[目覚め]
花も草も 幹の色も
いのちを奏でるよ 響き合い……
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誰も知らない秘やかな野原の片隅に、桃色のつぼみがひとつ、ありました。その周りには、数えきれないほどたくさんの、それぞれ違った黄緑色をした丈の低い草が緩やかな斜面全体に広がっていて、その間には無数の桃色の花が咲いていて、ほのかな芳(かぐわ)しい香りを漂わせていました。ただ、そのたった一つのつぼみだけは、他のどの花とも違っていました。
安らぎに充ちて、秋の雨のように優しく降り注ぐ春の光は、分け隔てなく野原に舞い降りてきます。草も花も、そして大地も、空気を吸い込むかのように輝きの流れを汲み、飲んでいます。
新しい季節は、緩やかにそよ吹く風さえも温めていました。
その中で、細い手足を伸ばし、動き出すものがありました。
「ん、ん……」
毛虫でも、ダンゴムシでも、油虫でもありません。蜘蛛でも、蟻でも、ヤゴでも、蝶でもありません。けれども翼はあります。
桃色のつぼみだと思っていたものは同じ色の髪の毛でした。また、花の〈がく〉に見えた白い部分は、可憐なスカートです。
「ふあぁ?」
草の間で大きな目をこすりながら、折れてしまいそうな細い両脚でゆっくりと立ち上がったのは、この草原の花の精でした。
「ふーっんー」
手のひらに載ってしまうほど小さな妖精はまた大きく伸びをして、それから背中の四枚の羽根を、練習がてら動かしました。
空の小鳥たちの唄が、ぼんやりとした表情と夢みるような眼差しで立っている少女の頭の中を少しずつ起こしてゆきます。
「もう、朝なんだ。春なんだわ!」
両手を輝かしい天に掲げ、身体の底からの感動を込めて、小さな花の妖精は叫びました。とびきりの、弾けるような笑顔で。
次の瞬間、彼女は羽ばたいていました。あまり上手な飛び方ではありませんでしたが、思ったまま、自由に空を駈けます。
暖かな光は透き通ったカーテンのように流れ、揺れました。光の回廊をめぐり、花の精はまだ眠っているつぼみを起こしました。その中のいくつかは、彼女と同じ花の精なのです。赤や白や、黄色や、紫や……色とりどりの花の精が羽ばたきます。
もうあの子は一人ではありません。そして、あの子の姿は大勢の中に紛れ、見失ってしまいました。一人一人の髪の色や髪型やスカートの異なる花の精は、小鳥と戯れたり、蜜蜂にご馳走したり、香を焚いたり――それぞれの春を謳歌しました。
それは何とも心の和む、いのちの始まりの風景なのです。
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どうか、この光景を
いつまでも見ることができますように
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