2007年 3月

 
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2007年 3月の幻想断片です。

曜日

気分

 

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  3月31日− 


 ありがとう――

 その言葉は
 決して無駄にならない
 と信じて

 空に陽に
 花に樹に

 形あるもの
 動くもの

 形なきもの
 動かぬもの

 お世話になった人々に
 いまこそ
 ありがとうを

 優しい桃色の
 桜並木を見上げて

 やや強く吹く風を受けて
 出会いと別れの季節の中で


2007/03/31
 


2007. 3.25.〜2007. 3.30.

筆者病気により休載
 


  3月24日− 


 残り少なくなった白紙に、何を描こう。
 物語は、終わりがあるから美しい。
 



〜準備中〜
 


  3月12日− 


[レフキルの思い出]

 藍色の空に
 夕日の名残

 長い坂の途中の
 樹の下で深呼吸ひとつ

 その樹を見上げれば
 四季折々の風物がみえる

「今は芽が出ていますの」

 とっても好きな場所ですわ――。
 そう言って、友達のサンゴーンは笑った。
 


  3月11日− 


 雨上がりの空に
 星たちはめぐる

 林の間をすりぬけて
 駆け下りた夕暮れ

 忘れたくない景色が
 今ここにも続いている

 ――“覚えていよう”――

 そう願う気持ちが
 きっと長く記憶にとどめさせてくれるんだ
 


  3月10日− 


[光の妖精]

「あちこちに、光の妖精さんがいるみたい……」
 リンローナが言った。森の中は涼しく、鳥たちの歌は爽やかに高らかに重なって響いていたが、全般的にはごく静かだった。
「あっちにも……ほら、こっちにも」
 木々の葉が風に揺れて、輝きがちらちらと踊っている。それらを指さして、十五歳の少女は〈光の妖精〉であると説明した。
「幻よぉ」
 姉のシェリアが言う。ちょうど太陽が雲に隠れたようで、木漏れ日の宝石たちは一斉に薄くなり、魔法のように姿を消した。
 
「また出てくるよ、きっと!」
 リンローナが腕を掲げると、まるでそれを合図としたかのように今度は太陽が顔を出し、森の地面や草にきらびやかな輝きが振り撒かれた。太陽の僅かな光量や角度の変化が、草木の枝が複雑に伸びるこの場所では、大きな変化をもたらすのだ。

「ん?」
 シェリアは目をしばたたき、細めた。
 意外な〈何か〉を垣間見たかのように。

「お姉ちゃん、どうしたの?」
 リンローナが訊ねると、姉は我に返り、首を少しかしげる。
「ん? 何でもないわよ」
 その時、彼女は斜め後ろをちらりと見て、こうつぶやいた。
(あれが光の妖精……ほんとにいたのかしら)

「気持ちのいい森だね」
 リンローナが笑う。シェリアも自然と口元を緩めた。
「そうね、それには同意するわ」
 そこの木陰で、草の影で、光の妖精たちも笑っていた。


森の小径(2007/03/10)
 


  3月 9日− 


 日曜日だけ――しかも早朝の一本だけ。
 この町に、変なバスがやってくる。

 この地域に路線網を持つ会社のバスだ。車輌はれっきとした大型乗合バスのはずで、派手な装飾があるわけではないだろうし、特徴を探し出す方が難しいだろう。運転手も、きっとバス会社の紺色の制服に身をつつんだ、目立たない男のはずだ。

 まだ乗ったことはないので想像力を膨らませるしかないけれど、そのバスが他と明らかに違う点は乗る前から知っている。
 何が変かというと、行き先が変なのだ。

(続く?)
 


  3月 8日− 


「冷たいな」
 彼はつぶやいた。風は寒く、背中を押してくるようだった。

 木の葉の裏も表も光を浴びて白く輝いていた。雪の季節はとうに過ぎ去ったのに、純白の衣は聖なる輝きをまとっていた。


2007/03/08
 


  3月 7日− 


 冷たい潮風の吹く晩のことだった。
 上着の前ボタンを全部かけて、襟を立て、両腕を組んで、夜更けの町の人気のない小さな通りを歩いた。せっかくの酔いも醒めそうな、身体の芯を打ちつけるような寒さだ。淡い地上の明かりに照らされる雲の動きが速かった。鼻息も吐息も白い。
 俺は見つかればどこでもいい、もう一度身体を温めないと帰れやしない、と自分を納得させ、階段を降りて酒場に入った。

 装飾のない無骨な石造りの階段を足早に降りてゆく。どことなく寒々しい景色だ。その地下一階にあたる部分に木のドアがあり、酒場の看板が出ている。俺はノブに手を掛けて回した。カランカランとくすんだ鐘の音がした。うつむきがちに中に入った。
 ヒューと叫んだ外の突風がドアをバタンと閉める。風の音が遠ざかる。酒場の中はランプの明かりで薄明るく、暖かだった。
 今度は木の階段が、さらに下に続いている。
「まだ降りるのか」
 ひとりごちてから、俺は少し声を張り上げて言った。
「おい、まだ、やってるか?」

(続く?)
 


  3月 6日− 


[エレンメル岳(2)]

(前回)

 階段を登った二階には幾つかの寝室が西向きに並んでおり、廊下には東向きの窓が並んでいる。寝室の中はやや薄暗いが、ドアの隙間からはたくさんの新しい光が漏れ出している。
 羽毛の詰まった厚手の上着を羽織り、娘のシルキアは廊下の窓に寄りかかるようにして立っていた。まぶしそうに目を細めて、茶色の瞳を何度もしばたたく。
 中央山脈の峻険な山並みが左右に重層的に広がる。全体的に白く、近くの山なら斜面の枯木を見分けられるし、奥の方は吹雪いているのか、白く煙っている。
 その中程に見える特徴的な三角形の山が、頂上の方までくっきりと、冴えた青空を背に凛と立っているのは、まるで一枚の絵のようだった。


2007/02/12 西クマネシリ岳

(続く?)
 


  3月 5日− 


「すいませーん」
 ウピが手を挙げて、ウエイトレスを呼び止めた。
「『小さい果実盛り』ひとつ」

 南の島には今日も明るい光が降り注いでいる。雲の流れは速く、時折、太陽が隠れて彩りは弱まるが、すぐに光と影は町じゅうに散りばめられるのだった。潮風がやや強いが、気温は暖かなので気持ちの良い日だ。細い坂道を降りてきて、大通りとぶつかる所にある軽食店のテラスは若者で賑わっていた。

 ウエイトレスが行ってから、ウピの向かいに座っているレイナが問うた。口調こそ冷静だったが、少しあきれている様子だ。
「まだ、食べるの?」
「なんか今日、おなか減っちゃってさぁ……」
 ウピはちょっとだけ恥ずかしそうに笑った。

 さてその時、二人の会話を遮ったのは――。
「もっ、申し訳ありません、代わりのを持ってきますっ!」
 二つ三つ離れたテーブルでのウエイトレスの甲高い声だ。
 他の客たちも、何事だろうと注目する。

「新人の子かなあ」
 とウピが言い、
「さっきから大変みたいですね」
 と、レイナが同調する。
 爽やかな春の風が吹き、ウピのくすんだ金色の髪、レイナの銀色の髪を揺らして通り過ぎていった。テラスには緑が茂り、優しい樹や草の匂い、かぐわしい花の薫りが漂う中で、食欲をそそる肉や魚を焼いたような食べ物の匂いも混じっている。客たちの談笑は再び始まって、ウピとレイナも話に夢中になった。

(続く?)
 


  3月 4日− 


(休載)
 


  3月 3日− 


 魔女はガラスをこねた。それは彼女の皺だらけの手の中で、温まった茶のように湯気を立て始め、形は変化を遂げてゆく。
 それはいつしか丸くなり、透き通る水晶玉のようになった。
「これを風の目にするのさ」
 彼女は両手を開いて、水晶玉を見せる。私は唾を飲み込む。
 老婆の爪の赤いマニキュアがランプに照らし出されていた。

(続く?)
 


  3月 2日− 


 先の見えない洞窟の暗い道を、ちょこまかと左右に揺れながら歩いていた小さな光の精霊は、立ち止まって振り返った。
「みんな同じみたいだな。あんたらの親父らもな」
「えっ、お父さんたちも……」
 後ろで子供たちがざわめいた。掌に乗るくらいの大きさしかない精霊は前を向き、少し口を歪ませるようにして満足そうに笑った。彼は子供たちのざわめきを意に介さず、再び独特の歩き方で進みだした。光がちらちらと揺れ動き、壁の陰影が深くなる。
 子供たちは不安そうに顔を見合わせたが、髪が短い一人の少年が前に出て洞窟の先を指差し、はっきりした口調で促す。
「行くよ」
 精霊を踏まないように間隔を取りながら、ゆっくりと後を追う。
「待って」
「お、置いてかないでくれよ」
 他の子らも続いた。

(続く?)
 


  3月 1日− 


[エレンメル岳(1)]

 軒先から垂れ下がる氷柱(つらら)は、きらびやかな優しい光を受けて、金剛石の棒のようにきらめいていた。澄んだ水が不規則にこぼれ落ちる。いわば砂時計ならぬ雪時計が動く山奥の村で、時はゆっくりと、かれ自身の見えない翼を広げようとしていた。霧が晴れて青い空が現れ、サミスの村に朝が来る。
 空気は適度に湿っていた。通り抜ける風は冷たいけれども、真冬のような厳しさ、痛さは影をひそめていた。けれど初春にはまだ遠い、中央山脈の懐に抱かれた晩冬の清々しい朝だ。
 人の足跡、そりの跡、獣や小動物の足跡――。なだらかな白い地面には色々な跡が残っている。それらが、うっすらと雪をかぶっている。冬が終わりに近づくと雪の量が減るので、足跡が消えずに増えてくる。それは近づいてくる春そのもののようだ。

 さて、朝日の差し込むサミスの村の主要な通り沿いに、目を引く赤い屋根の建物がある。村でただ一軒の宿屋で、夜になると酒場にもなる憩いの場所、セレニア一家の〈すずらん亭〉だ。




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