2006年 8月

 
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2006年 8月の幻想断片です。

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  8月31日− 


(準備中)
 


  8月30日− 


(準備中)
 


  8月29日− 


 今日は海が多い
 複雑な入り江の続く多島海が
 数え切れぬ大小の島々が
 目の前に果てしなく拡がる

 それらの風景が、今まさに
 淡い夕焼けの中へと沈んでゆく
 薄い紅と青紫の間で
 色は淡く鮮やかに移り変わる

 昨日は大陸
 今日は海
 明日はどんな世界だろう

 赤い太陽が輝きを放つ
 島々は緩やかに移動しながら
 暮れてゆく世界へ溶けてゆく

 空の島々――雲たちの群れが
 


  8月28日− 


(休載)
 


  8月27日− 


 どんな者にでも許されている
 たった一人だけの時

 眠り――

 安らぎか、苦しみかは
 それぞれだけれど

 明日と今日の狭間で
 深い夢に彷徨う

 願わくは
 安らぎが続きますように

(たとえ、そのまま天に昇ったとしても)
 


  8月23日− 


 何かが、変わった――。
 すでに漆黒が押し寄せたサミス村で、オーヴェルはふと立ち止まった。彼女が手にしたランプの明かりはゆらめき、彼女の影を舞わせた。その小さな灯火と、まばらに立つ家々 の窓から洩れてくる光の他は、夜空に瞬く幾億の星たちが道しるべだ。

 立ち止まった彼女は、やや顔をあげて耳をすませた。知的な印象の横顔が、淡い金の髪が、ランプの明かりの届く範囲内でぼんやりと浮かび上がる。すでに、彼女は〈変化〉に 気付いていたようで、口元はわずかに緩んでいた。

 涼しい風の中で、ふと立ち止まる。茂みの向こうとこちらで、呼び掛け、重なり合うかのように歌われているのは、しわがれた老人の声のように聞こえる蝉の長い呟きではなかっ た。辺りに広がっている新しい音楽は、吟遊詩人のように細く優雅に奏でられ、ささやかに澄んだ音色を奏でている――蝉の声は、いつしかあまたの虫の歌声へと変化を遂げていたの だ。
 そして、彼らの演奏を見守る夜空は、金や銀の宝石でいっぱいに飾られた星の絨毯であった。

 家まで、あと少しだ。
 オーヴェルはランプを片手に、大地を確かめながら、しばしば空を仰いで、緩やかな坂道を登っていった。
 


  8月20日− 


 月の光に
 かんなをかけて
 細く仕上げて
 地上に垂らして


 歌いながら、かんなの仕事を続けていた長い単衣(ひとえ)の乙女に、俺は声をかけた。
「それをくれ」
 乙女は仕事の手を休めず、歌の合間に軽く答えた。
「これでよければ」
「それでいい。有難う」

 銀色にぼんやりと輝き、とぐろを巻いている細い木屑――あるいは月屑――を貰って帰って来て、テーブルに置いて。
 はてさて、どう使おうか。俺は考えた。
 


  8月19日− 


 黄金に塗り替えられた天野原に、動物を模したかのような巨きな灰色の雲が浮かんでいる。虹色の指輪で飾りつけて。

 いつしか指輪は消えたが、黄金の峰は時とともに彩りを極めて、空の彼方に等しく広がる金鉱を思わせた。

 まもなく日が没する。

 奇妙な形をした雲は、船のようにも見えた。
 窓のように、中心部は途切れていて、まばゆい光が覗く。

 あの窓の向こうには、誰が住んでいるのだろう。
 もしかして、あれが〈明日の光〉なんだろうか――。

 と、日は没した。

 等しく色は失われてゆき、金鉱は尽きた。
 昼と夜の間の空には、少し移動した灰色の雲が浮かぶ。
 


  8月18日− 


 いにしえの森を縫って、木々の梢を揺らしながら流れ込んでくる風は驚くほどに涼しく、早くも秋を感じさせた。
 深い森がしばし息をついたかのような、ささやかな盆地の町であった。見知らぬ旅先の宿の二階の窓辺に日焼けした両腕を預けて、若い女性は外の景色を見ていた。薄紫の長い髪を軽く後ろで留めた、十九歳の女魔術帥――名をシェリアという。

 つい先程までは温かな朱みの残っていた空は、速やかに夜へと移ろいゆく。早い流れの雲は、しだいに暗くなっていった。
(昼の陽射しは強いけれど……)
 見下ろす細い通りの、反対側の家の窓にはランプの明かりがともって、煙突は一筋の煙を吐いている。

(夏は、峠を越えたのね)
 シェリアは思った。
 子供たちが手を振って別れると、時はいよいよ夜の坂に向かって滑り降りてゆく。
 頬を撫で、髪を揺らす風を受けて、シェリアは微かに口元を緩めた。ゆっくりと瞳を閉じる。
(少しずつ日が短くなって、夕焼けが早まって……。夏の名残の昼の暑さを、夜ごと、少しずつ溶かして)

「お姉ちゃ……!」
 ふいに足音がし、妹の声が飛び込んでくる。いつの間にか、だいぶ薄暗くなっていた部屋の片隅で、静かにたたずむ姉の様子を察知してか、妹は一段階声のトーンを落として続けた。
「お夕飯、準備、できたよ」

「いま、行くわ」
 シェリアは少し首を傾けて答えた。重なる蝉の声が、高らかな鳥の歌がひときわ耳に残る、穏やかな夏の夕暮れの中で。
 


  8月17日− 


「あっちの山で、ピカピカ光っとるんじゃよ」
 老人は窓の外を指さした。俺は即座に訊ねる。
「嵐は去ったのに、か?」
「ああ、ゆうべも光っておった。ただ、少しずつ輝きは弱まっているようじゃが……」
「ゆうべは綺麗な星空でしたね」
 のん気に言ったのは俺の相棒だ。
「本当に、地上で……山の上で光ってたんだろうな?」
 俺が念を押すと、老人は額の汗を拭きつつ、答えた。
「ああ、そうじゃ」

 この辺りを嵐が襲ったのは、二日ばかり前のことだという。確かに村へ続く道には、ところどころに倒木があったし、葉っぱも散らばっていた。
 その夜から、向こうの山の上で何かが光っているという。今は昼間だから判別できない。相棒と意見を交換し、老人と話して、いったん夜まで待つことにした。俺たちは老人の家を辞した。

「雷雲が、地に落ちたのかなぁ」
 相棒がぽつりと呟いた。

(続く?)
 


  8月16日− 


(休載)
 


  8月15日− 


(休載)
 


  8月14日− 


 緑の谷間の川に集い
 まばゆい木漏れ日の中で
 橋を渡り、水に浸かり
 雫は跳びはねる

 肉の匂いが、魚の煙が漂い
 車のボディーは強く光る
 子供らは列車に手を振り
 旅人も笑顔で振り返す

 夢にも終わりが来るように
 あの鮮やかな歓声は
 しだいに暮れる夕景に
 しっとりと溶けてゆく

 熟成された
 あの夏の日は
 いつまでも変わってゆく
 時の忘れ物――遠い思い出に


笠置駅付近(2006/08/14)
 


  8月13日− 


(休載)
 


  8月12日− 


 翼をはためかせ
 複雑な入り江と
 山々の交錯する
 海を渡る

 今こそ
 夏色が満ち溢れた
 まばゆい光の降り注ぐ
 真っ青な世界へ――


瀬戸大橋(2006/08/12)
 


  8月11日− 


 雲間から
 優美な光があふれ出している

 多島海の、とある部族では
 どの島に夕日が沈むかで
 季節を知るという――


伊予長浜駅付近(2006/08/11)
 


  8月10日− 


 奥山の川の中に
 木が逆さまに立っている

 川底の石が数えられるほどあまりにも流れがきれいで

 深緑の鏡のように
 水が透き通っていたから――


高山本線(2006/08/10)
 


  8月 9日− 


「きれいですよん……」
 振り返ったファルナの眼差しは、西のかなたに吸い込まれていった。立ち止まり、うっとりと呟いた少女は、眩しそうに目を細めて何度かまばたきしながら、その光景を見つめていた。
「河が、光ってる」
 ファルナは輝きに魅せられていた。重くのしかかる雨の跡の雲の峰は、きれいに横に切ったケーキのように直線的に途切れている。
 曲がりくねり、山を下るラーヌ河の源流は、空の色を淡く映し、紫や黄金の筋となっていた。眼下に拡がる森や、遠い草原は、全体は暗く――所によって太陽のきらめきを受けてまばゆく照らされていた。

「お姉ちゃん、行くよ〜!」
 痺れを切らした妹のシルキアの声で、ふと我に返る。
 遥かに見下ろす緑の森を右へ左へ縫うようにして、ラーヌ河が流れている。やがて大河となり、セラーヌ町からメラロール市に渡る穀倉地帯を潤すのだが――ここではまだ細く頼りなげに、風のように透き通り、子供のように素早く、無邪気であった。
 


  8月 8日− 


 空の全体が
 秋の実りの稲穂のように
 黄金(こがね)に輝いた夕暮れに

 雲の群れは青紫に染まり
 柔らかに穏やかに広がっていた

 一方は薄い赤紫に塗られ
 あるいは深い藍色を流し込み

 信号を渡る人々は
 一瞬、空を仰ぎ見て
 すぐに再び歩き出す

 遥か向こうの強いきらめきは
 見ることの叶わなかった日没か

 それらの光の名残は
 扉を閉じてゆくかのように
 収斂されてゆき

 そして
 夜は早足にやってきた

 二度と見られぬ
 心に刻むべき景色が
 時空の上に存在した――


2006/08/08
 


  8月 7日− 


 桜のトンネルは
 すっかり夏色に変わり

 しっかり成長した青年らしく
 あるいは
 爽やかな白い帽子の少女らしく

 青空を仰ぎ見て
 大地を支えて立っていた


2006/08/07
 


  8月 6日− 


 柔らかな色の空に見とれて
 時の過ぎるのも忘れていた

 月の満ち欠けで時を識り
 雲隠れしたら夢に惑う――

 そんな時の計り方も
 有りなのかも知れない


2006/08/06
 


  8月 5日− 


 花は咲き、風は流れる

 去年と似ているけれども
 少しずつ違った形で

 再び一回りした季節の
 距離標であるかのように

 変わるものと、変わらぬもの――

 それらが混じり合って
 今日も青空に映えている


2006/08/05 百日紅
 


  8月 4日− 


 丘の上から見下ろしていたデリシの港町が、一気に拡大してくる。一軒一軒の商店が大きくなり、夕食も既に終えて立ち話をする老婆はやや驚いた様子で、売り物を片付ける 男は〈いつもの子たちか〉と穏やかな眼差しで、少女たちを見つめている。

「あとちょっとだよ、リュア!」
 額から汗を吹き飛ばし、坂を駆け降りて来たジーナが、甲高い声をあげて後ろを振り返った。
 色褪せた青空に続く坂道から、友達のリュアが遅れて走ってくる。汗ばんだ顔は、正面から黄色の夕日に照らされていた。
「ジーナちゃん、もう無理だよぉ……」
 荒い息遣いで、途切れがちに言ったリュアは立ち止まり、膝に手をついた。顔をあげ、二階建ての商店の間から垣間見える海を見る。
「もうすぐだよ! 向こうで待ってる」
 ジーナは叫んで、海の方を指差すと、再び全力で駆け出す。リュアは上半身を持ち上げ、少し呆然とした表情で友の後ろ姿を見つめていたが、顔を引き締め、後を追って歩き出 した。

 夏の夕暮れの、やや強く残る光の中で、ジーナの黒い影は家の間を素早く動いていた。凡てが色褪せ、淡く移ろってゆく。時が、夜の不思議さの扉を開けたのだ。昼の強さは溶 け出した。
 枝先で蝉が鳴いている。潮の香が強くなった。浜辺は近い。

(続く?)
 


  8月 3日× 


 季節を忘れたなら
 少しだけ早く起きて
 吹く風といっしょに
 町を歩けばいい

 きっと遅くはないんだ
 目を凝らして
 時の流れの忘れ物を
 集めて進もう

 季節のかけらを見つけたら
 立ち止まり
 朝の空気に抱かれて
 深呼吸しよう
 


  8月 2日△ 


 その穴だらけの
 虫取り網でも

 光の虫なら
 捕まえられるかも知れない

 夏の日の
 木漏れ日のキラキラを――
 


  8月 1日△ 


 ジーナが詰め寄った。
「壊しちゃうの? どうして?」
 その横で、リュアは今にも泣きそうに瞳を潤ませている。
 二人の少女を前にしたテッテはしゃがみ込み、まぶたを閉じる。それからゆっくりと目を開け、穏やかな口調で語りかけた。
「流れている水は血液と同じで、流れている間は新鮮です」
「なんで、どうして」
 八歳のジーナは、すがるような目つきで青年のテッテを見据えた。テッテはというと、その眼差しから目をそらさず、言った。
「でもね、ジーナさん」
 テッテは、ジーナとリュアを〈さん〉付けで呼んだ。彼はそのまま黙って、相手の視線を受け止めたまま、考えることを促す。

「腐っちゃう……」
 リュアがぽつりと言った瞬間、ジーナは軽く身震いした。

(続く?)
 




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