[去りゆく色]
「どうしたら……」
つぶやいて、立ち止まり、彼女は息を飲む。
時折、人々や自転車の穏やかに行き交う煉瓦の道に頭を垂らして、木の葉は一面に色付いていた。日の当たりにくい内側の葉は黄緑で、外側に向かって黄色、橙、赤と、微細に艶(あで)やかに変化してゆく。それは洋服よりも和服を思わせ、活発な若者よりも落ち着いた壮年の人を彷彿とさせる。
「ひかり……」
その木の下に立ち止まっていた女性は微笑みを浮かべ、わずかに唇を動かした。それから彼女は煉瓦の道の脇に少し逸れて、息をつき、軽く背伸びをするのだった。
通勤の鞄を足元に置き、葉の一枚一枚を覗き込めば――赤子の掌(てのひら)のような葉は、いま、裏側から光に照らし出されている。生まれて間もない黄金の朝日は、温かみのある黄色を投げかけつつ、葉の陰影を、それらの色の個性を、鮮やかに映し出す。赤はより赤らしく、夏の太陽の情熱さとは異なる優雅さを。黄は黄色らしく、春の希望よりも落ち着いた気高さを。
だが見れば見るほど、色の表現は深く、難しくなる。とある葉は、赤と橙の間の、橙寄りの、その中間よりも赤寄りで――。
結局のところ、それは唯一〈その葉だけの色〉なのだ。
「あーあ、もっと色んな語彙を知っていれば」
女性はおもむろに鞄を持ち上げ、樹を仰いで歩き出す。様々な人が行き交う道の上で、諸々の葉が照らし出されている。
その身を冷たく清らかな朝の空気にたっぷり浸し、まばゆい光に抱かれて色付いていたのは、楓(かえで)の葉であった。
女性の後ろ姿と足音が、しだいに遠ざかってゆく。
空はより青く、光はより傾いて、やがて秋は終わる。
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