「お空にはダムがあるの?」
その一言にはっとして、通りすがりの私は耳を澄ます。
見ると、長靴を履いた幼稚園生らしき男の子が訊ねている。
傘をさした母親は不思議そうな顔をして、相づちを打つ。
「どうして?」
「だってね、だってね、こんなに雪を隠してるんだもん!」
灰色の空と、星の粉のような粉雪を、子供は見上げる。
「そうね……」
母親が口ごもった時、向こうから幼稚園のバスが現れる。
私は急いで住宅街の小道を渡る。子供の声が遠ざかる。
積もりゆく雪は、空にある水の多さを実感させる。
雨は流れてしまうけれど、雪はその場所に留まるから。
私はコートの襟を立て、みぞれ状の氷水を踏んで歩く。
それはアスファルトの上で軽やかに踊り、弾け、飛び散る。
『お空のダムは、雲の中にあるわよ』
もし、あのまま親子の会話が続いていたと仮定して。
私は話の続きを考えてみた。筋のない断片が頭に浮かぶ。
『そっかー。じゃあ、雲は、上にある海なんだね』
『そう。私たちは空の海底をゆくヤドカリさんよ……』
――ふふっ。
そんな会話なんて、あるわけないか。
けれど、この朝になら、そんな夢も現実になりそうだった。
肩と背中に染み込む冷気が、ちょっとだけ心地よく思えた。
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