2006年 6月

 
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2006年 6月の幻想断片です。

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気分

 

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  6月30日− 


(準備中)
 


  6月29日− 


(休載)
 


  6月28日− 


(休載)
 


  6月27日− 


(準備中)
 


  6月26日− 


(休載)
 


  6月25日− 


(休載)
 


  6月24日− 


 星を数えていたら、
 きりがなくて――。

 飽きずに、ずっと、
 数えていて。

 いつしか、夜は明けて。

 気付いたら、
 たった一つだけ、

 朝の空に残っていました。
 


  6月23日− 


 空は青く晴れ渡り、遥かな高みには白い雲が漂っている。そして丘陵地帯には、地上の雲のごとく、羊たちがのんびりと歩いて、時折、鳴き声をあげていた。
 草は青々と茂り、道は渇いていた。明るさの粒子は高原にばらまかれている。額やこめかみからは続々と汗が流れ落ちる。

「見晴台なら、この道のずっと先にあるよ」
 老婆が言い、指さした。草を刈った簡素な道は曲がりくねりながら牧草地を抜けて、その先は坂となっていた。
「有難う」
 若い旅の剣士は礼を言う。その横で、やはり剣士と同じくらいの若さの、軽装だが魔術師の杖を手にした男が鋭く聞いた。
「まだまだ遠いんだろう?」
「ああ……そうさねぇ」
 老婆はうなずき、独り言を呟きながら立ち去る。

「見晴台だってさ」
 戦士が言う。旅人は向き合い、歩き出した。
「だいたい、そういう所は高い場所が多いんだよな」
 魔術士風が不満顔で懸念を表明した。彼は額から滴るぬるい汗の粒を何度も手で払いのけながら、昇り坂を歩いていた。
「そうなのかい?」
 瞳の大きい戦士は穏やかに、幾分驚いた様子で訊ねる。すると相棒の魔術師は、当然といった感じの口調でこう言った。
「そりゃそうさ。眺望がきくってのは、そんだけ高い所なのさ」

「それにしても暑いなあ。ずっと登るのかぁ……」
 戦士風の若者は、歩を進めつつ、坂道の遙かな先の方を見つめた。

(続く?)
 


  6月22日− 


[集光(1)]

「これは何でも……」
 若い男が、並びの悪い歯を見せて笑いながら喋った。
「生きてないもンなら、何でもつかめる手袋なんですぜ」
「ふむ」
 私は無関心を装いつつも、男の手から目が離せない。
「光をね、こうして……」
 男は何かを受け取るように、大げさに両手を合わせた。

 しばらくしてから、二、三回、握り締める仕草をした。
「ほれ、見てくだせぇよ、旦那」
 男は完全に私のことを脈ありと思っていることだろう。彼はうさん臭く、妙に馴れ馴れしい口調で、私に両手を差し出した。
 確かに目を凝らすと、金粉に似た〈光の粉〉が、手袋の表面に僅かに積もっている。こねれば光の固まり、団子になるだろう。

「これで光を集めて夜の照明にするにゃ、かなり時間がかかるがねェ。水なら便利でっせ。固めて丸めときゃ、あとで飲める」
 男はひっきりなしに、立て続けに言った。
 私はその間、相手の言うところの〈光の粉〉が偽物でないか目を凝らしていたが、どうやら本物のようだった。ということは、自動的に、あの魔法の手袋も本当という結論が導き出せる。

(続く?)
 


  6月21日− 


 背中に、電撃が走る。
 ここが〈求めていた場所〉なのだと、一瞬のあまりで悟った。
「これが……」
 そう呟くのがやっとだった。

 私が生まれ育ったルデリア大陸には、まだまだ人に知られていない謎を多く隠しているのだ。私は足元の、その向こうの〈世界〉を凝視したまま、しばらくその場に立ち尽くしていた。
 これまで気力で持っていた疲れが重く身体にのしかかってきたが、膨らみ続けた探求心は遠く昇華してゆくのが分かった。

「で、どこから入るのですか」
 私は荒い息で、そしてやや上擦った声で、後ろに控えている男に尋ねた。その間も地面から目を離すことは出来なかった。

 限りなく透き通る砂利の大地の下に、幾つかのくすんだ青い屋根が見える。土の中の集落が確かに私の足元にあるのだ。
 


  6月20日− 


 強いけれども柔らかさの多く含まれた北国の遅い初夏の光に目を細めて、若いメイザは一人、風に吹かれていた。時折、黒い髪が揺れる。どこか気品のある睫毛、擦り傷の残る汗の渇いた頬、細い腰、ほっそりとしていながら意外にも筋肉質の肩、やはり鍛えられた足――風はそれらを掠めて通り過ぎていった。
 マツケ街道から少し外れた草の原っぱに立ち尽くしていた。薄い青の空の低いところを、ちぎれ雲が駆けてゆく。左手の奥には遠い山並み、右草原の向こうに海が広がっ ている。
(誰が色を塗っているんだろう……)
 メイザはそんなことを思いながら、風につつまれていた。

 ここでは黄緑の風が流れている――。
 あまたの草の葉を、小さな赤い花びらを揺らして。

 山を駆け下り、針葉樹の森を抜けて来た風は濃い緑色に染まる。赤や黄や橙の花を撫でて、まだらの香りを身に着ける。やがて草原を越え、黄緑に変わりながら海へと還ってゆくのだ。

 時折、色合いを変えながら、風はメイザの黒い髪を揺らし、草のくきを傾けた。涼やかな風に気持ちを乗せ、鳥たちは歌う。
「う〜んっ」
 空と海と大地に抱かれて、メイザは思い切り伸びをした。
 


  6月19日− 


[夏至の奇跡(1)]

「夏至の太陽は、特別なんです」
 彼はまぶしそうに目を細めて言った。木々の枝の間を突き抜けて差し込む夕暮れの光に照らされて、彼の顔は――鼻も口も、額も頬も首筋も――輝かしい黄金へと変化を遂げていた。
「特別、って?」
 私はすぐに尋ねた。

 涼やかな風に揺れている緑の木や葉の一部が、光の道に乗っている所だけ、秋の黄葉より鮮やかに照らし出されている。
 長い昼間も、ようやく終わりを迎えようとしていた。

「これに漬けるんだ」
 ポケットから陶器の瓶(びん)を取り出して、彼は私に見せた。やや細長く、注ぎ口がすぼんでいる白い陶器の瓶だ。橙色で描かれた楕円や曲線などの幾何学的な模様が入っていた。
「銅貨を入れたなら金貨に。木の棒は金の棒に。小石は金に。この中に入るものなら何でも、夏至の日没に黄金に変わる」
 その瓶の秘密を、彼は早口に、嬉しそうに耳打ちした。

(続く?)
 


  6月18日− 


(休載)
 


  6月17日− 


 山があり
 川があり
 畑が広がり
 緑が根付く

 この地にこそ
 人が咲くのだ


2006/06/17
 


  6月16日− 

 
 木の葉、花びら、
   言の葉、こころ


 それぞれが小さくとも
 集まれば
 大きな意味を持つだろう――
 


  6月15日− 


[かさ・ルーニビ(1)]

 友人がちょっと変わった傘を持っている。
 今日はそれについて話そう。

 あれは梅雨の中頃、灰色の曇に覆われた日曜日のことだった。曇っても雨は降らない、という天気予報を信じて傘を持たなかった私は、帰り際、友人宅で後悔することになった。
 外は暗く、天候は変わり、大粒の雨が降り始めていたのだった。アスファルトの道はたちまち黒く染まっていった。
「傘を持っていきなよ。今度返してくれればいいから」
 雨足はやや強くなってきていたので、私は友人の厚意に甘えることにした。
 玄関の隅においてある傘立てから好きな傘を選んだ。どこにでも売っている透明のビニール傘だ。万が一、壊してしまう事を想定すれば、安物の方が望ましかった。
 ビニール製のため光を通すので、日傘の役には立たないが、雨は防げる。とりあえず駅に向かうには申し分なかった。
「ありがとう。ではまた」
 挨拶し、友人が手を振る。私は外に向き直った。ほとんど無意識のうちに傘の留め金をはずし、可動部を奥に動かして開き、頭の上に掲げて通りを歩き始めた。

「ん?」
 歩き出してからすぐに、私は異変に気付いた。
 頭を、肩を、次々と水滴が強く打ち付けた。それが弾ける時、必ず冷たさも伴った。髪は濡れ、服はあっという間に湿った。
 借りたビニール傘に穴が開いているのだろうか。私はそれを疑い、手で触れてみたが、ビニールはきちんと張られていた。
「わっ!」
 空を見上げていると、重い灰色の彼方から落ちてきた雨がぶつかった。目薬の代わりに降り注いできた雨粒に、私は小さく悲鳴をあげた。確かに傘にはビニールが張られているのに、雨はそれを無視して、直接、私に降り注いでくるようだった。

(続く?)
 


  6月14日− 


 家の外では、雨が闇を打ち付けている。

 背がひょろっと高く、あまり表情のない〈彼〉が、細い腕で黒いフライ返しを盛んに動かし続けている。フライパンの中で油がパチパチと跳躍し、若干、何かが焦げる匂いが漂っている。
 薄暗いキッチンに立ち、私は〈彼〉の横で覗き込んでいた。フライパンの中身と、〈彼〉の表情とを、交互に見比べながら。

「あ、光った」
 私は鋭く言った。薄暗い部屋の照明の下、フライパンの奥底で、何かが一瞬だけ、確かにきらめいたのだ。
 彼はまだ何も語らず、黙々と調理を続けている。部屋の空気は湿り、やや淀んでいる。外の雨は降り続いていた。

 部屋の夜気に沸き立つ湯気が染み込んで、炎の力を吸収した油は、今や激しい音楽のようにフライパンの上で慌ただしく叫んでいた。それだけではなく、宝石のようにきらめいている。
 生まれては消える刹那の光は、色や明るさもそれぞれ違う。白っぽい輝き、青、赤。それらは人の顔のようにランダムだ。

 香ばしさがキッチンに満ちている。
 それでいて、どこか清々しく嗅覚をくすぐってくるものが有る。
 確かに、有るんだ――。
 いったい何なんだろう。この、爽やかな不思議な感覚は。ある時には懐かしささえ思わせる。すると〈彼〉は、既に私の疑問はお見通しだったようで、軽く口ずさむように呟いたのだった。
「出来てからのお楽しみ」
 心臓がどきんと震えた。私はうなずくしかなかった。
「うん」

 外の雨脚は、ますます強まっている。
「最近、出番が無いから借りたんだよ」
 フライ返しをそつなく動かしながら、次に喋ったのは〈彼〉だ。
「夜空の星を、ね」
 ごく軽い口調で〈彼〉は言った。

 黒いフライパンに、次々と輝く金や銀や銅の光――。
 そして部屋の外では、まだ雨が降り続いていた。
 


  6月13日− 


[風紋]

 急な坂を登りきり、崖のそばに立つと、緑になびく草原が遥かに見渡せる。黄緑の中に、幾つかの小さな池も点在している。
 崖の上は不思議なほどに穏やかだが、崖の下の方では強まったり弱まったりしながらも、絶えることなく風が吹いている。

 やがて、高らかに鋭く吹き渡っていた風の音の様子が変化した。強弱のメロディーが安定し、何らかの意思を感じさせる。
「来るぞ」
 あごひげの若い男が言った。彼は帽子を被っているが、風のほとんどない崖の上では、わざわざ手でおさえる必要がない。
「何が始まる?」
 マントを翻した別の若い男が低い声で尋ねた。帽子の男は立ち尽くしたまま、厳しい眼差しで、遥かな下を示すだけだった。

 風が走った。
 草原の中に、黄緑色の草を一斉に倒して。
 一瞬、奇妙な記号が浮かんでは、ふっと消えた。

「何だ?」
 マントの男は冷静な横顔を崩さぬまま、疑わしげに呟いた。
 風のぶつかり合うリズムは整った拍子となり、糸を結わえるかの如く、いつしか巨大な入り組んだ音楽を作り上げている。
「見えるもの。それが答えだ」
 横に立っている髭の男は、視線を草の原野に投げかけたまま語った。風にかき消されないようい、芯のあるやや太い声で。

 池の水の上に白く。
 草の中に黒く。
 時には直線的に。
 またある時には曲線的に。
 そして曲線と直線が繋がる、突き抜ける、折れ曲がる。

 奇妙な形は続々と描かれ、次々と消えていった。
 ついにマントの男は、呻くように、搾り出すように言った。
「風の、文字……か?」

 隣に立つあごひげの男は、それに対して肯くわけでもなく、否定するわけでもない。ただ、彼は少しだけ口元を引き締めた。
 


  6月12日− 


[森の奥に]

 辺りは薄暗く、木々と草と苔、それらの根、落ち葉がゆっくりと還る土――それらが醸し出すしっとりと湿った森の匂いに満ちている。鳥の声や、風に葉が揺れる自然の音は絶えないが、町の喧騒を忘れさせてくれる。心休まる静かな森の奥だ。
 その時、痺れを切らして、ケレンスが声をかけた。
「どうだ」

 すぐに動きはなかったが、やがてリンローナは名残惜しそうにそっとウロから顔を離す。広げた両手の指先で幹に触れて身体を支えつつ、少しずつ首の向きを変え、後ろを振り返っていく。
「しーっ」
 リンローナは指を口に当て、声を出した相手を軽く咎める。ケレンスは歯を見せて苦笑し、待ち遠しそうに腕を組み替えた。

 仲間内では最も小柄なリンローナは、慎重に堅い樹の根を踏み締めて、一歩ずつ足場を確かめながら戻ってきた。そして仲間のもとにたどり着く頃には、優しさと愛情に満ちた喜びを顔いっぱいに表し、穏やかな口調で最初の報告をしたのだった。
「よく寝てるみたいだよ」
 少女の感動に紅潮した顔と、実際に見ていなくても心温まる雰囲気を感じ取った仲間たちが、一斉に安堵の溜め息をつく。
 ちょうど、大きな鳥の高らかな鳴き声が森に響き渡った。

 樹のウロの中に、暖かで清潔な綿にくるまって、樹の妖精が眠っていた。それは無垢な笑顔を浮かべた、柔らかな白い肌の幼い小人だった。リンローナはその様子を見てきたのだった。
 


  6月11日△ 


どこに運ばれてゆくの
今日という日は

どこに流れてゆくの
昨日と明日に囲まれて

今日の経験は
今日の思い出は

いつか大切なものに
辿り着いてくれるだろうか

今日を忘れた頃に
返事は来るだろうか

(そんなこと、わからない)

きっと分かる日が来ると思う
だからその時が来るまで

今日を空白で送らずに
何かを詰めて送りたい


2006/06/09 貨物列車
 


  6月10日− 


[風の伝言]

 風がこう言っていたよ

 一つ先の風には
 同じペースで走る限り
 永遠に追いつけない

 だからと言って
 スピード上げるのも
 そんな簡単にはいかない

 だったら
 余裕を持って
 早く出るしかないんだよね

 一つ先の世界を
 見るためには――

 何か言おうとした時には
 風はもう
 そこには居なかったよ
 


  6月 9日− 


(休載)
 


  6月 8日− 


真夏の陽
雲の向こうが
恋しくて
咲かす紫
夢の藍色

2006/06/07
 


  6月 7日△ 


(休載)
 


  6月 6日× 


(休載)
 


  6月 5日− 


[簾(すだれ)屋]

「よしっ、そろそろ始めるぞー!」
 良く響く甲高い声が、空に吸い込まれてゆくのです。私はみんなと一緒に小さなハサミを天に突き上げ、こう言いました。
「へーい」

 私たちはこれから、光の簾(すだれ)を切り落とすのです。ほのかに輝き、赤や黄色に染まる簾を、一本ずつ丹念に。私がハサミに力を入れると、朝に張り巡らすのは難儀した簾は簡単に切れて、空に溶けてゆきます。
 名残惜しくとも、悩んではいられません。夜に光は不必要なので、切るのが私たちの仕事です。基本的には冷静に、一思いに切ります。転々と移動しながら、次々と。
 ただ飽きてくると気まぐれで見逃したりすることもあります。でも、私が見逃しても、最後には誰かが切る羽目になります。
 面倒くさがる同僚の中には、一度にむしり取るように切る輩もいますが、あまりにひどいやり方をすれば上司にこっぴどく叱られます。
 だから、という訳でもないのですが、私は一本ずつ出来るだけ丁寧に切るようにしています。いつしか簾は残り少なくなり、明るさはしっとりと落ちてゆきます。
 こうして今日も静かな夜が来るのですよ。

 私たちのことを天使と呼ぶ人もいれば、悪魔と呼ぶ人もいる。けれど、私たちは単なる[光と闇の簾屋]です。
 


  6月 4日− 


[時の止まった停車場で]

時の止まった停車場で

その停車場には
列車ではなく
時が止まっていて

そこでたたずむ私は
いったい、何を待っていたのだろう

遠い記憶?
会えない友達?

それとも……


2006/04/30 川水流(かわずる)駅
 


  6月 3日− 


(休載)
 


  6月 2日− 


春と秋は
風が連れてくる

春風のパレットには
あらゆる鮮やかな色と
軽い彩りが見える

秋は深く思索する
大人びた渋い色合いを好み
夕焼け色に森を染める

夏は輝きが地面を打つ
明るさの満ち溢れる中に
白と黒がひときわ目立つ

冬は澄んだ雪に塗られる
思い出を描くキャンバスが
野山に、町に、森に広がる
初夏には無限の緑がある
力強く、希望に彩られ
生命のきらめきに萌ゆる

そのあとに控える
灰色と湿気の時は――

次々とこぼれ落ちる
透き通った雫の中に
次の季節の見果てぬ夢を

かたつむりの幻想に

紫陽花の青紫に
 


  6月 1日− 


[残光とともに]

影が染み込んで

夜は拡がってゆく

その、うたかたの時に



繊細に伸びた枝先が

夕映えに浮かび――



それもやがて

淡い残光とともに

朽ちてゆくのだった


2006/05/31
 




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