2007年12月

 
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2007年12月の幻想断片です。

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気分

 

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 12月31日− 


[新年・一日前]

「楽しみで早く目が醒めた朝、ベッドの中で眠らずに、太陽が上るのを待っている時みたい……」
 一年を締め括る最後の夜を十四歳のシルキアはこう言った。
 メラロール王国の内陸、ラーヌ街道の果て、山奥にある小さなサミス村でも、明日からの〈祝週〉を祝う準備はすでに整っている。長く厳しい冬を越える中での、つかの間の安らぎの時だ。
「河の水が、滝になって落ちる、ちょっと前みたいなのだっ」
 シルキアの姉のファルナはそう表現した。
 新年が来たからと言って急に暖かくなるわけではないし、むしろ雪と寒さは厳しさを増す一方だ。それでも年が明ける喜びと祝いの祭りは村人たち皆が〈長く待ち侘びている〉ものだった。

「そろそろ行こうよ」
 シルキアが酒場の店主の父を、母を、姉を促した。夜も更けてくると、さっきまで騒いでいた客も今夜は早めに帰宅し、誰もいなくなった酒場に、暖炉の炎が少し所在なげに爆ぜている。
「新しい年へ、行くのだっ!」
 もうすっかり上着と帽子と手袋で準備を終えた姉のファルナが玄関を指さした。両親も速やかに準備をして、外へ繰り出す。
 白い吐息と白い雪、黄色のランプ、そして金と銀の星降る世界の奥底で、村人たちは挨拶を交わしながら広場を目指す。

 そして、ひそやかな期待が膨らみ、その刻が訪れて。
 魔術師の照明魔法が夜空に色とりどりの光を描き――。
 


 12月30日− 


[新年・二日前]

 明後日に新年を迎える、ズィートオーブ市の旧市街の夕方。
 窓の外に見える灰色の空は重く垂れ下がっているように見えた。その間から覗く夕焼けの名残は鮮やかだが、あっという間に色を失ってゆく。
「雪、降るのかなあ……」
 温かな上着を羽織り、二階の部屋の窓から外を眺めていたリュナンが、ぽつりと呟いた。ズィートオーブ市は割合と温暖な地域にあり、雪はあまり降らないが、凛として冷えた空気と灰色の空は、初雪を予感させるものだった。
 背中の方で暖炉の薪が燃え、温かな空気を送っている。
 やがて夕食の時が近づき、リュナンは窓を離れて入口のドアを閉め、しだいに薄暗い闇に沈んでゆく部屋を後にした。
 
 暮れゆく空のかなた
 光の道しるべ
 粉雪の降る夜に
 町の色は塗り替えられる――

 翌朝、リュナンはふと、微睡みから目覚めた。
 カーテンの隙間から柔らかで明るい光が差し込んでくる。少女は布団にくるまったまま、身を起こしてカーテンを少し開ける。
 うっすら白く雪化粧した町は冷え、空気は澄み、潤っていた。かすかな靄(もや)が風に流れ、町はしんと静まり返っている。
「新しい年の準備が出来たんだね」
 リュナンはそうつぶやき、この町全体を白いキャンバスに変えた雪景色が、明日の朝まで続いて欲しいと強く願うのだった。
 


 12月29日− 


 夕焼け空の赤い名残が
 珈琲のような闇を足されて
 緩やかに溶けてゆく時にも――

 人々は明かりを燭し
 夕餉の煙を立ち上らせ
 営みを続けている

 その強さ
 ひたむきさは
 年月を経ても変わらない

 やがて外の笑い声は消え
 内に入った声の主たちは
 豊かな笑顔で明日をつくる
 


 12月28日− 


「ん?」
 青や赤、黄色や緑、紫や橙の丸いものが、空の高みへと吸い込まれるように、ゆっくりと浮かんでゆく。
 その出所をしばらく探してみると、案外、簡単に見つかった。
 木の枝に細長い帽子をかぶった小妖精の少年が腰掛けていて、何やら銀色の短い横笛のようなものを吹いている。その声色が低ければ透明感のある赤に、高ければ鮮やかな紫に近づく。それはさながら、光の色相で風に描いた音階のようだ。

「その笛……」
 やや離れた枝の小妖精を見ながら斜め上に呟くと、しばらく勿体振ったように間をあけてから、相手がこちらを振り返る――。
 


 12月27日− 


[緑の鏡]

 冬の空気は冷えていて、三人の口や鼻からは白い吐息が洩れ出している。それが光を受けると、まるで新しい粉雪か、細かな星たちででもあるかのようにきらきらと明るく輝くのだった。
「すごいね〜」
 ジーナが叫び、リュアは目を丸くしながら歩いている。
 人間の大人と変わらないくらい大きな緑の葉が並んでいる。十歳に少し満たないジーナとリュアよりも、もちろん広い葉だ。
 そこは木の茂みではなく、言うなれば〈葉の茂み〉だった。
「触ると大変ですよ」
 うっすらとした霧を横切り、木々を縫って斜めに差し込む朝の光の中、テッテが眼鏡の奥の瞳を和らげ、穏やかな声で言う。
「どうなるの?」
 ジーナが背伸びをして葉の中を覗き込んだ。それは〈緑の鏡〉と呼ぶにふさわしい代物だ。緩い曲線を描く大きな葉の中にたっぷりと露が溜まっていて、まるで水を汲んだ桶のようだった。
「んー」
 ジーナはその天然の鏡を見つめ、金色の前髪を軽く直した。他方、友達のリュアは隣の葉を覗き込み、うっとりとつぶやく。
「すごくきれいな水……」
「この葉は露を溜めやすいのです」
 少し離れた所で見守っていたテッテ青年が説明を加えた。
「露がこぼれると、ずぶ濡れですから、気をつけて下さい」
 テッテが言ったそばから、ジーナが〈緑の鏡〉に触れていた。
 その葉がほんの少しだけ首をかしげると、その重みで大量の水が動き出し――あっという間にふちを越えてこぼれ落ちる。
「おーっ」
 機敏に後ずさりしたリュアの足元に、透き通った冷たい水が流れて短い滝と虹を生み、土を湿らせ、水たまりを形作った。
「大丈夫、ジーナちゃん」
 リュアが心配そうに覗き込む。大きな葉は身軽になって頭をもたげ、出来たばかりの水たまりは少女たちの姿を映していた。
 


 12月26日− 


 朝露の精霊たちは
 葉裏に水を塗るのをやめて
 季節にふさわしい
 氷の絵の具に変えたのだろうか

 白く化粧した野菜たちが
 ずっと遠くまで並んでいる
 霜のおりた朝を照らす
 青空の低い太陽がまばゆい
 


 12月25日− 


[空の絵合わせ(40)]

(前回) (初回)

 その時、宝石箱のような空に、一本の銀の矢が放たれた。
「あっ、流れ星!」
 リンローナが指さすと、他の四人も足を休めて天を仰いだ。星の筆で描いた一筋の線は、強い光の残像をまぶたの裏に焼き付け、空を斜めに横切り、深い思い出を残して消えていった。
「遥かに続いてゆくこの空の果てで……」
 指を動かし、タックは〈聖守護神ユニラーダ〉の印を切った。
「サンゴーンさんがどうかお元気でいますように」
「これからは風の便りに、貴女の消息を探すこととしよう」
 ルーグが遠い南国の少女に誓い、ケレンスは腕組みした。
「不思議だよなぁ。またそのうち会える気がするぜ」
「うん。きっと」
 リンローナが同意し、はっきりとした視線で夜空を仰いだ。

「その時まで……」
 少し遅れて、何か言いかけたシェリアだったが――。
「さあ帰るわよっ」
 突然、腕を掲げて歩き出し、前のケレンスの背中を押した。
「うおっ。何だよ、言われなくても帰るぜ、シェリアの姉御!」
 口を尖らせて斜め後ろを睨みつけながら、先頭のケレンスが大股で進み始めると、背中越しに妙な甘い声が聞こえてきた。
「帰ります、の〜」
 ちょっと恥ずかしそうにシェリアが南国娘の真似をしたのだ。うつむいた彼女をよそに、たちまち皆から抑えた笑いが起こる。
「くっく……似てねえじゃん」
「いやぁ、ははっ、なかなかいい線です」
 ケレンスとタックが品評し、静かな夜の奥底が盛り上がる。
 その後ろを歩いていたリンローナは再び夜空の遠くを見上げて、強くゆるぎない願いを微かな秋の夜風に乗せるのだった。
「元気でね、サンゴーンさん!」
 そして五人の足音と影が、森の向こうへ遠ざかっていった。
 北国の晩を涼しい秋風が横切り、獣の遠吠えが高く響いた。

(おわり)
 


 12月24日− 


 冴えた月の光を
 銀の器に集めて

 いつもより多めに
 掬い取った光を

 夜の空へちりばめ
 星明かりを燈した

 トナカイたちの
 道しるべになるように
 


 12月23日− 


 早い夜の訪れが
 きらめきの祭典を長くしてくれます
 
 夏が熱い日光に彩られた刻ならば
 冬は夜の輝きに満ちた刻なのです


2007/12/23
 


 12月22日− 


[雨上がりの真夜中]

 夜更けに雨音が消えたとき――

 それは晴れなのでしょうか
 それとも雪なのでしょうか

 空気が冷たければ冷たいほど
 白い天使への期待は高まります

 さく、さく――

 もし誰かの足音が聞こえたら
 私はきっと跳び起きるでしょう
ナルダ村・レイベル
 


 12月21日− 


[一瞬の猫]

 木々の香りを含んで森を流れる清らかな風は冷たく、体温を奪った。日は早くも傾き、蒼く澄んでいた空は橙色に変化を遂げていた。太陽は強く輝き、まぶしさの素をふりまいていた。
「あの丘の木の影が、この近くまで伸びてくるんだ」
 すっかり葉の落ちた木の枝に腰掛けて、背中に弓矢を担いだ近くの村の少年が、向こうの丘を指さした。人跡もまばらな深い森を穏やかに小川が流れ、その左右は緩やかな渓谷になっている。川が蛇行しているところには流れの外側に砂が堆積し、冬枯れの葦やすすきの野原が茫漠とした様子で続いている。
 その谷の反対側に小高い丘があり、頂には一本の松の木が何かの目印のように立っている。西の方角なのでまぶしい。
「冬至に近い数日間の夕方だけね」
「へぇー」
 隣に腰掛けているもう一人の少年が感心したように言う。
「それが伸びてくると、影が大変なものに見えるんだぜ」
 最初の少年が得意げに話すと、もう一人が相づちを打つ。
「どんな?」
「それは……」
 弓矢を担いだ少年は勿体ぶってから、鼻の頭をこすった。
「それは〈一瞬の猫〉なんだ。猫の顔に見えるんだぜ!」
「ほんとに? もうすぐ影がつながるよ!」
 そして二人は息を飲み、その時を待つのだった――。
 


 12月20日− 


 青空の遥か向こう
 遠い時間の果てに
 過去と未来――
 いったい何が見えるだろう
 


 12月19日− 


[空の絵合わせ(39)]

(前回)

「さぁて、僕たちも帰りましょうか。今夜は冷えますし」
 タックが軽い口調で言い、腕組みして身体を震わせる仕草をした。幼なじみのケレンスが横から親密そうに肩をぶつける。
「道、分かるのかよ?」
「ええ、もちろん。そんなに分岐も無かったからね」
 タックが穏やかに、幾分の自信をこめて返事をした。
 ケレンスは辺りを見回した。ルーグの掲げるランプの残りはだいぶ少なくなっていたし、シェリアの燈す照明魔法もどこか色あせていた――サンゴーンを見送ってさすがに気が抜けたのだろう。久しぶりの夜更かしと魔法を維持する疲れがどっと出たのか、一時(いっとき)よりも光の勢いは弱まり、暗いようだった。

「帰り道は長く感じるぜ」
 先頭のケレンスが隣のタックにぼやいている。緩やかな坂を登り、元来た道をたどる途中、リンローナはふと姉に尋ねた。
「でも、どうして〈草木の神者〉さんが、ここに来たんだろうね」
 シェリアは即答せず、少し考えてから慎重な言い回しをした。
「来たのか呼ばれたのか、よく分かんないけど。結局のところ〈神者の印〉の魔力に反応して、空が入れ替わったのかしら」
 やや上を向いた魔術師の眼差しは、坂の頂や道の左右に立ち並ぶ木々の影を越えて、南の空を思い浮かべているようだ。
「もしかしたら、あたしたちに会うためなのかな……」
 リンローナはぽつりと言い、眼差しを高く遠く送った。そして冴え渡る夜空の銀河のかなたに遥かな想いを馳せるのだった。
「まさか、ね!」


 12月18日− 


[空の絵合わせ(38)]

(前回)

 一瞬、辺りに散ったように見えた水は、跳びはねる南の海の波しぶきか、それとも瞳を潤す温かな水晶のきらめきか――。
「行っちゃった……」
 リンローナが呆然とした様子でつぶやいた。サンゴーンによって〈空の絵合わせ〉は完成し、南国の昼の空と入れ替わっていた北国の夜空が戻ってきて、すでに他と区別のつかない状態になっていた。睡眠を乱された鳥の恨めしげな声が聞こえる。
 サンゴーンを運んでいった〈空の窓〉の四角い光が一本の線になり、辺りに闇が戻ってからも、五人は感慨と願いと惜別とが入り混じったような横顔で、しばらく時間が止まったようにじっと立っていた。それからケレンスが何かに気づいて手を伸ばす。
「何だ?」
 ひらひらと降って来た一枚の葉をつかみ、表を眺め、裏返して見た。シェリアの照明魔法の白い光に透かしてみると、薄い葉はそれ自身が淡い緑色の光を湛えているかのように見える。
「これ、たぶん南の国の葉っぱだぜ」
 確かにその葉は、この辺りでは見かけない照葉樹だった。ルデリア大陸を越え、海の向こうの小島に帰ったサンゴーンは、ひとひらの葉を無事な帰宅の証拠のように残して去ったのだ。
「あんたのマフラー、お持ち帰りね」
 シェリアが妹に向かってくすっと笑う。するとリンローナは姉の顔を見上げ、しだいに我に返って瞳を輝かせ、元気に言った。
「大丈夫だよ。サンゴーンさんのおみやげだから」
 しんとした秋の夜長の空気の中、妹の吐息は粉雪のように舞い上がった。それを見ていた姉が遠い空を見てぽつりと言う。
「どうせなら本物の雪を見せてあげたかったわ」
「さすがにこの時期じゃ、まだ雪が降るはずもねえけどさ。それでもまあ、あいつにとっては貴重な北国の経験に違えねえさ」
 ケレンスがゆったりとした口調で語ると、姉妹はうなずいた。
「うん」「そうよね」


 12月17日− 


[光の細道]
 
「うーっ、寒いねぇ」
 厚い生地で作られた裾の長い上着に、耳の隠れる帽子、手袋と厳重な防寒対策を施したリュナンが腕組みをして立ち止まり、瞳をぎゅっと閉じた。通りを北風が駆け抜けていったのだ。
「本当の冬には、まだまだサぁ」
 薄手の上着を羽織ったサホが右腕を元気良く掲げた。
 リュナンとサホの服装は真冬と初秋くらい違う。ズィートオーブ市の現在の季節は初冬であり、二人とも極端な服装だった。
 
 透き通った青空に浮かぶ薄雲から太陽が顔を出すと、町じゅうに優しい光が配られる。だが午後も半ばを過ぎて日はだいぶ傾いており、大通りから一本離れて旧市街の東西を結ぶ三階建ての住宅が整然と立ち並ぶ通りには深い影が迫っていた。
 家々の屋根の線をわずかに越えた南西からの日の輝きが、申し訳なさそうに通りの隅へ光の帯を描いている。その〈光の細道〉を選んで常に柔らかな日差しを浴び、帽子に収まりきらない金の後ろ髪を淡く輝かせて、厚着のリュナンは歩いていた。
「影の大陸がどんどん広がってくるね」
「ほんと。日の落ちるの早いねー」
 友と並んで歩く薄着のサホは影の中を歩きながら同意した。
 
 それからまもなく、地面に描かれた光の帯はさらに細くなっていった。斜めに差し込む光は家の壁を登り始める。
「あぁ、もう歩けないね。蜘蛛の道になっちゃった」
 ついに影の大陸に取り込まれたリュナンが、あまり血色の良くない顔で寒そうに、残念そうに言うと、サホが力強く答える。
「大通りに出よっ! あっちならまだ明るいはずサぁ」
 するとリュナンも幾分元気を取り戻して、うなずいた。
「そうだね、サホっち!」
 夕焼けの光を求めて、二人は住宅街の通りを左に折れた。壁を這い上がる〈光の細道〉は家の窓を幻想的に輝かせていた。
 


 12月16日− 


[峠の向こう側]
 
「いやー、この辺りはもう雪なんだねえ」
 下流の町からやって来た商人は暖炉のそばに座り、冷えた身体を温めていた。ラーヌ河の源流に近い山奥のサミス村は雪化粧の時期をとうに過ぎ、長く厳しい冬を迎えようとしていた。
「ええ。セラーヌの方は、まだ積もっていませんか?」
 隣のテーブルにいた若き女性の賢者、オーヴェルが訊ねた。ここは村人と旅人が集まる、憩いの酒場〈すずらん亭〉である。
「そうだねえ。あっちは積もるどころか、こないだちょっとだけ初雪が降ったくらいだよ。微かな淡雪で、すぐ溶けちまったがね」
 商人の答えを聞いてから、オーヴェルは相づちを打った。
「そうですか。父がセラーヌ町にいるものですから」
 すると中年の商人は無精髭の伸びた顔で愛想良く笑った。
「この辺は、峠を越えると天気が変わるからね。セラーヌで雨でも、峠を一つ越えると霙(みぞれ)になり、この辺りは雪だよ」
「ええ」
 オーヴェルが真剣にうなずいた時、酒場の看板娘のファルナが湯気の出ているスープのカップを盆に載せて運んできた。
「そんな中、来てくれてお疲れ様なのだっ」
「いやー、みんなの笑顔を見ると来て良かったなって思うよ」
 商人が嬉しそうに言うと、厨房から顔を出して会話を聞いていたファルナの妹のシルキアも満足そうな表情を浮かべた。降り続く粉雪と冷え込みは厳しいが、中は温かなサミス村だった。
 


 12月15日− 


 遠くに降り注ぐ夕陽を横切って
 曇り空の下、澄み渡る空気の奥底で
 
 気がつくと雨音が響いていた
 立ち上がって外を眺める――
 
 窓の向こうには木々を縫う雫のライン
 透き通った粒たちが飛び跳ねている
 
 窓を開けてみると、そこには
 温かさと冷たさの同居する初冬がいた
 
 強く短い天気雨の降り注ぐ夕焼けを
 しばらくの間、飽かずに眺めていた
 


 12月14日− 


[空の絵合わせ(37)]

(前回)

「では失礼しますわ」
 深々と礼をしたサンゴーンが再び顔を上げる。もう迷いの色はなかった。彼女は自分の足で〈空の扉〉の下まで歩いてゆく。
 皆が固唾を飲んで見守る中、南国の娘が名残惜しそうに少しずつ手を伸ばしていった時、突如としてシェリアが声を発した。
「私の上着!」
 振り返りながら伸ばしたサンゴーンの手が、不思議な南国の窓に触れた次の刹那――その〈空の扉〉は白っぽく、サンゴーンの襟元の宝石〈神者の印〉は呼応するかのように緑の輝きを強めた。遠国の来訪者の姿がまばゆい光につつまれてゆく。
「あらあっ?」
 サンゴーンはシェリアの言葉を理解して素っ頓狂な声をあげ、彼女としては出来る限り速やかにコートのボタンを外し始める。

 辺りは魔法の光の洪水だった。強い魔力を持つ魔術師シェリアと聖術師リンローナの姉妹は腕で両目を覆い、微かに開く。
「来たわね、今宵一番の波動がっ!」
 魔術師のシェリアは腰を折り曲げて叫び、強烈な光が帯びている魔力の渦に必死で耐えている。上着どころではなかった。
「うおっ!」
 ルーグたち男性陣も、昼間よりも明るい光が駆け巡る強烈な現象の前では思うように女性たちを守ることが叶わず、手の甲で目を覆いつつ、手探りでシェリアたちに近づくしかなかった。

「キェーッ!」
「ウォー」
 動物や鳥や虫たちの遠吠えや悲鳴、羽音の合間に、何かがパサリと落ちる音が幻のように響いた。光の中の影となって、サンゴーンが借りていたシェリアの上着が落ちて来たのだ。
「それと、この首に巻いた……」
 近くにいたのでサンゴーンの呟きを辛うじて聞き取ったリンローナは、光と魔力が乱舞する奔流に抗い、声を張り上げた。
「サンゴーンさん、マフラーあげるよ! 記念に持ち帰って!」
「でも、リンローナさ……」
 サンゴーンの返事が途切れがちに聞こえた。光だけでなく、今度は急に風が強まり、少女は立っているのがやっとだったのだ。鋭い風は呻き、落ち葉を持ち上げ、木々や草を揺らした。
「伏せてっ!」
 シェリアが鋭く警告する。北の旅人たちは無意識のうちに頭をかかえ、言われた通り地面に身を伏せて、守る姿勢を取った。
 頭の上で大きな力が蠢き、光と風はついに頂点に達した。
「さよならですの!」
 そう叫んだサンゴーンの声が、耳を通してではなく、頭の中で直接に響いた。魔法の嵐はそれを機に収束してゆくのだった。


 12月13日− 


[空の絵合わせ(36)]

(前回)

「無事に帰れるよう、祈っていますから」
「世界は一つだ。互いに健康でいれば、会えることも有ろう」
 タックとルーグが言う。北の夜空に展開している硝子の砂のような満天の星たちも、それぞれの輝きを静かに発して南国の少女に別れを告げていた。道の上に浮かぶ〈空の窓〉からは強い光が誘うようにあふれ、サンゴーンの襟元の宝石が輝いた。
「あんたがもし妹だったら……」
 ケレンスは言いかけてから、横に首を振って言った。
「何でもねえ。元気でな」
「ええ。ケレンスさんも」
 サンゴーンが答えた。それからしばらくの間、向かい合った一歳違いの二人の視線は不思議なほど深く交錯するのだった。
「またいつか会いたいね」
 落ち着きと微笑みを取り戻して、リンローナが話しかけた。その澄んだ緑色の瞳は、さっきの涙の名残で少し潤んでいた。
「今度はあたしたちの故郷、モニモニ町で」
「ええ。モニモニ町なら近いですわ〜」
 サンゴーンが返事をする。その間も〈空の扉〉は若干移動し、彼女は南国の光の降り注ぐ場所からずれて影になっていた。
「まさか、こんな所で〈草木の神者〉とお近づきになれるなんて、これっぽっちも考えてなかったわ」
 シェリアの声は温かな白い吐息になって舞い上がり、秋の夜長に溶けてゆく。斜め上に照明魔法を従え、魔術師は続けた。
「あんた面白い子だったわ。また会いましょ」
 そこでシェリアはサンゴーンを指さし、不敵に笑うのだった。
「忘れたら承知しないわよ」
「まあ、約束ってのは、叶えたところで一人前の約束だからな」
 ケレンスが調子良く追い打ちをかける。するとサンゴーンは五人の顔――ルーグ、タック、ケレンス、リンローナ、シェリア――を一通り見回して、とびきりの天真爛漫な笑顔でうなずいた。
「ハイですの!」


 12月12日− 


[空の絵合わせ(35)]

(前回)
 
「出会えて良かった。サンゴーンさんと……」
 気丈に話し始めたリンローナだったが、その語尾は震え、みるみるうちに草色の瞳が潤ってゆく。涙の宝石は大きく膨らみ、限界まで伸びた瞬間、木の葉の巣立ちのようにリンローナの目を離れる。降り注ぐ南国の光を受けて一瞬きらめいたかと思うと、次の瞬間には地面に吸い込まれてゆき、こぼれて弾けた。
 そばにいた姉のシェリアが、何も言わずにリンローナの小さな手を取る。深い闇と静けさに満ちた秋の夜更けの空気の中で、人肌の温もりは心を現実に繋ぎとめておく錨(いかり)だった。
「サンゴーンは家に帰るんだから」
 シェリアが穏やかな口調で言うと、リンローナは姉を抱きしめて胸に顔をうずめ、微かに啜り泣くのだった。サンゴーンは落ち着いていたが、うっすらと瞳を濡らして一夜の親友に答える。
「ありがとうですの、リンローナさん」
 ルーグとタックは女性陣を優しい視線で見守っている。

 その時、にわかにケレンスが動き出した。彼は素早くサンゴーンに近づいたかと思うと、やや背の低い相手の顔をじっと覗き込んだ。サンゴーンはシェリアとリンローナの姉妹から目を離してケレンスに視線を移し、素早く瞬きを繰り返しながら尋ねる。
「あ、あの……」
「さっき下敷きになって起き上がったときに思ったんだけどさ」
 ケレンスは単刀直入に切り出した。幼なじみのタックはうろんそうに首をかしげ、シェリアは無論のこと、別れに泣いていたリンローナも顔を上げ、放心したような顔で若い剣術士を見た。
 注目を集めたケレンスは、そこで少しサンゴーンから離れる。微妙に腰を落とし、今度は相手を下から見上げる格好になる。
「あんた、近くで見ると俺の母さんに似てる気がしたんだよな」
「お母さんですの?」
 サンゴーンは驚いて聞き返した。ケレンスは軽くうなずくと、それ以上は何も言わず、腕組みして相手の顔をじっと見つめた。
「もしかしたら遠い親戚だったりするかも知れませんねぇ」
 タックが冗談混じりに言うと、その場の緊張がふっと解(ほぐ)れた。取り出した布で涙を拭いたリンローナも、くすっと笑った。


 12月11日− 


「もうすぐボルツーク村か」
 荒涼とした街道を歩きながらミラーがつぶやいた。
「どんな所なのかしら。田舎っぽい感じだけど」
 旅の相棒、シーラが相槌を打った。再びミラーが言う。
「初めての町の名前から姿を想像して、その結果を知るために現地へ実際に赴く。これがまさに旅の醍醐味の一つだね」
 


 12月10日− 


[空の絵合わせ(34)]

(前回)

 サンゴーンは一歩、二歩と足を進めて〈空の扉〉の下に立った。彼女に相応しい南の島の太陽の光が降り注ぎ、緑みを帯びた銀色の髪がきらきらと輝いている。舞い降りる光の明るさは強いが、熱はないようで、空気は不思議なほどに冷え切っている。その不調和が逆に時空の遠さを示しているかのようだ。
 薄暗い森を歩いている時、急に木々が途切れて現れる透き通った泉のように――六人の目の前に浮かぶ四角い平板状の〈空の扉〉は強い存在感を発し、北の大地と草を照らしている。
「懐かしい……海の匂いがするよ」
 そう言ったリンローナはゆったりと瞳を閉じた。想像を越えた強い不思議な力で南の島の空と入れ替わってしまった〈光の窓〉から吹いてくる風には、かすかに潮の香りが混ざっているようだった。少女は軽く爪先立ちし、鼻でいっぱいに深呼吸する。
 それにつられて、居合わせた他の仲間たちも香りをかいだ。

 それぞれの海――。
「ええ。懐かしいですの」
 サンゴーンは、これから還ってゆくであろう〈熱海(ねっかい)〉と呼ばれるミザリア国の青緑の海を思い出しているのだろう。故郷を離れて、なじみの海の匂いから切り離され、初めて〈懐かしい〉という感覚で潮の香りを楽しんでいたのかもしれない。
 ケレンスとタックの脳裏には、北国メラロールの故郷ミグリ町からほど近い〈西海(さいかい)〉の深い蒼の波がよぎり、ルーグとシェリア、リンローナの三人は、大陸の南西部に突き出たモニモニ町の港を埋める各国の商船を思い出していたはずだ。

「えーと、あの……」
 少しうつむいていたサンゴーンが、ミザリア訛りのある言葉を発して顔を上げると、他の五人の視線が彼女に集まってゆく。
 まばゆい輝きの中心にいる南国の娘は、夜に沈む五人の顔を一人ひとり見回しながら大切に言葉を紡ぎ、今宵の感謝を伝えた。それはすなわち、別れを切り出すことと同義であった。
「本当に、ありがとうですわ。とっても不思議な夜でしたの」


 12月 9日− 


「木洩れ日は、どうしてあんなに優しいの?」
 
 麻里が訊ねた。
 
 木の葉の隙間から、何条もの光が降りてくる。
 
 母はゆっくりと梢を仰ぎ見てから、こう言った。
 
「それは、太陽の白い光に、木の想いが混ざるからよ」
 
 白いキャンバスに、絵の具を塗るかのように。
 
 紅葉した木々は、木洩れ日にも色を添えてくれる。


2007/12/08
 


 12月 8日− 


 秋の終わりに
 木々が赤く染まるのは
 
 秋が季節の夕暮れだから


2007/12/06
 


 12月 7日− 


[空の絵合わせ(33)]

(前回)

 冴えた夜空のかなたには金や銀の星たちがちらちらと瞬き、囁きあい、冷たくきらめいている。一方、夜に開いた〈空の扉〉からは、青空のかけらの下、まばゆい光があふれ出している。
「砂浜……」
 サンゴーンが微かにつぶやいた。一見すると似たような輝きであっても、時も場所も成り立ちも全く異なるもの――真上から照りつける太陽の子供たちを浴びて炎のように熱く光る、南国の蒼い海に臨む白い砂浜を遠く連想していたのかもしれない。
 タックとケレンスは互いに何やら目配せし合い、シェリアとリンローナの姉妹は軽くうつむいて黙っている。手の届きそうな高さに浮かんでいる〈空の扉〉から降り注ぐ光は明るく、シェリアの出した照明魔法が要らないほどで、互いの表情が良く見えた。
 毅然と立っていたルーグが、六人の旅の終わりを告げた。
「さあ、着いたようだ」
 硬質の声は低く、秋の晩の深い闇の底でくぐもって響いた。

「寒い季節の〈氷の雨〉を見たかったですわ〜」
 亜熱帯から来たサンゴーンが少し残念そうに言い、無邪気に微笑んだ。その時、横顔の半分だけが照らされ、残り半分は深い夜に沈んでいたシェリアとリンローナは、はっと顔をあげた。
「そうだよね、帰れるんだね。おうちに」
 リンローナの顔には別れの愁いが混じっていたが、元気を出して来訪者に向き合い、自分自身を納得させるように言った。
「気をつけてね!」
「そんなの気のつけようがないじゃない。着くときは着くんだし、駄目なときは……」
 シェリアは泣き笑いのような表情になり、早口で喋ったが、その後は不吉と思ったのか口ごもった。斜め上の小さな照明魔法と、その何倍も明るい〈空の扉〉の光に照らされた若い女魔術師は薄紫の前髪をかきあげた。それからサンゴーンを急かす。
「早く行きなさいよ。ほら、少しずつ動いてるじゃない」
 ミザリア国イラッサ町への懸け橋となる〈空の扉〉、あるいは〈南国の窓〉は、遠目には静止しているように見えたのだが、近くで見てみると実際にはごくゆっくりした速さで移動していた。


 12月 6日− 


[空の絵合わせ(32)]

(前回)

 森を広く切り開いた道が続いている。一点の明かりに見えた〈空の扉〉と思しき光は、下り坂の途中、道の真ん中にあるようだった。近づくたび、そこから洩れてくる光が強まって見える。
「北国の夜とは全く異質な輝きですね」
 タックがつぶやいた。あの灯火が〈南国の窓〉であることを確信する口ぶりだった。皆の足取りもいつしか軽くなっている。
「まだ分かんねぇぜ〜」
 剣術士のケレンスが半ば振り向きながら軽口を叩くと、後列から魔法の専門家であるシェリアの真面目な声が聞こえた。
「少なくとも、強い魔力を秘めたものに間違いないわよ」
 既に、明かりは単なる一点ではなかった。それは天窓のように四角く、宙に浮かんだまま静止している。そこから洩れ出している昼間の強い光の向こうには、真っ青な南の空が覗けた。
 サンゴーンの襟元にある〈草木の神者の印〉から発せられた緑の光線は、その不思議な窓のような物体を指し示していた。
「来るときも、確かこんな形をしていましたわ」
 シェリアの上着を羽織り、リンローナのマフラーをして防寒対策を施した南国娘のサンゴーンが、白い吐息混じりに語った。

「そっかぁ。でも、ほんとに空も間違えることがあるんだねー」
 やや遅れて、リンローナが相槌を打った。彼女は続ける。
「ここは北国の夜の空、向こうは南国の昼の空のはずなのに、場所と時間を間違えてひっくり返るなんて……不思議だね」
「たぶん〈神者の印〉が惑わせたのよ。理由は分からないけど」
 後ろから話に混ざってきたシェリアが、そこで語調を強める。
「いよいよ、これで世界の端と端を結ぶ〈空の絵合わせ〉が完成するのよ。鍵となるサンゴーンが現れて、成し遂げるんだわ」
 ほとんど目の前に近づいた〈空の扉〉を仰ぎ見ながら、若い女魔術師は感慨深げに語る。話題の中心であるサンゴーンは顔を上げ、胸の辺りに拳を当てて、少し不安げに微笑む。他の四人は歩みの速さを幾分緩めつつ、シェリアの話を聞いていた。
「空と〈神者の印〉が責任取って、あんたをちゃんと帰すのよ」
 自信たっぷりな口調で言ったものの、事実と決まったわけではなく、それはシェリアの願いだった。サンゴーンの心に残る期待と希望を支えたいという強い想いから来る言葉だったろう。
 そしてひっそりとした森に挟まれたなだらかな下り坂の途中、目的地にたどり着いた六人は、ついに立ち止まるのだった。


 12月 5日− 


[空の絵合わせ(31)]

(前回)

「先を急ごう」
 ルーグが言い、六人は夜のさらに奥へと歩いてゆく。空気に浸した顔は冷え、それぞれの魔法照明やランプに照らし出された吐息は生き物であるかのように白く浮かび上がっている。
 それからしばらくの間、一向は誰も喋らなかった。先頭のタックは闇に沈む大地の感覚を確かめながら、後ろがついてきているかを気にしながら早足で歩き、静寂の小道を進んでいった。
「ここからまた少し上り坂ですよ」
 振り向いて軽く注意を促すと、すぐ後ろのサンゴーンとリンローナが黙ってうなずく。サンゴーンの襟元の〈神者の印〉から発せられる緑の光は、まっすぐに坂の向こうを指し示していた。
 その峠とも言えないほどの緩い峠の勾配がなだらかになり、平坦になったと思うと、道は明らかに下りへと差し掛かった。
「あっ」
 リンローナが声をあげた。南国の娘の魔石から生まれた光の筋が、ある一点に吸い込まれるようにして忽然と消えている。そこには、夜空の下、ぽつりと強い明かりが見えるのだった。
「やっと着いたみたいね!」
 後列のシェリアが少し大きな声で、皆に聞こえるように言う。
 南北に長いといわれるルデリア大陸を遥かにまたぎ、北の雄〈メラロール王国〉の小さな森の町から、南の島を統べる〈ミザリア国〉のイラッサ町に至る時空の門が、いま一度開いたのだ。
 サンゴーンはふと立ち止まって息を飲み、明かりを見つめる。
「帰れますのね」
 それは少し涙声になっていた。横のリンローナも心を動かされたのだろう、薄緑の澄んだ瞳を布で拭き、ひとときの友を促す。
「うん。行こう、サンゴーンさん。きっと大丈夫だよ」
 小柄な少女は精一杯の微笑みで、こう続けるのだった。
「間違えた空が、待ってるよ!」


 12月 4日− 


[空の絵合わせ(30)]

(前回) (初回)

 それからすぐに何かがドサッと倒れる重たい音が響き、不思議な道しるべとなっていた宝石の緑の輝きがぱっと消えた。
「どうしたっ!」
 ルーグは駆け寄り、声をかけた。シェリアは素早く光の球を前へ飛ばした。つまづいたサンゴーンが前のめりに倒れたのだ。
「てててっ……」
 だが、その時に聞こえてきた苦しげな呻きの主は、サンゴーンではなかった。紛れも無い剣術士の声――ケレンスだった。
「転んじゃいましたわ〜」
 一方、南国の娘はけろりとした様子で言い、地面を押して立ち上がろうとする。すると実のところ彼女の下敷きにされていたケレンスはたまらず、滅多に出さない悲鳴をあげるのだった。
「いってぇ〜!」
「あらっ」
 ようやく気づいて驚き、大きな瞳をまばたきしながら立ち上がりかけた〈草木の神者〉に、リンローナとルーグが手を貸した。
「大丈夫?」
「怪我はないか?」
 もう地面に邪魔されることなく、サンゴーンの襟元の宝石からは、再び緑の光が何事もなかったかのように発せられていた。
「平気ですの、厚い服が護ってくれましたわ。それとケレ……」
 ケレンスさんが、と言おうとしたのだろうか。
 サンゴーンのその声はケレンス本人によってかき消された。
「おらーっ! 俺の心配もしろよなっ」
 言うが早いか、あっという間に立ち上がった少年剣士は、怒りと呆れを混ぜたような声で思いをぶちまける。その横にいた長年の相棒のタックが笑い声をあげようとした、瞬間のこと――。
 
「ケレンス、よくやってくれた!」
 すかさずルーグが機転をきかせて評価し、なだめる。場の空気も変化して、ケレンスの機嫌と誇りは一気に直っていった。
「そ、そうだよな」
「サンゴーンさんを守ったんだね」
「ケレンス、偉いじゃないの」
 少年の災難を笑いかけたリンローナとシェリアも、リーダーのルーグの思いを察したのか、彼に便乗して褒める側に回った。
「ありがとうですの」
 最後にサンゴーンが礼を言うと、タックは拍子抜けし、くすっと独りで笑った。ケレンスはまんざらでもない様子でうなずいた。
「まあ、いいって事だぜ!」


 12月 3日− 


 森の奥にひっそりとたたずむ
 あの青緑の池は

 秋の終わりになると
 日ごとに色を変える

 木の葉がはらりと舞い降りる
 弱い光が照らす午後に

 色づいた周りの木々を
 鏡のように映すから
 


 12月 2日− 


 しんしんと冷える夜は
 遠い町を思い出す

 音もなく白い天使が舞い降りた
 北国の夜のことを
 


 12月 1日− 


少し見ないうちに、木の葉は確実に色を深く変えていました

――緑から黄色へ、そして赤へ――

太陽から降り注ぐ優しい金の光、淑やかな銀の星明かり

自然の染料が時間をかけて優雅に色を塗りかえてゆきます
 




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