[春風に誘われて(5)]
(前回)
「お勘定、頼むぜ!」
「はい、ただいま」
ケレンスが手を挙げると、入口の近くに立っていた若い女給仕が気付いて、小走りに駆けてきた。金の髪を結わえ、白と薄茶で統一された清潔感のあるブラウスとスカートを着ている。
彼女は背が高く、ほっそりとして色白、しかも彫りの深い顔立ちというノーン族の特徴を見事に体現していた。手際良くケーキの皿と空いたグラスを確認すると、リンローナを視界の片隅に置きつつ、主にケレンスの様子を伺いながら請求額を告げる。
「しめて四ガイト五十レックになります」
ケレンスはズボンの後ろポケットに手を伸ばして使い古した革の小銭入れを引っ張り出し、中身を改めた。指で円を描くように動かせば、一ガイト銀貨と十レック銅貨がジャラジャラと鳴る。
「ん?」
突如、剣術士は目を光らせ、不審そうに財布の奥を覗いた。
「何だこりゃ」
正確に四つ折りされた紙のようなものが、銅貨の間に垣間見える。全く覚えが無いため、彼は急いでつまみ上げ、開いた。
その横ではリンローナが丁寧な口調で給仕に頼んでいる。
「別々のお会計、お願いできますか?」
「承りまして御座います」
一方、文面を目にしたケレンスの顔は愕然とした驚きと、あっさり行動を予想された悔しさ、そして他人の財布を勝手にいじられた怒りによって、あっという間にしかめ面を火照らせていた。
「あんにゃろ……」
『君が紳士ならば、
年下のお嬢さんには
おごるべきですよ』
――それが小さな紙に記された文面の全てであった。
細やかな筆致は、幼なじみの腐れ縁、タックに間違いない。
「どうしたの?」
聞き慣れた声で我に返ると、澄みきった翠玉を思わせる草色の瞳が不思議そうにケレンスを見上げていた。その横では、勘定に来た給仕が盆を持ったまま所在なげに立ちすくんでいる。
ケレンスはとっさに紙を丸め、無造作に財布へ押し込んだ。
それから勢いに任せ、背の低い聖術師に言うのだった。
「リン、先に行ってろ。まとめて払っとくから」
「え? ……うん、わかった。入口で待ってるね」
リンローナは話をややこしくしないため、敢えて突っかかったりせず、賢くも健気に同意した。簡単に盗まれないよう、肩紐だけがやたらと太く頑丈な造りになっている実用的な布の鞄――安物にしては長持ちする――を肩にかけ、聖術師は歩き出した。
「ご一緒でよろしいですか?」
給仕の女性が訊ねる。ケレンスは財布から四枚の銀貨と五枚の銅貨を取り出すと、テーブルに並べ、口に出して数えた。
「……三、四、五。合ってるだろ?」
「ちょうどお預かりいたします。ありがとうございました!」
盆を抱えたまま、ノーン族の女給仕は頭を下げるのだった。
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