[森の朝]
とつ……ぽて……とつ……ぽて……。
雨とは異なる、気まぐれで小さなメロディが生まれていた。
それは朝露の群れが、三角テントの屋根側を打つ響きだ。
「……ん?」
熟睡から醒める時に特有の、素晴らしい寝起きだった。身体の疲れは取れていて、何だか軽いし、頭は急速に冴えてくる。
「んー」
窮屈な寝袋から這いだし、狭いテントの中で可能な限り伸びをする。足下では仲間の一人が寝息を立てているので、出来るだけ音を立てず慎重に歩き、近くに放ってあった薄手の夏物の上着を拾って羽織った。見下ろせば、三つ並んでいる寝袋のうち、彼のものだけでなく、残りの一つも既にもぬけの殻だった。
昼間とは打って変わり、空気はひんやりと涼しく、肌を撫でるように動いている。鳥たちの高らかな挨拶があちらこちらで交わされている。それは日の出が近いことを明白に知らせていた。
靴を適当につっかけ、テントの裾をめくって開き、寝癖で乱れることもない金の短い髪を無造作に掻き上げ、彼は外に出る。
空気は全体的に湿り気を帯び、草木と土の匂いにあふれていた。思わず背中に鳥肌が立つ――あまりの清々しさと、自然の驚異に対して。また鬱蒼と茂る森の中で、陽の光はほとんど差し込まないが、中には枝先の合間をかいくぐって届く線もある。
うっすらと流れ漂う乳白色の霧に輪郭をぼやけさせ、細い光の道筋は短時間に驚くほど不思議で魅惑的な変化を遂げる。
「お早う。ケレンス」
テントから出てきたケレンスのの気配を察し、向こうの焚き火の跡地――煤だらけの薪が積み重なっている――のそばに座って剣を研いでいる銀の髪の男が振り向いた。優しげな目の下にはクマができている。彼はルーグ・レンフィス、メラロール王国の騎士を志望し、この冒険者の一団のリーダーを務めている。
「早えな。シェリアは?」
ケレンスが訊ねたのは見張りの件である。この夜はルーグとシェリアが交替で見張りをするはずだった。夜半過ぎまでがルーグ、それ以降が女魔術師のシェリアのはずだったが――。
「あの通りだ」
ルーグは腕を掲げ、もう一つのさらに小さなテントを指さした。それはシェリアとリンローナの姉妹が休んでいるテントである。
「彼女を悪く思わないでくれ。体調の芳しくない時期なんだ」
同郷のルーグとシェリアが前から付き合っている、というのは冒険者仲間の皆に知れ渡った暗黙の了解である。のろけ話とも受け取れたケレンスは苦笑し、真面目なルーグに忠告する。
「まー、俺が迷惑したんじゃねえから構わねえけど、あんま無理すんなよな。ルーグに倒れられちゃ、俺たち、何の決断も出来ねえんだからな。別にプレッシャーかけるわけじゃねえけどさ」
ケレンスはその場にたたずんだまま、靴の爪先で地面をせわしなく叩く。銀の髪の戦士は少しうなだれ、間を空けて応えた。
「ああ。有り難う」
その刹那、二人は同時に振り返った。
別の仲間の気配を感じたからだ。
「おはよー」
肩の辺りで切り揃えた草色の髪が良く似合っている十五歳の小柄な聖術師、リンローナが薄緑色の瞳をこすりつつ現れた。
「おはよう、リンローナ。よく眠れたか?」
口数が少なく彫りの深い顔立ちのルーグは朴訥に訊いた。
「うん、お陰様で、ぐっすり休めたよ」
リンローナは表情を曇らせた。彼女の隣の寝袋で、姉のシェリアは夜の見張りも務めぬまま未だに眠りを貪っていたからだ。
「リンも起きたか」
呟いたのはケレンスだ。無表情を装うが口元は緩んでいる。
「よっしゃ、じゃあ後はリンに任せて、水汲み行こーぜ」
しゃがんでいるルーグの肩を、ケレンスは急に引っぱたく。
「ああ、そうだな」
ルーグは剣を鞘に収め、勢いをつけて立ち上がった。リンローナは大きく澄んだ特徴的な瞳を瞬きさせ、無邪気に微笑んだ。
「じゃあ、あたし、ここで待ってるね」
二人の青年を押し出すかのように、爽快な風が吹き過ぎる。
「よーっしゃ、行こうぜ」
「ああ」
ケレンスとルーグは旅用の桶を持ち、まぶしい朝の光の中で談笑しながら、足取りも軽やかに出発していった。頼れる二人の後ろ姿を、リンローナはいつまでも誇らしげに見守っていた。
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