2008年 1月

 
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2008年 1月の幻想断片です。

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  1月31日− 


 あの遠い四月の
 桃色と銀色の入り混じった
 淡い桜雪は――

 きっと
 そのどちらもが
 真実だったのでしょう
 


 幻想断片八周年 

 2000. 1.31.〜2008. 1.30. 

  掲 載 :277日 + 2133日= 2410日(82.5%)
  休/保 : 88日 + 424日= 512日

 期間 計:365日 + 2557日= 2922日


  1月30日− 


 俺が日時計の長い針の下で居眠りをしてるうちに、いつの間にか太陽が移動してて、まぶしさと温かさで目を醒ました。
「んー」
 大きく伸びをして、それから軽く背中の羽を動かす。
「そろそろ行くか」
 その瞬間だけ――一日の中で、それは俺の時間になる。
 俺は一秒の精霊なのだから。
 


  1月29日− 


 風の横糸に
 光の縦糸を絡めて
 季節の模様を編みあげる

 凩の吹き渡る丘に
 朝日が充ちあふれて
 枯れ草と氷が舞い上がる
 


  1月28日− 


 あまたの緑が揺れ、爽やかな風が吹き抜ける、夏の真っ盛りの高原での出来事だった。冬のサミス村について旅人の少女に聞かれて、酒場の娘のシルキアが答えた。
「一面、雪と氷だよ」
「グラスに水を注いで、外に置いとくと……」
 姉のファルナが語り、それを聞く旅人たちは身を乗り出した。
「うん」「それで……」
「透き通った氷の石ができますよん」
 ファルナが言うと、旅人たちの反響は大きかった。
「おお」「それはすごいですね」
「表面から氷に変わっていくんだよ」
 妹のシルキアが補足し、さらに続けた。
「茶色の木の葉を水につけて外に出せば、氷づけの葉っぱができるよ。冬は長くて厳しいんだけど……氷遊びは楽しいんだ」

 あれから季節がめぐり、今にも雪の降り出しそうな冷え切った冬空の下、旅人たちはあの夏の話を遠く思い出すのだった。
 


  1月27日− 


 白混じりの上着を羽織り
 気高き銀の雪を冠とし
 遠い山々は凛として立つ

 青空はいっそう蒼く高く
 風に溶けて雲は透ける
 光満ちて町の奥まで注ぐ
 


  1月26日− 


 薄く広がる雲が途切れて
 あふれだす日差しの中で
 
 懐かしい優しさにつつまれ
 光の中をゆったり歩けば
 
 道端の小さな花に
 落葉樹の木漏れ日に
 
 めぐり来る季節の輪に
 出会える事もあるだろう――
 


  1月25日− 


 デリシ町の郊外に広がる見晴らしのいい丘を突っ切り、森の小道をゆく途中で、リュアがふと立ち止まった。十歳になるならぬの少女は膝に手をついて中腰になり、茂みを見つめた。
「ふしぎ……」
 それは、小さな崖から跳躍した透き通ったせせらぎが、背の低い木に降り注いで細い滝を形作っている場所だった。優しい冬の昼間の光が当たって、水は淡い子供の虹を描いている。

 しばらく見ていると、時折、虹の色が背の低い木の葉に移る。葉が虹につつまれたかのように、赤や青、黄色や紫色に変わったかと思うと、次の瞬間には再び元の緑色に戻るのだった。
「リュア、どうしたの?」
 友達のジーナが駆け戻って来て、リュアの横から覗き込む。
「ジーナちゃん、あれ見て……」
 リュアが好奇心に満ちた瞳を見開き、その滝を指し示した。
 


  1月24日− 


 ゆうべは、この海に近いオニスニ町でも少し雪が降った。既にあらかた消えたが、草はまだ白い装飾を残している。
 日影の屋根には雪が残り、こぼれ落ちて池を鳴らす雫の調べが不規則なリズムで途切れ途切れに喋っている。
 北のメラロール王国が南のマホジール帝国と接する国境の町であり、絹の道として商人が活発に行き来している。
 ゆうべの雪空の下、港にもやう小ぶりの帆船たちは寒さに縮こまって見えたが、茜色から澄んだ蒼に変化してゆく今朝の清く晴れた空の下では、より生き生きしている様子だった。狭い甲板では船員たちが動き回り、白い息はまるで舟から吐き出されたかのようだった。
 生まれたての朝が、カーテンを開くごとくに町へ広がり、人と物が国境を越えて遥かに進む。声が飛び交い、馬車の車輪がきしみ、大小の商業帆船、漁船が波をかきわけて進む。
 これがオニスニ町の冬晴れの朝である。
 


  1月23日− 


 プランクトンたちの
 死骸が堆積するかのように
 暗く深い海の底に
 ゆっくり降りてゆくかのように

 大粒の牡丹雪が
 音もなく降り続いている
 時間の進み方までもが
 凍えて鈍くなってしまったのか

 一つ一つは消えるのに
 消えて無くなる少し前に
 新たな粒が舞い降りてきて

 やがて大地が受け止め
 木々の葉や草が受け止めて
 しだいに積み重なってゆく
 


  1月22日− 


「いい歌声には〈音の精霊〉がたくさん集まるのよ」
 冬木立の緩やかな坂を麻里と並んで歩きながら母が言う。
「音の、精霊?」
 娘の麻里が聞き返すと、母はゆったりした口調で答えた。
「そう。歌の花、音譜の木の実……音の海を泳ぐ音の魚たち。目に見えない〈音の精霊〉は空を飛んで、音をつかまえて運んで、山があればこだまさせるのよ」
「そうなんだ」
 麻里はそう喋ってから、言葉の響きを感じ、周りを見た――。
 


  1月21日− 


[野原の管理人]

 見渡す限りの野原一面に
 白銀の花が咲いている

 ここでは七色の虹さえも
 真っ白なカーテンとなる

 その雪の花を空へ返し
 雲の代わりの苗にすれば

 空から澄んだ色を貰えて
 野原に蒼い花を咲かせられる

 それが私の冬の仕事だ
 


  1月20日− 


 池の氷の白い紋様は
 誰の書いた言葉でしょうか
 
 冷たい夜風?
 まばゆい朝陽?
 
 それとも――
 


  1月19日− 


 葉を落とした枝の間から、澄みきった氷の青空が覗ける。森はゆうべ降り積もった粒の細かい粉雪に覆われていて、ところどころに小動物の足跡が続いている。
 温かな上着と毛糸の帽子と手袋に身をつつんだ年頃の少女たちが、森の中を慣れた様子で歩いていた。
「〈海〉の〈砂浜〉って、こんな感じかなあ」
 さくさくと音がする軽い雪を踏み、靴跡をつけて歩きながら、妹のシルキアが呟く。すると姉のファルナが後ろから答えた。
「きっとそうなのだっ」
 冬の陽射しが微笑み、木々の影が雪の上へ斜めに映る。
「『いまはまだ白い大地だけど……』」
 シルキアが遠い空を仰いだ。それは誰かの知り合いの言葉を思い出しているかのようだった。続きは姉のファルナが語る。
「『いつか緑の野に、春の光が降り注ぐ』のだっ」
「ふふっ」
 それから姉妹は立ち止まって向き合い、大地を覆っている雪のように真っ白な息を高く大きく吐きながら握手するのだった。
 


  1月18日− 


[夢うつつ]

 長い黒マントをなびかせ、闇色の眼鏡をかけた背の高い男が呟くように言う。その声は小さかったが、直接頭に響いてきた。


《空腹を満たすために
 食事を取るように

 夢の中をさまよいながら
 眠気を食べるのです》


 そんな出来事があった。

 そういえば、その男を見て、その言葉を聞いたのは――。
 確か〈夢の中〉だったかな。
 


  1月17日− 


 冷たい小さな雨が
 目の前を通り過ぎていた

 それが風に乗って
 不意に大きく舞い上がる

 見上げてみれば
 あまたのパラシュート

 あの〈上昇〉の身軽さが
 白い天使たちの証拠なんだ
 


  1月16日− 


[朝風の虹(1)]

 枯れ草の野と、点在する家々の間を霧の塊が流れてゆく。
 村の外れの少し小高い場所から見下ろすと、レイベルの家の窓にちょうど橙の朝日が当たっていて、まばゆく輝いている。
 ナンナが手袋の右手を掲げ、友達のレイベルに声をかけた。
「じゃあ、始めるね☆」
「うん」
 レイベルが心なしか潤んでいる瞳を輝かせる。それから小さな魔女のナンナは目を閉じ、精神を集中させて呪文を唱えた。
「йфζбщ……フォブラーノ!」

「わあ〜っ」
 変化は確実に起こり、レイベルが歓声をあげた。温かな吐息は白く舞い上がり、冷え切った早朝の空気に溶けていった。
 朝日の当たる彼女の家の窓が、鮮やかに色を変えたのだ。

(続く?)
 


  1月15日− 


 灰色の雲が少し割れて、黄金(きん)の空が覗いている。乾燥していて雪はないが、霜がおりた枯れ草は白い。時折、甲高い雄叫びをあげて行き交う北風に、木々の枝が震えている。
 表面だけ凍りついた池は、湯気を吐き出すことはない。夜更けから昼間まで、つかの間の眠りについている。そして小鳥たちは朝早くから薄暗い空を低く翔け、枝を渡り、鳴いていた。
 いつの間にか昇っていた太陽が灰色の層から遠慮がちに顔を出し、朧(おぼろ)にささやかな輝きを町に振り撒いた――。
 


  1月14日− 


 寒空の高みでは
 透き通った青い雪が降ります

 凍り付いた空を
 のみで叩いて
 青い雪を降らすのです

 最後に雲の層を通せば
 白い雪の出来上がりです
 


  1月13日− 


 雲の峰が遠ざかり
 青空が広がって
 秀麗な山並みが姿を現す

 消え行く昨日の雨の湿度が
 澄んだ風の中で囁いていた
 


  1月12日− 


 光の粉は強い塩
 初雪は白いお砂糖
 通り雨はみりんのように
 
 天の恵みは調味料
 今日はどんな
 心のお料理できるだろう
 


  1月11日− 


 冬晴れの朝は
 冷たい光で満ちている

 鏡の池は白く濁り
 大地に小さな柱が並ぶ

 白髪の老婆のような
 それでいて赤子のような――

 たとえ雪が降らなくとも
 素朴な色が囁いている
 


  1月10日− 


 夜が染み込む

 目から
 鼻から
 耳の穴から

 最初はひっそりと
 だんだん、じわじわ

 夜に追い出され
 睡魔はしばし離れて

 人が燈した明かりの下で
 覚醒する
 


  1月 9日− 


「あたし、学院の先生の話が印象的だったなあ」
 リンは遠ざかった記憶を丁寧に集めながら昔話を始めた。
「風に溶けた水溜まりが空に還り、虹や雪や雲をつくります」
 そこでいったん止め、少し間を置いてからリンは再び続ける。
「この目に映る世界は、見えないもので出来ています」
 それから、あいつはわざとらしく軽く咳ばらいをした。
「おっほん。魔法とは、そういう見えないものから、見えるものを作り出す作業のことです」
 一通り言い終わると、はにかんだ微笑みを浮かべる。その〈学院の先生〉とやらの言葉がだいぶ気に入っているようだ。

 ――。
 


  1月 8日− 


 冬木立に
 小春の光が降り注ぎ
 土は冷たく渇いている

 省略された昼を
 凝縮した明かりの帯が
 一つ先へと手を伸ばす

 枯れ葉はもういない
 とはいえ雪も降らぬ
 季節の収縮は緩く連なる
 


  1月 7日− 


 星たちの光文字も
 木漏れ日の言葉たちも
 辞書はいつでも
 安らいだ心なのだ
 


  1月 6日− 


 夕霧の生まれた丘に
 夜の芽は育ち始め
 光の下での思い出は
 心の奥に刻まれた

 今はただ
 美しい追憶の狭間に
 記憶の果てに、永遠に
 あの時は立ち止まっている
 


  1月 5日− 


 あれは雨の言葉?
 それとも雪の言葉?

 曇り空の下で
 頬に触れた冷たいものは――
 


  1月 4日− 


 冬の空気は望遠鏡
 遠くに連なる山々を
 はっきり見せてくれるから
 


  1月 3日− 


[空と雪のメッセージ(2)]

(前回)

 親友のレイベルが少し心配そうに声をかける。
「ナンナちゃん、気をつけてね」
 すると小さな魔女は片目をつぶって応えた。
「平気だよ、レイっち!」
 ナンナはみんなの中から大股で一歩進み出した。そして斜め下を向き、眼を閉じて両手を組み、何やら呪文を唱え始める。
「ξφκζι……この雪の子たちを、空のおうちに返したまえ」
 子供たちはナンナの様子と足元に作った雪文字、頭上に遙かに拡がっている冴え渡った青空を代わる代わる見つめている。
「クァラレラァ! とんでけ〜!」
 蒼い瞳が見開かれ、ナンナは指を伸ばして強い声を発した。僅かな緊張の時が流れたあと、子供たちから歓声があがる。
「あっ」
「おお!」

(続く?)
 


  1月 2日− 


[空と雪のメッセージ(1)]

 静けさと歓声が混じり合いつつも共存している穏やかな午後だった。雪を固めて作った下手な文字が、地面に並んでいる。
〈新年おめでとう〉
〈いい年にしようね〉
 それを見下ろしているのはナルダ村の子供たちだ。
「さあ、出来たぜ」
「ナンナ、これでいいんだろ?」
「ほんとに大丈夫かい」
 髪の黒い子供たちは、一人だけ金の長い髪をしている小柄な少女ナンナに尋ねる。するとナンナは満面の微笑みで言った。
「魔女にまかせといてね☆」


  1月 1日− 


 冷えきった空気が
 光の通り道を磨いて
 鮮やかな輝きを見せてくれる

 あまたの星たちに
 きらめく願いを捧げる
 真新しい夜
 




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