[峠の麓で]
ケレンスが遥かな高みを仰いだ。畑の間を縫う山道が続く。
「これ登るのかよっ」
「農家に登れて、冒険者に登れないことは無いでしょう?」
仲間のタックが言った。上流の河を挟んだ狭い平地には数えるほどの古びた農家が軒を連ねる。左右から山迫る村には、馬車で登れそうにない細く急な道が曲がりくねって伸びている。
「あの峠を越えるのが近道との話だ。すまんが頼む」
ルーグが真面目な表情と口調で語るとケレンスは苦笑した。
「まあ、しょうがねえよな」
脇に立っている少女リンローナは、これから進む道の急峻さに絶句したが、やがて普段よりも低い声で強い決意を発した。
「すごい坂道だね……頑張らなきゃ」
「あんた、ケレンスに少し荷物持ってもらいなさいよ」
リンローナの姉のシェリアが気軽に言った。それを聞いていた妹と、荷物持ちに抜擢された少年が、同時にシェリアを見た。
「でも……」
困惑したリンローナは目を伏せ、ケレンスは怒り心頭だ。
「おいおい。俺だって、調理器具とか色々と持ってるんだぜ?」
「じゃあ、リンローナが転げ落ちたら、責任取ってよね」
腕組みし、斜めに構えたシェリアを、ケレンスは悔しそうに睨みつける。その時、横で見守っていたタックが仲裁に入った。
「まあまあ。僕とケレンスで分担しますから。ね、ケレンス?」
「俺は《シェリアのは》絶対に持たねぇからな」
恨みを込めてケレンスが言うと、シェリアは妹に話しかける。
「良かったわね、リンローナ。ケレンスたち、あんたの荷物は持ってくれるって。ほら、早く《ありがとう》って言っときなさいよ」
シェリアの方が上手だったのだ。妹は申し訳なさそうに言う。
「ケレンス、本当にいいの?」
「しょうがねえだろ!」
そっぽを向いて答えたケレンスの声は、何故か少し上擦っていた。シェリアはうつむき、作戦の成功にほくそ笑むのだった。
五人は立体的な村を登り始めた。朝もやが晴れると、鮮やかな青い空が覗き始める。草の露を溶かす陽の光もこぼれ落ちてくる。にわかに勾配はきつくなり、額や背中に汗をかいた。辛い道のりの後に待つ、村を見下ろす絶景を思い浮かべて――。
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