[時の河、春の風]
春を迎えつつある森の中は、静かで厳かな蠢動に満ちあふれている。土の中でつくしの子が地面を突き破る日を待ち遠しそうにしていたり、草が少しずつ青々と茂ってくる細かな変化が、小さな希望の輪となって、目には見えない所から湧き上がっている――速やかに、逞しく。留まることを知らぬ時の河に乗って。まろやかで艶やか、甘い香水をつけた春の風に乗って。
「ここ、滑るよ」
泥の付いた靴のつま先で地面をトントン打ち、一段高い場所から友達に呼びかけたのは、金の髪を後ろで束ねたジーナだ。蒼い海のかけらを思わせる瞳は、強い意志の光を放っている。
「うん」
話しかけられた同級生のリュアはうなずき、おずおずと右足を差し出した。顔を上げ、手を掲げて近くの枝をつかんでバランスを取りつつ、今度は左足を持ち上げるのだが、踏み出したままの右の靴がぬかるみにはまり、抜き出すのに難儀している。
銀色の髪を揺らし、半べそをかいて、九歳のリュアは唸った。
「んー」
「ほらっ、リュア」
登り坂を歩いてきて、うっすらと額に汗をかいたジーナが、身を乗り出して手を貸した。左の靴まで地面に取られてしまい、引っ張っても靴だけ持って行かれそうになるほどの力で泥につかまれ、困り果てていたリュアは、倒れないように気をつけながらも友の手を取って、ズボンの右膝を思いきり持ち上げた――。
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