2006年 5月

 
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2006年 5月の幻想断片です。

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  5月31日− 


[太陽の心]

太陽の心を、雲が映す

あなたは今、何に吠えているの?


2006/05/31
 


  5月30日− 


[見えない時計の見える時]

一年かけて、

ゆっくりめぐる時計の針が、

今日もちょっと進みました。


2006/05/30 携帯にて撮影
 


  5月29日− 


(休載)
 


  5月28日− 


(休載)
 


  5月27日− 


[???(3)]

(前回)

 二人は学院聖術科に属しているが、今日は芸術講義の演習課題の絵を描いていた。今回は〈身近な自然〉が題材だった。
「えっと……」
 答えを言いかけたナミリアは、何やら急に名案を思い付いたようだ。手で口を抑えてから、いたずらっぽく微笑むのだった。
「せっかくだから、当ててみて」
「ナミ、そう言うと思った!」
 リンローナはすっかり予期していたようだ。並木道の下で、そこに溶け込んでいるかのような草色の髪をさらさらと風になびかせ、自分のキャンバスを胸に抱き、彼女はそこに立っていた。

「うーん」
 リンローナは、ナミリアがさっきまで腰掛けていた椅子の向きをよく眺めてから、再び友達の方に向き直って、ぽつりと呟く。
「もしかしたら、樹じゃ無い……のかなぁ?」
「おっ」
 その一瞬、驚いた様子が答えを暗示してしまったが、ナミリアはすぐに手を振ってごまかした。
「それ言ったらバレちゃうよ〜」
 鳥は飛び立ち、木洩れ日はきらめき、生徒たちは行き交う。風は並木道を通り抜け、時は優しく穏やかに今を紡いでいた。

「ふーん」
 リンローナは空を仰ぎ見てしばらく考えていたが、しだいに首を下ろし、目線を地面の方に走らせる。ほとんど考えは固まっていたようで、小柄な少女は首をかしげながらも、こう告げた。
「草、かなぁ?」

(続く?)
 


  5月26日− 


[森に想う(7)]

雑多なものが雑多に生きて

それでも秩序は保たれてる。

足元をごらんよ


2006/05/20
 


  5月25日− 


[森に想う(6)]

どこまでも続く輝きの湖に

木々を浮かべたかのような

静けさと鮮やかさに満たされる

「まぶしい扉の向こうには、何があるの?」


2006/05/20
 


  5月24日△ 


[森に想う(5)]

たくさんの緑につつまれて、

いくつもの緑色を探したよ。

ここの緑は、数え切れるのかなぁ?


2006/05/20
 


  5月23日− 


[森に想う(4)]

こんな奥の方にいても

木の葉と、枝を分け入って

スポットライトは届くんだね。


2006/05/20
 


  5月22日− 


[森に想う(3)]

風が吹いて、葉が揺れて、

木洩れ日がまばたきしていたよ。


2006/05/20
 


  5月21日− 


[森に想う(2)]

この写真には、

緑のフレームがついています。


2006/05/20
 


  5月20日− 


[森に想う(1)]

盛りを過ぎた藤棚は、

モノクロームのステンドグラスを

小さな道に映していました。


2006/05/20
 


  5月19日− 


[???(2)]

(前回)

 低い木の椅子に腰掛けているナミリアの前にも一枚のキャンバスがあり、足元には素朴な木の水差しと、赤・藍・黄・黒の数色の小びんが並べられていた。それは花びらをす り潰して作った、素朴な絵の具だった。
 ナミリアは持っていた絵筆を小さな皿に置くと、腰をあげ、椅子を後ろへ慎重に下げながら、その場でゆっくり立ち上がる。
 茶色の後ろ髪を揺らし、刺繍のついた学院の白い制服の袖を掲げ、彼女は大きく伸びをした。
「う〜んっ」
「ふふっ」
 リンローナは絵を軽く抱きしめたまま、上品に口元を緩める。

 鳥が近くの木の枝にとまったのだろう。唄とも会話とも受け取れる、不思議な上がり下がりを繰り返す鳴き声が聞こえ出す。
「まだ途中?」
 ナミリアは、友の絵を指差して尋ねた。並んで立つと、背丈の低いリンローナをやや見下ろす角度になる。
「うん。休憩だよ」
 リンローナは穏やかにうなずき、こう付け加えた。
「ナミはどこにいるのかな、って思って」

 海を越えてきた爽やかな風が、学院の中に長く続いている木立を吹き抜けていった。海の青、空の水色に木々の緑を含んだ、言うなれば青緑の風の流れだ。
 そして黄色と橙の混ざった明るい光が、大陸南部に位置する岬の港町・モニモニ街に降り注いでいた。

 リンローナは軽く目を閉じ、気持ちの良い風に吹かれていたが、いったん流れが落ち着くと草色の澄んだ瞳を開いてゆく。
 その時、少女はもう一度、気になる質問を投げかけた。
「ナミは、何にしたの? 身近な自然……」


  5月18日− 


[???(1)]

「ナミ」
 空の方から、聞き慣れた声がした。
 木洩れ日がちらちらと揺れて、地面に投げかけた光と影の模様を変化させる。木立の葉が軽やかに鳴る、春の午後だった。

「え?」
 茶色の後ろ髪を揺らして、ナミリアは顔を上げる。
「あっ、リン」
 そこにはクラスの友達のリンローナの笑顔があった。二人がモニモニ町の学院聖術科に通っていた十三歳頃の話である。
「ナミは、何にしたの?」
 そう訊ねたリンローナは、絵のキャンバスを大事そうに抱え持っていた。ナミリアは、絵の中に樹が描かれているのを見た。
「へぇー。リンは樹にしたんだ。上手いね〜」
 感心した様子で相手の絵を褒める。並木道の中から二、三本の広葉樹を主に選び、太い幹のゴツゴツした質感や、広がりながら伸びてゆく枝先、箇所によって異なる葉の色合いや、光の差し込み具合、レンガの道に映し出された影が描かれている。
 しかし、色はまだ全て塗られているわけではなかった。
「えっ? そんなことないよー」
 リンローナがやんわり否定すると、ナミリアはもう一度ゆっくり絵を見返した。少女は木の小さな椅子に腰掛けたまま、相手の緑色の瞳を見上げ、真面目な口調で感想を述べるのだった。
「なんていうかさ、丁寧で……すっごく優しい感じで。リンの人柄がよく出てると思うな。技術的な面は良く分からないけど」
 すると、今度は否定する事なく、リンローナは心底嬉しそうにはにかんだ笑顔で、こう言った。
「ナミ、ありがとう!」


  5月17日○ 


[雨のオカリナ]

〜 ・ 〜 ・ 〜 ・ 〜 ・ 〜 ・ 〜

 諸君へ。
 ほんのり青みがかった雨が降ってきたならば。
 大きく傘を広げ、耳を澄ませて。
 その場に立ち止まるがいい。

〜 ・ 〜 ・ 〜 ・ 〜 ・ 〜 ・ 〜

「よし、今日こそ!」
 鐘の音が高らかに響く中、その日の私は喜び勇んで外に飛び出した。ポケットの中の、オカリナの感触――しっかりした堅く艶やかな材質と、音の穴のくぼみ具合――を確かめながら、灰色の地面を勢い良く駆け通した。
 行き着く場所まで来ると、私は胸を抑えて立ち止まり、呼吸を整えた。鼓動も速まっているけれど、身体から汗は流れない。
 まだ誰も来ていない。あんなチャンスは滅多になかった。

 私はおもむろにポケットからオカリナを取り出し、馴れた動作で口に当てた。私が使っている楽器は、ほとんど透き通って見えるほどに薄い青の色合いをしている。一般的な陶器のオカリナとは違い、驚くほど軽い。

 さあ、雨の演奏の始まりだ。
 私の持っている〈雨のオカリナ〉を吹いても、音は鳴らない。その代わりに先端から、音程と音の長さに合った小さな雫がこぼれる。先ほどたどり着いた雲の切れ目で演奏すれば、まさに地上の諸君へ、雨の音楽を届けることができるのだ。
 遥か下では雨粒の音符が、地面に刻印されるだろう。
 私は気持ち良く、重厚な新曲を奏で始めたのだった。

 だが、それを楽しめたのは、ほんの短い間のことだった。まもなく、雨の輪の広がりとともに同僚たちが大挙して駆けつけ、私の回りで即興曲が始まった。オカリナを吹いても音がするわけではないから、雲の上は静かな演奏会場だ。だが、地上に届ける私の曲は、他の音が混じって滅茶苦茶に聞こえるだろう。
 待ってくれよ〜。あー、これからが良いところだと言うのに。

〜 ・ 〜 ・ 〜 ・ 〜 ・ 〜 ・ 〜

 そんなことを何度か繰り返したのち、私はひらめいた。
 このオカリナの色――限りなく透き通っているが、うっすら見えるか見えないかくらいに青みがかっている――と同じ色の雨を降らせよう。限りなく淡い、青い輝きを混ぜた雫を。
 すなわち、それが私の雨だということだ。
 楽器を改造し、私は実用に耐えうる状態にした。


 というわけで、地上の諸君へ。
 降り始めた雨に、ほんの少しだけ薄い青の色がついたのが混じっていたら、傘をさして耳を澄ませ、目を閉じて心を集中させるが良い。私はその場所に、集中的に音符を降らせよう。
 私の演奏の出来不出来について論じるならば、それからだ。
 


  5月16日− 


[窓]

 窓の向こうには
 もう一つ
 とても大きな窓があって

 歴史ある石造りの
 ひび割れた灰色の壁の間から
 今日の夕陽が充ちている

 その一つの<理想郷>からは
 まぶしい黄金の輝きがこぼれ
 幾筋も溢れ出している

 暮れてゆく街の
 明かり取りとなりし窓は
 あらゆるものの頬を染める
 温かな朱色に
 薄い紅に

 刻々と風の言葉で変化する
 この日のために作られた
 優雅に色づく明かり取りは

 あの灰色の雲の渦を
 突き抜けて開けた
 心を溶かす輝きの湖は――

 やはりあれは
 夕焼け空の窓なのだ


2006/05/16 携帯にて撮影
 


  5月15日− 


 黄色の光がざわめき
 碧の風が降り注ぐ

 灰色の空の下にも
 真紅の薔薇は花開いている

 その横の
 名も知らぬ赤き花に
 薄日が差し込み――

 散歩の犬も
 猫も
 人も
 ふと目を留めた

 遠い町も
 今は暮れているのだろうかそこでは広い夕焼け空を
 少女が見上げているのだろうか

 その森で、海で
 命は育まれ
 魚は藻を食べ
 鳥は家路をたどり

 野菜の根は伸び
 牛は乳を搾られ
 笑い声の響く街角には
 夕食の匂いが漂う

 影の多く迫る
 古びた煉瓦の坂道を
 黒いローブの老人が行く

 子供たちは家に吸い込まれ海の上には
 残照のなごりの中で
 新しい星たちが産声をあげる

 水は変わらずに流れる

 この川も
 その川も
 きっと
 何処かで繋がっている

 気の遠くなるほど遠く
 触れるよりも近い場所で
 


  5月14日− 


(休載)
 


  5月11日− 


[雫]

「お空を、逆さまに歩いたら……」
 サンゴーンはそう呟くと、青空よりも蒼い瞳を優しく細めた。

 彼女は、入り組んだミザリア島の東部の、青緑に澄んだ入り江の見下ろせる小さな高台に立ち、白い帽子を右手で抑えて、軽やかに流れ行く潮風に吹かれていた。
 目の前には、明るい翠の遠浅の海と、まばゆい水色の空が果てしもなく拡がっている。
 静かに打ち寄せる波と、漂う綿雲の群れは、世界が呼吸し、生きているかのように思えた。
「あまりに大きくて、広くて………」
 彼女に良く似合う、高価ではないけれども品のある薄い青のロングスカートの裾を潮風にはためかせ、サンゴーンは静かにたたずんでいた。時折、帽子を抑えるほっそりとした手を、反対の手に代えながら。

 突然、彼女ははっとした顔になった。
「あ……」
 何かの声を、何かの姿を求めるかのように、右へ左へと視線を投げ掛ける。それが次第に、諦めの色へと移ろっていった。

 そこは静かな――本当に静けさに満ちた入り江であった。砂は白く輝き、一つ一つが彩りも形も異なる虹色の貝殻がいくつも転がっているのだろう。子供の蟹は足元であぶくを吐き、睡魔のように緩やかに打ち寄せる波はきらめいている。
 陽がちぎれ雲に隠れ、再び姿を現した。

 その入り江を飽くことなく高台から見下ろしていたサンゴーンは、まぶたを閉じる。やがて、ゆっくりと開いていった。
「海も、空も、とっても広いですの……」
 そして、遠い目で、こう問うた。
「あなたは、永遠なんですの?」

「いんや」
 突如、後ろからしゃがれた声がして、サンゴーンは驚いて振り返った。腰の曲がった小さな老婆がたたずんでいた。何度見直しても、サンゴーンの見知った顔ではなかった。
「あの……ですの」
 どぎまぎして、サンゴーンが瞳を瞬いていると、老婆は斜め上の方を指差して、落ち着いた語り口で喋った。
「海の水は空の雲に……雨は海へ注ぐ」
 サンゴーンもまた、つられて海と空の方へ向き直る。

 かもめの声が聞こえる。
 波音が、心地よく響く。

「海も空も、永遠ではないよ。この瞬間にも、変わっておる」
 老婆の声も、まるでそれらの自然の営みの一つであるかのように、サンゴーンの心の中にしっとりと染み渡ってきた。
「はい、ですの」
 十六歳の少女は相手の言葉を噛み締めて、しっかりとうなずく。ずっと遠くを見ていると、海と空の境界線がぼやけてくる。
 老婆は唄うように言った。
「我らもまた、雫の一つ。いつかは、あの中に還るのじゃな」
「はい……ですわ」
 サンゴーンは、温かみのある老婆の言葉を受け止めて、鼓動を打ち続ける胸に軽く両手を置いた。二人は並んで、長い間、時間と空間の果てを見つめていた。

「あの」
 何か聞こうと思い、サンゴーンはふと横を見た。
 ――が、遅かった。
 老婆の姿は、いつの間にか、忽然と消えていた。

 小さな漁船の白い帆が、波の遠くにゆらめいている。
「おばあさまも、どこかで見てくれていますわ……」
 不思議な老婆の向こうに、亡くなった祖母を思い描いていたサンゴーンは、自分自身に言い聞かせる。

 蒼い道が、空の坂を越えて、どこまでも続いてゆく。
 サンゴーンもいつか、逆さまになって、その道を歩く日が来ることができる――ような気がした。
「雫の一粒、なんですわ」
 明るい南国の日差しの下、白い帽子を脱ぎながら、うっすらと浮き出した額の汗を手で拭う。再び帽子をかぶったサンゴーンは、涼やかな潮風に吹かれて、海と空を横目に歩き始めた。
 


  5月10日△ 


 樹の枝が複雑に生えた、森の入口近くの小道は明るく、木漏れ日がきらきらと宝石のように輝いていた。
 通り過ぎる爽やかな風は、林を駆け抜けて来たので涼しい。
 小さな桃色の花が咲いていて、かすかな香りが拡がっている脇に、一本の古い樹が立っている。
 そのごつごつした幹に背中を預けて、二人の少女は足を伸ばして座っていた。
 その片方――ナンナの肩には、白いインコが細い左右の足をそろえて立ち、甘えた声で鳴くのだった。
「ぴぃ」

 取っ手が杖のように曲がった魔法使いのほうきを傍らに起き、小さな魔女のナンナは好奇心旺盛な蒼い瞳をいっぱいにきらめかせている。その視線のゆく先は、こうしてじっとしているのが惜しいくらいに、次から次へと動いていた。
「わあ〜っ、また風だよ☆」
 繰り広げられる木漏れ日の微細な変化や、行き過ぎる虫や蝶、風が吹いた時の花や草の傾き、土や樹や森全体の雑多な匂いに、今にもはちきれそうなほど、ナンナの声は元気と希望とで満ち溢れていた。
「うん」
 ナンナの横に座っていたレイベルは、友達の呼びかけに軽くうなずき、それから森に響いている鳥の歌声を真似して口ずさんだ。
「ん、ん、ん〜」

「あっ」
 その時、レイベルはナンナの頭を見つめた。
「え?」
 首をかしげて不思議そうな顔をしたナンナに、レイベルはこう指摘した。
「髪に、ピロの糞がついてるわ」
 薄い緑色の糞が、ナンナの金色の髪に、確かについている。
「えー、ピロ〜っ」
 ナンナが自分の肩に手を出すと、インコのピロは白い翼をはためかせ、あっという間にレイベルの頭に降り立って避難した。黒いつぶらな瞳をまばたきし、何事もなかったようにすました顔で首をかしげる。

「もーっ、しょうがないんだからぁ」
 ナンナは笑い、レイベルも楽しそうに微笑んだ。
「ぴぴぴ」
 ピロは誰かの名前を呼ぶかのように、不思議に鳴いた。

 いつまでも終わらないように思える、陽気でうららかで穏やかな、良く晴れたナルダ村の春の日の午後だった。
 


  5月 9日△ 


 今朝の天気は何ですか
 晴れでしょうか
 それとも曇り
 小雨が降っているのでしょうか

 よく眠れましたか
 気分はどうです
 朝ごはんは食べましたか

 鳥は鳴いているでしょうか
 花は咲いているでしょうか
 何かいいこと、ありそうですか
 素敵な日になりそうですか
 きっと教えてくださいね
 緩やかな歩みの中で

 だから今――

 花の絵柄の切手を添えて
 見えない手紙を送りましょう

 明日の私に
 




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