何も見えない。
何も聞こえない。
息もできない。
触れるものとて存在しない。
それでいて全てに触れられている。
ただ氷のような冷たさに包まれている。
口の中には塩の味がし、喉が疼いている。
意識を失いかけたシェリアは、何かを聞いた。
――ような、気がした――
耳は詰まっていて、くぐもった泡の音がする。
(そうだ、音がする……)
それが何だったのかは、今でも分からない。
自分自身の魂の鼓動なのか。
それとも、海の鼓動なのか。
息はできない。
(だけど、音が聞こえる)
急に元気が出てきて、生命の執念が再び燃焼する。
(お願い。もし残ってたら、働いて!)
そして再び両手を後ろで組み合わせ。
海のまっただ中で、彼女は天空魔法へ集中し始めた。
(私を波の上の世界までつれてって。私の風よ!)
〜 ・ 〜 ・ 〜 ・ 〜 ・ 〜 ・ 〜
彼女は瞳を開けた。
何も見えない。
――。
何も見えない?
――。
(見える)
ある方向が全体的にぼんやりと明るい。
水の中で、魚のように自由には動けないけれど。
シェリアは魔法の風で、海を飛ぶことができる。
海を見通す魚の目は持たないけれど、光なら分かる。
(あっちよ!)
強烈な意志の炎が、彼女を水中の泡の如く上昇させる。
ゆらめいている光の層がしだいに近づいてゆき――。