、乾燥させれば熱病の特効薬になるのだが、せっかく捕まえても、のらりくらりと逃げられてしまうことが多い。自由を愛し、小妖精の卵とも呼ばれるミクは森の神秘さを演出する。そして日の入りに合わせ、育ての親である大樹にゆらりと戻り、眠るのである。
 


  2月17日− 

 ルーグ・レンフィスは二十二歳、メラロール王国の騎士を目指して修行中の冒険者、職種は戦士である。背が高く、銀の髪を揺らし、瞳は深い緑色をしており、ウエスタル族ではあるが妖精族の容姿に近い。ただし体格はがっしりとしている。顔立ちは端正、貴族の御曹子といっても通用するような品の良さをまとっているが、実際には商人の次男坊である。三つ年下のシェリアは幼なじみのような間柄で腐れ縁だ。
 彼は冒険者のパーティーのリーダーとして個性的なメンバーを束ねる立場にある。五人の中で最年長ということもあるが、それ以上に彼の性格が相応しかったのである。他の四人に比べると大人びて落ち着き払っており、とかく控えめで、存在感としては地味である。が、いざという時に適切な判断力を発揮できる。普段でさえ、ルーグが低く響きわたる声で話し始めると、他の四人は彼の話に耳を傾けるし、誰もがルーグには一目おいている。あのパーティーを自動車として捉えれば、ケレンスとシェリアがエンジン、リンローナがブレーキ、タックが助手席でルーグが運転者といえるだろう。他の誰がドライバーでも、あの車はおそらくぶっ壊れてしまうだろう。やはりパーティーの柱なのである。
 わがまま娘のシェリアが心を預けるのはルーグの人柄といえよう。リンローナもルーグに対して兄のような淡い憧れの気持ちを抱いていた。ケレンスは自分では気付いていないが微妙なライバル心を持っているようだ。タックは作戦会議があればルーグの片腕として色々な案を出し、最終的にはルーグに判断を委ねる。何か相談事があれば、単純な内容はケレンス、複雑な内容はルーグにしているようだ。
 ルーグの欠点を挙げるとするなら、戦士としては優しすぎるところだろうか。裏を返せば、それが彼の人間的な魅力でもある。
 そして数々の経験を通し、騎士の夢へと近づいていくのである。
 


  2月16日△ 

 ファルナとシルキアは村はずれで雪遊びをしてきました。毛糸で編んだお揃いの帽子からは茶色の後ろ髪がこぼれ落ちています。雪だらけになった上着も手袋も顔も気にせず、遊び疲れ笑い疲れた二人は夕陽を浴びて家路をたどります。神秘的な赤のじゅうたんになった雪の大地には長い影法師が伸び、ぽつぽつと足跡が残っていきます。
 一本の白樺の樹を指さし、妹のシルキアが言いました。
「樹液とり、楽しみだね」
 白樺の樹液は雪解けの時だけに取れる魔法の水です。さっぱりして、ほんのり甘く、健康にも良いのです。さながら森の贈り物といったところでしょう。あるいは雪の精霊たちの思い出でしょうか。
「あと二ヶ月……この雪が消える頃ですよんっ」
 夢見色に瞳を染め、姉のファルナが答えました。
 


  2月15日○ 

 森は木々の海です。
 海はいろんなものを育みます。
 いろんなものは孵り、また還ります。
 森の深海で生命の営みは続いてゆきます。
 


  2月14日− 

「この坂には参っちゃうわね……」
 シェリアがぶつくさ文句を言い、勾配の急な曲がりくねった登り道を見上げた。頭も背中も汗びっしょりである。それから不意に後ろを向き、遅れているリンローナの方をきっと睨んだ。
「ずっと登るだけの道はない。あと少しの辛抱だ」
「そんなのわかってるわよ!」
 ルーグの答えにもシェリアは苛立ちを隠さず、背中の荷物を下ろしてその場へ清楚に座り込んだ。ルーグは両手の平を上に向け、お手上げの仕草をする。ほどなくしてケレンスとタックに支えられたリンローナも追いつき、五人はそのまま休憩にした。
 


  2月13日○ 

 主要な街道から外れた峠道、森の奥――。
 濃い霧の昼間にだけ姿を現す古城がある。
 幻のような、それでいて妙に現実感のある古城。
 霧の果てで陽炎のように蜃気楼のように揺れる。
 塔は半分崩れ、石垣は焼け落ち、人骨が転がる。
 それは死者の御霊の漂う、滅ぼされた黄泉の館だ。

 そこに今、何も知らぬ五人の冒険者が近づいていた。
 


  2月12日− 

 ルデリアにはたくさんの不思議な生き物が住んでいます。
 賢者たちに「地泳霊」と伝えられるのも、その一つです。
 言い伝えによると、こうです。

 ――彼らの街道は、川であり湖であり水脈である。
 そして我々にとっての水が彼らにとっての土である。
 彼らは水を歩き、大地を泳ぐ。
 その姿は羽を持った銀色の鮭のように見える――。

 森の奥には謎めいた神秘的な世界が広がっています。
 


  2月11日− 

 ふっと景色がゆらいだかと思うと、まどろみの道が現れた。
 紫に光る粉がパラパラと夢幻的に散り、道しるべとなる。
 木々の下草の生えた、湿っぽいその道を踏み歩いていく。
 自分の体も心もふわふわと支えが無いような気持ちだった。
 それでも足だけはどんどん動いてくれる。夢中で歩いた。
 


  2月10日○ 

『いちばんナミらしいとこ……それは絶対に守ってね。変わっていい部分と、どんなことになっても守らなきゃいけない部分があると思うんだ。失敗しても、くよくよせずに立ち直る時のナミは輝いてる! あたし、ナミのそういうとこ、ほんとにすごいと思うの。だから自信持ってね。ナミなら、きっとうまくやっていけるよ』

 遠く離れた親友の言葉がナミリアの胸をよぎる。
(別れの時、あの子に逆に励まされちゃったんだよね)
 窓辺から見上げるモニモニ町の透き通った夜空。この空も、闇に澱む大海原も、はるか北国メラロールへ続いているはずだ。
 それでも、今はそっと夜風が吹き抜けるのみである。
「いま、どうしてるんだろう。リン、元気でやってるの?」
 口に出してみる。淋しさが紛れるような気も、また口に出すことで淋しさが膨らんだような気もする。頭上の星が瞬いた。
(リンのことだから、そのうち『ただいま!』って帰ってくるよね)
 ナミリアの親友だったリンローナは人当たりが良く、聖術学科の成績も優秀で将来を嘱望されていたが、十四の時に突然学院を去り、冒険者になると決めて姉たちと北国へ旅立ったのだ。

「信じてる」
 はっきりした声で呟くと、ナミリアはそっと窓を閉めた。
 


  2月 9日○ 

「なんで雪って白いんだろうね」
 シルキアがふと洩らした一言に、ファルナはこう答えた。
「きっと、お空が凍えて、白い涙を落としているのだっ」
「そっか……そうかもしれないね!」
 素朴な村娘のシルキアは灰色の天を仰ぎ、降り続く粉雪をてのひらに載せる。小さな粒は一瞬だけ魅惑的な模様を残し、刹那の命を人の記憶に刻む。その魂は再び空へ還ってゆく。
 


  2月 8日◎ 

「秘密の抜け穴、異世界への魔法の扉のたぐいは、
 そう――
 どこにでもありますし、誰だって持っていると思います」
 青年テッテは軽やかな口調で少女たちに話しかけた。
「全てを受け取るだけにならないで、自分のそうぞう力(想像力・創造力)を……ほんの少し心の鎖を解いてやれば。いつだって、ね」

 少女たちは顔をぱっと輝かせた。まるで天使のように。
 


  2月 7日○ 

 楽の調べは抽象的な共通語。
 ジャンルという方言はあるけれど、
 世界中の心と心を繋ぎます。
 


  2月 6日○ 

 不敵な笑みを浮かべ、ケレンスは腰に下げた剣の鞘を抜く。
「オヤジはいつも言ってた。命を粗末にするな、そして何より、失敗を恐れるな……ってな。よっしゃ、いっちょやってやろーじゃんか」
 高く掲げた剣の切っ先が天から降りそそぐ数多の光で銀色に煌めき、彼の頬に深く刻まれた古傷が疼く。山の上に一陣の風が吹く。その流れに袖を揺らし、頭一つ低い親友は苦笑しつつも短剣を構えた。
「仕方ありませんね……そう言うと思いましたよ。ふふっ」
 山賊と闘う騎士たちを応援すべく、二人はいま、疾走する。
 


  2月 5日− 

(昨日の続き)
 では、どうしてリース公国が狙われるのでしょうか。風前の灯火となったマホジール帝国の属国であるリース公国は、南ルデリア共和国とメラロール王国に南北で接しており、農業・漁業・商業・文化的にもそれなりの豊かさを誇っています。公都のリース町は西からの風が強く、風車が多いことで有名です。公国で第二の都市のリューベルは、マホジール帝国本国が利用できる唯一の港町であり、南国から北国へ向かう西回り航路の中で重要な位置を占めています。しかも、この公国を治めているのは、先代の公爵が早くにして亡くなり、突然跡継ぎとなった二十一歳という若さのリィナ・ラディアベルク公女なのです。(続く)
 


  2月 4日− 

 森大陸ルデリアと周辺に点在する諸国では、幸いなことに長いこと大きな戦乱は起こっていません。平和な大地、と云われるゆえんです。ただし、ここに来て一部でキナ臭い動きも出始めています。ルデリアが天に浮かぶ神の国でない以上は「国をあげての争いは絶対に起こらぬ」と断言することは出来ません。もし争いが起こるとすれば……起こって欲しくない、最悪の場合をシミュレーションしてみましょう。その場合、新興の経済大国であり、版図を広げんと企てる南ルデリア共和国が台風の目になることは、十中八九、間違いありません。奸雄といわれる、共和国協議会代表のズィートスン氏が暗躍することでしょう。
 万が一、そこで戦が起こるとすれば、共和国の最初の標的はマホジール帝国傘下のリース公国になるのだろうと思われます(続く)。
 


  2月 3日− 

「ひゃっ!」
 お客さんにワインのお届け物をした冬晴れの帰り道、急な下り坂で〈すずらん亭〉看板娘のファルナは思いきり滑ってしまい、体勢を崩した。両手でバランスを取ろうとするが、折からの強い北風を受けて細身の体はゆっくりと傾き、斜めになり、ついに降り積もった雪の中へ前のめりに倒壊した。
「だいじょぶ、お姉ちゃん?」
 慌てて三歳年下の妹・シルキアが駆け寄り、姉の腕を引っ張る。その反動でシルキアも尻餅をついたが、ファルナはどうにか顔を上げた。
「ぷくくっ……あはははっ!」
 その顔を見て吹き出したのはシルキアである。ファルナは足から体から顔まで新雪まみれで、サミス村に語り継がれる雪娘のように真っ白けだったからである。ファルナは呆然とした表情で立ち上がったが、それは何だか滑稽でもあり、よけいシルキアの心にはおかしさが込み上げるのだった。
「か、帰りますよんっ」
 照れくさそうに顔を赤らめ、雪まみれのバスケットを拾い、ファルナは家の方へよろよろと歩きだす。シルキアは笑いをこらえつつ立ち上がったが、そこはまだ急坂の途中だ。今度はシルキアが足を滑らせ、姉に抱きつく形となった。姉妹は悲鳴をあげつつ雪の坂を転がり、ようやく勾配が緩やかになるところで止まれた。今度は二人とも雪だるまになり、顔を見合わせて笑いあった。時折、針葉樹から雪のこぼれ落ちる、透き通った空気で充たされたサミス村の片隅で、しばらくの間、姉妹の楽しそうな笑い声が響いていた。
 


  2月 2日○ 

「いちばん寒い時期です」
「だけれど、この時期、水面下では既に次の潮流が」
「胎動を始めていることでしょう」
「見えないけれど」
「大地の中で少しずつ根を張っていくように」
「陽春(はる)は日ごとに力を蓄え」
「芽吹きの時を見計らっています」
「そうです、陽春はそれほど遠くないのです……」

 つららから溶けて池に落ち、泡と消えた水滴たちの遺言です。
 


  2月 1日○ 

「おい、ちょっと来いや」
 とケレンスに腕を引っ張られ、リンローナはあたふたとついていった。一瞬、後ろでタックとシェリアの嬉しそうな囁き合いが聞こえたが、すぐ風の音に混じってかき消される。ちょっと大きいコートの袖をはためかせ、肩の辺りで切りそろえた鈍く光る薄緑の髪をゆらし、リンローナはしだいに激しくなる息づかいのまま、汗ばむ額をそのままに、足元の雪に気を付けながら黙ってケレンスについていった。相手の金髪が陽射しの糸のようにきらめいた。
 リンローナの胸が妙に苦しいのは走っているせいだけではない。雪月(二月)一日、水瓶座――今日はリンローナの十六歳の誕生日なのだ。ケレンス、あたしに何かくれるのかなぁ……町の人たちの世間話も全く耳に入らず、彼女は漠然とした期待に心を踊らせた。メラロール市の空は透き通るほどの晴天で、西はだいぶ菜の花色に染まりだしていた。そして空の太陽も次第に一日の終わりに向かって雲の薪をくべ、紅に燃えている。(続く)