2006年 2月

 
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2006年 2月の幻想断片です。

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  2月28日− 


 地上の日差しを放ってくれる〈光の鏡〉から伸びる輝きは、だいぶ赤みを帯びてきていた。明るさ自体も弱まっているようだ。
 みんな無言になっている。湿った石を踏む。早足になる。

 洞窟の廊下はいつ果てるとも分からずに続いている。
 時間はもう、あまり残されていなかった――。
 


  2月27日− 


「これはッ?」
  これはッ……。
   これはッ……。

 声を発すると、私の閉じ込められたシャボン玉の中に、同じ声が何重にも響いた。

「何だって」
  何だって……。
   何だって……。

 言葉は反響するが、大きくなることがない反面、消えることもなく響き続けている。
 頭が痛む。だが、うめき声を飲み込んだ。そうすれば音が増える一方になるのに気づいたからだ。俺は頭を抑え、膝をつく。

「時間が止まるとはこういうことなのだぞ。これが、御前の望む状態なのだ」
 別の声が響いた。それはしっかりと消えたが、そのあとにはさっきの俺の声がしつこく残り続けていた。どこにも行けずに。

  これはッ……。
   何だって……。
    何だって……。
     これはッ……。

「うう」

 頭をかかえ、俺はうめいてしまった。

  これはッ……。
   うう。
    何だって……。
     これはッ……。
      うう。
       何だって……。
        これはッ……。
         うう。
          うう。
           これはッ……。
            何だって……。


 俺は苦悩の末に、こう答えるのがやっとだった。
「わかった……」


 すると、次の瞬間、シャボン玉が割れた――。
 


  2月26日− 


 忘れな草の
 花の香を

 唄の如くに
 風にのせ

 想いのままに
 たぎらせて

 空のむこうに
 届きますように
 


  2月25日− 


 夜が破れて
 あふれ出た
 こがねの光
 満ちる月

 闇夜の布を
 つないでる
 銀のまちばり
 空の星
 


  2月24日− 


[あめ]

 ぽつん、と。
 何かが頭にぶつかった。

「あめが降ってきた……」
「え? こんなに晴れてるのに?」
 驚いて、彼が言った。

 見上げた空から、次々と降ってきたのは――。
 普通の雨ではない。
 赤や桃色、青、紫などの色とりどりの光を帯びていた。
 それを口で受け止めると、甘い味がした。

 きっと、飴の雨だったんだ。
 


  2月23日− 


[雲を紡いで(1)]

 驚いた様子のテッテの口からは、朝の寒さを示す白い吐息が漏れ出していた。まだ若い青年は、後ろに控えていたカーダ老人の方を振り向き、問いかけた。
「師匠、これは……」
 弟子のテッテに〈師匠〉と呼びかけられたカーダ博士は、ドアの中から歩み出て皴深い目を細め、不思議な研究の成果を見上げるのだった。
「おお、出来ておるな」

 手を延ばせば触れられる程のごく低い所に、いくつかの灰色の〈もやもやしたもの〉が浮かんでいる。
「これは……霧ですか?」
 少し落ち着いてきたテッテが、好奇心と同時に不安感も示しながら〈もやもやしたもの〉に少しだけ顔を寄せ、再び問うた。
「何を言っとる。そんなことでわざわざ呼ぶか」
 師匠が不愉快そうに答えると、テッテは慌てて言い直す。
「え、あの、では……もしかして、雲でしょうか」
 対する師匠の言葉は、ごくあっさりしたものだった。
「見りゃわかるじゃろう」

(続く?)
 


  2月22日− 


[時の流れ]

 普段よりも一時間ほど早く、外に出た。
 なべてのものが柔らいだ優しい今日の夕暮れが待っていた。

 麗しく暮れてゆく風景に驚き――。
 そして、そこに夕陽がいることを忘れていた自分に驚いた。

 雲は淡く広がり、空は薄い橙色から水色へのグラデーションだった。風もまた微かにそよぎ、それは艶やかでさえあった。
 女学生は足早に歩き、あるいは自転車を飛ばす。母親と並んで家路をたどる小学生の歩みは軽い。犬の散歩をする人々。
 この冬、最も冷え込んだ、冴えた晴天の昼間ははるかに遠ざかり、日は緩やかに延びて、春へ向かって峠を登りつつある。

 止まる事のない、時の流れの狭間で。
「こんな世界が、在ったんだな」
 立ち止まり、伸びをして、大きく息を吸いたくなった。
 


  2月21日− 


[山奥の冬(2)]

(前回)

 冷え切った風が流れると、水分の少ない極めて軽い雪は一斉に舞いあがり、まばゆい光の中できらきらと金色に輝いた。
 葉の落ちた森は、太陽の光を受けて輝き、しんと静まっていた。時折、不思議に高らかな声で名も知らぬ鳥が唄っていた。
 森の湖は厚く凍りついて、白いじゅうたんに繋がる新しい地面になっている。かんじきを履けば、夏の間は船がないと行けなかったところへ歩いてゆけるし、専用の道具で氷に 穴をあけて釣糸を垂らせば、氷の下で活発に動き回っている魚がとれる。
 冴えた青空につつまれた白い大地は、雪の反射で黄金を蒔いたかのように明るく、小動物たちの足跡が残っている――。


「そんな景色だよ、ここの冬は」
 弾む口調で、シルキアはリンローナに語って聞かせた。

(続く?)
 


  2月20日− 


 エンジン音がにわかに高まり、車体は力強く震えた。

 グァァァァータン……ゴッ、トン、グァァァァー……コトン、

 どこまでも続く広々とした薄い水色の空に、凍らせた綿菓子を思わせる真っ白なちぎれ雲が浮かんでいて、速く流れている。
 雪の白樺林が現れ、途切れ、再び現れる。辺りの木々がまばらになり、再び深まり、せせらぎに似た大河の源流が並走する。水の流れが滞る所は、表面の方から白く凍りついていた。
 林と川の間の細い雪野原には小動物の足跡が刻印されている。線路際に現れた子狐の黄土色は、列車が一定の距離に迫ると逃げ、白い野原を駈け抜けて、森の彼方へ消えていった。

 ガタン……ゴッ、トン、グァァァァーア、

 たった一両の小奇麗な機動車は、分水嶺の向こうの世界を目指し、あらゆるものが凍りついた零下の峠にいどむ。小さな煙突から吹き出すのは、車両の生命の吐息そのものであった。

 その時、突如。
 苦しげなエンジン音が切れた――。

 カタン……コトン。
 カタン、コトン……カタン、コトン。

 エンジン音が消えると、車内は驚くほど静かになり、レールの継ぎ目を越える音がひときわ響いた。峠を登り切って一息ついた気動車は、見違えたように快適に快速に、坂を下り始める。
 木々の影が、植林中の山が、小川が、そして廃屋がよぎる。

「雪が溶けると、汽車はなくなっちゃうんだよ」
 列車の前方の窓に腰掛けた孫むすめの背中を押さえ、老翁が呼びかける。追いつけない風を追いかけ、時間に乗り、列車は戻れない坂を、町に向かって長く駆け下りてゆくのだった。


2005/02/19
 


  2月19日− 


(休載)

2005/02/19
山あいの小駅
 


  2月18日○ 


(休載)

2005/02/18
白樺の林に朝日は射し込む
 


  2月17日○ 


[山奥の冬(1)]

「そう。ほんとに底冷えする時、温泉に行った帰りとか、濡れた髪の毛が凍ったりするんだよ。ガチガチに固まっちゃって……」
 シルキアの話に、リンローナはかなり驚いた様子だった。
「えーっ、髪の毛が……」

 高原の夏、冒険者として村の事件を解決したリンローナは、ファルナとシルキアの姉妹の家が営んでいる宿屋に滞在していた。温暖な気候の港町で生まれたリンローナは、雪を見たことすら少ない。快適な夏ではなかなか想像もつかない山奥の冬の暮らしの厳しさについて、姉妹の話を聞いていたのだった。
「お肉を外に出しておけば、凍っちゃって腐らないのだっ」
 シルキアの姉のファルナは、特徴的な喋り方で説明した。


  2月16日− 


[幾つかの真冬の幻想]

〜 ・ 〜 ・ 〜 ・ 〜 ・ 〜 ・ 〜

 短い階段の先には
 いつしか何もなくなってしまって
 今は階段だけが残っている

 あの階段は
 いま何を思っているのだろうか

 登りきると
 そこには何が見えるのだろう

〜 ・ 〜 ・ 〜 ・ 〜 ・ 〜 ・ 〜

 雪の積もっていない渇いた大地には、無数の霜柱が立ち並んでいる。子供たちはさかんに踏んで、その透明と茶色の入り混じる小さく儚い柱を崩していた。池の表面を覆っている薄い氷の層は、冷えきった青空と遠い山脈を鈍くかすかに映している。
 その裏道に、使われなくなった短い階段がある。どこに繋がっていたのか――先の建物は無く、階段だけが残されている。

〜 ・ 〜 ・ 〜 ・ 〜 ・ 〜 ・ 〜

 丘の上、崖から見下ろすと――。
 凍った湖に光が当たり、この世のものとは思えないほどの麗しさと気品を兼ね備えたあらゆる明るい色にきらめいている。
 刻々ときらめいて、色が無限に変化する。
 しばらく私は〈光と時の競演〉に見とれていた。

「乗ったとたんに壊れるよ」
 その声で、我に返った。
 背の低い相手は低い声で呟き、私の目を覗き込んだ。

 相手はそれ以上、何も言わなかった。
 しかしながら、その眼差しは言葉よりも雄弁だった。
(それでもあんたは、お望みかい?)

〜 ・ 〜 ・ 〜 ・ 〜 ・ 〜 ・ 〜

 夜が訪れて、しんしんと森は冷え込んだ。
 凍りついた湖の中に、そこは確かに存在した。
 満ち欠けする月が円形に並んで浮いている、どこか霊的なものを感じざるを得ない、極めて特殊で不思議な空間であった。
 老人が光の杖をつくと、月は七色に変わる――。
 


  2月15日− 


[淡雪の在処(3)]

(前回)

 ケレンスの瞳もいつしか曇りがちになっていたが、良くない考えを降り払うかのように、彼は首を何度か軽く右へ左へと動かした。その後、急に何かに思い至ったのだろうか――強い輝きを眼に宿し始めると、精悍な眼差しでリンローナに向き合った。
「俺らだけは、覚えとこうぜ。あの雪が降ったのを、さ」
 しばし物思いにふけっていたリンローナは、慌てて聞き返す。
「えっ、ごめん。何?」
「あの雪をよぉ」
 その考えがいたく気にいったらしく、ケレンスは熱っぽく語る。
「忘れないで……いや、忘れてもいい、また思い出してさ」
「うん」
 相手の言葉、さらには言葉を超えた〈想い〉にぐっと惹きこまれ、少女はうなずく。彼女は胸の辺りに両手をそっと重ねた。
「大勢が忘れちまっても、よぉ」
 しだいに軽やかな口調で言い切ったケレンスは、ごく自然に天を仰いだ。青く澄みきった、どこまでも続いている広い空を。

(続く?)
 


  2月14日− 


 光を当てて
 影絵を描いて

 影を当てて
 光絵を描いて

 そしたら一体全体
 どんなものが見えてくるんだろう
 


  2月13日△ 


[まどろみ]

 座っていたあたしは、ふと見上げた。
 そこには見慣れた顔があった。
「あれっ……お母さん?」
 あたしはすぐ立ち上がり、立て続けに呼びかけるんだ。
「やっぱり、ちゃんと帰ってきてくれたんだ! よかったー、帰りが遅かったから心配してたんだよ。お父さんも、お姉ちゃんも」
 目の前にいるお母さんは優しく微笑んで、あたしのことをしっかりと抱きしめてくれたよ。でもね、決して喋らないんだ――。

 あたしは驚きと喜びにつつまれて、これで良かったんだ、何事も大丈夫なんだって思う。その奥に潜む、ほんの僅かな違和感を消し去りたくて、あたしは一方的に色んなことを話しかける。
「お茶、淹れようか? おいしいメフマ茶があるよ」
「外のお天気、どうだった? 風は冷たかった?」
「角のおうちに赤い花が咲いてたけど、お母さん、見た?」
「あたし、今日ね……ええと、何だっけ……」
 だけど話が止まった時に気付いてしまう。
 やっぱりお母さんはあたしを見下ろして少し表情を変えたり、うなずいてはいるけど、ただ〈微笑んでいるだけ〉だってことを。

 奇妙な不安が膨らんでゆく。
 あたしを見つめて、お母さんは不思議そうに首をかしげる。

「お母……さん?」
 あたしは、ふと目を覚ました。

 あたしの頭の上にゆっくりと渦巻いているのは、冷え切ってはいるけれど、どこか暖かな懐かしさを秘めた安らぎの夜――。
 いまは真っ暗な闇だけが、目に見えるものの全てなんだ。

 もう気づいていた。淡い夢が崩れ去ったことを。
 後から現実感が、鈍く頭と身体に響くように襲ってきた。だけどあたしはそのまま目を閉じ、再び睡魔に溺れることを選んだ。今度は明るい陽が登りきるまで、決して夢は見ないと願って。

 でも、朝起きても、その時の記憶はすごく鮮明に残っている。
 気付いた時の、淡い雪のように溶けてゆく夢の残骸を。
 喋れないけれど、何か言いたげで、あたしの名前を呼んでくれそうで――しっかりと見つめてくれている暖かなまなざしを。
 まどろみの中で見た、あの日のままのお母さんの姿を。

 あたしは、あの日の幸せは大事にとっておいて――別の新しい幸せを見つけに、朝の空気の中へ、また生まれ出るんだ。
 静かな夜の安らぎと幻から、いったん遠ざかって。
 陽が沈み、もう一度、その時間が訪れるまで。
 


  2月12日− 


 星たちが掘った
 不思議な模様

 何の意味があるのかしら

 もしも、あれが文字だったり
 言葉だったりしたら――

 この星の海も
 山も谷も
 銀河へのメッセージなのかしら


2005/02/10-月齢11.5
 


  2月11日− 


[季節は波のように]

 冷たさの空気は波のように幾度も押し寄せていた。季節の駆け引きの中で、寒さが押したり暖かさが引いたりを繰り返しながら、いつしか少しずつ引き潮になっていった。冬の波はしだいに遠ざかり、春の白い浜辺が覗いてくるかのように思われた。

「あれっ」
 学院の帰り、厚手の上着に身をつつんで、今日は一人で並木道を歩いていたリュナンは、一本の樹の枝先に変化を認めた。
「これって……」
 半信半疑な様子で近づいていった彼女の眼差しが、やがて確信に変わってゆく。彼女が見つけたのは、新芽だった――。
 


  2月10日− 


[淡雪の在処(2)]

(前回)

「残ってたか」
 呟いたケレンスは、その白い雪の塊(かたまり)を少し離れたところから見つめた。彼の目尻と口元がふっと緩み――次の瞬間に厳しく結ばれたのを、隣のリンローナは見逃さなかった。
 感情を隠したような低い声で、十七歳のケレンスは喋った。
「まあ、時間の問題だよな」
「うん……」
 相手の変化を受けて、リンローナはうつむきがちにうなずく。

 坂の多いアマージュの町は、青空から降り注ぐ新鮮な朝の輝きと、まだ陽の当たらない影の部分とに塗り分けられている。
 屋根を伝って集まった雫がひとつ、こぼれ落ちる。その途中、東からの深い光の矢を受け、全ての色を経て強くきらめいた。

 ――と思った次の刹那。
 雫は、消えてしまった。
 すぐに、あっけなく。

 新しい陽を賛える雀たちの可愛らしい平和の褒め唄が、前方や右斜め後ろで唄われている。移ろいゆく夢のような重層的な唄声、あるいは対話が、ケレンスたちの魂を現実に揺り戻す。
「あの雪も……」
 リンローナは少し顔をもたげて、草色の瞳を大きくまばたきし、ケレンスの方を見上げて何かを言いかけたが、続きを言うのをためらった。少女はやがて相手から視線を逸らし、言葉を恐れるかのように口をつぐむ。中断が中止に変わった瞬間だった。
 彼女が言いかけた言葉の残骸は、春になっても出ることのなかった新芽のように、途絶した空虚さを辺りに染み込ませた。


  2月 9日△ 


(休載)
 


  2月 8日× 


[淡雪の在処(1)]※在処=ありか

 空は灰色に覆われ、風は無く、ほんのわずか雪が積もった。

 あくる日は、うって変わっての青空であった。
 額に手を当て、うっすらと目を閉じた状態で太陽を仰げば、色とりどりのいくつものシャボン玉――光の指輪――が見えた。
 空は、その全体が水晶で作られたかのようにどこまでも蒼く澄み渡り、優しく光が降り注いだ。ラーヌ地方の小都市、平野部と山間部の間に位置し、長い歴史に彩られた坂の多いアマージュの町には、小雀たちの歌声が高く楽しげに響いている。

「あったかいね〜」
 手袋をはめた両手を掲げて、リンローナが無邪気に笑った。
「昨日の雪、あっという間に溶けちゃうね」
「そうだな。すでに、ほとんど積もってねえな」
 水分の残る足元の煉瓦道を見回して、ケレンスがつぶやく。
「あっ、あそこ」
 リンローナが見つけた。日陰の片隅に、人に踏まれること無く、積もった時のままの白い色を保った雪の塊(かたまり)を。


  2月 7日△ 


 太陽が照っても
 たくさんの光が両手をすり合わせても
 生まれたての温かさの種を
 冷たい北風がさらってゆきました

 春が来れば
 温もりは咲くのでしょうか
 


  2月 6日△ 


 あの冷たくて白いの
 天使の翼なのかしら

2005/02/06 雪
 


  2月 5日△ 


[いつもの朝]

「ナンナ、朝じゃよ」
 どこか遠い所から、カサラおばあちゃんの声が聞こえてきた。
 うーん、せっかくいい夢みてたのにな〜。
 おばあちゃんは次に、ナンナの身体(からだ)を布団の上からゆっくり揺り動かしながら、耳元でいつもこう呼びかけるんだ。
「ほらほら、起きなさい。学舎に遅れるぞよ」
「うーん……」
 おばあちゃんが布団の先っぽをめくった。顔がはみ出れば冬の朝の冷たさが、ちょっと目を開ければまぶしさが降ってくる。

 それからナンナの耳に届いたのは――。
「ぴろっ、ぴろっ!」
 ナンナとの名コンビ、真っ白い小さなインコのピロだよ。鳥だからピロは朝が早くて、もう元気そのもの。鳥籠で鳴いてるんだ。
「ほら、起きなさいよ」
 おばあちゃんがまた揺するから、ナンナは降参しちゃうんだ。
「わかったよう……」

 眼をこすりながら上半身を持ち上げると、おばあちゃんは安心して起き上がり、部屋の外に出ていく。振り返って、ひとこと。
「ご飯はできてるからね」
「ふぁ〜い」
 ナンナは寒くて腕組みし、思わず身を縮める。特に背中が無防備だから、枕元に転がってる上着を引き寄せて腕を通した。
 窓の外は青空で、低い太陽から放たれた光の矢が、まっすぐにナンナの目につきささるよ。雪の反射で、ほんとにまぶしい。
 北の国のナルダ村は、とても寒いところなんだ。雪もたくさん積もってる。だけど、今日はお天気が期待できそう。楽しみ!

 ナンナが起き上がると、台に置いてある鳥籠はよく見える。
「ピロ、おっはよ〜」
「ぴぴっ!」
 雪から生まれたみたいに真っ白な毛のピロが、黒いつぶらな瞳を輝かせて、こっちに寄ってくるの。すっごく可愛いんだ!
 ピロは、ナンナの〈使い魔〉なんだよ。その〈使い魔〉ってのはね、魔女の相棒の動物のこと。だいたい鳥が多くて、ナンナはピロとコンビを組んでるってわけ。掌(てのひら)に乗るくらいに小さいけど、賢いし、飛ぶのも上手。感情もだいたい分かるよ。
 ナンナが鳥籠に近づくと、早く開けてほしいって、怒るんだ。
「ぎ、ぎ、ぎ!」
「ピロ、ごめんね〜。これから、朝ご飯なんだ」
 ナンナが離れると、ちょっとすねて、口のなかでくちゃくちゃ、ぴろぴろ言ってる。それがまた可愛いんだ! ピロ、大好き。

 ナンナのおなかがくぅーっと鳴った。朝ご飯、何かな?
「待っててね〜」
 ナンナはそう呼びかけて、部屋を出るんだ。
 背中でピロの声を聞きながら――。
「ぴぴぴっ」

 いつもの朝は、こうして始まる。
 今日も楽しいこと、嬉しいことがいっぱいあるといいな。
 ピロ。ナンナが学舎から帰ったら、一緒に遊ぼうね!


天から降りてきた君とは
五年前のこの季節、
縁があって出会った

そしてこの寒い冬の日に
再び遠い空のかなたへ
一人、羽ばたいていった

いつかまた会えるかな
僕の背に翼が生えるときが来れば――

たくさんの幸せを、
喜びをありがとう

そして、さよなら。
 


  2月 4日− 


 雪と雨って
 どこで差が生まれるのかな

 天のとても高いところで
 雨から雪に、雪から雨になるのかな

 雨は流れてゆくけれど
 雪は少しばかり、大地に根を下ろして――
 


  2月 3日△ 


 町の灯の
 なんと数多く
 そして儚いことよ

 掌に収まる炎(ほむら)の
 なんと小さく
 それでいて力強いことよ
 


  2月 2日− 


[追憶]

 時にさえも忘れられて
 存在の意味から開放されて
 静かに朽ちてゆくのか

 あの小さな駅は
 今はひっそりと
 雪に埋もれているのだろう

 列車を待っていた老婆は
 小さな背中を丸めて
 バス停に立っているのだろうか


のと鉄道・七見駅(2005/03/25)
 


  2月 1日− 


[あまてあまあしあまあたま]

 夜の窓辺を、幾つもの――
〈見えない雫〉が打っている

 勢い余って止まれずに
 次から次へと叩いている

 ふと、雨足が強まった
 すぐに雨手も強まった
 水の弾ける、拍手の音

 いったい何千、
 何万人もの〈雨人 -あみゅうど-〉が
 空から降りて
 来ているのだろう

「雨耳はどうだ?」

 耳をすまして
 相手の耳を捜す

「雨口はなんだ?」

 飲んでもいい雨だけど
 雨の口には飲まれるな

「雨頭はどこにいる?」

 天のずっと向う側の
 明るい朝にいるのだろうか
 




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