2009年 2月

 
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2009年 2月の幻想断片です。

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  2月21日− 


 夏の空を流れる雲の文字は
 冬になると地上に降りて
 樹の陰の長い伝言に変わるんだ


2009/02/21
 


  2月20日− 


[北の黄昏]

 既に太陽は沈んでいて、東の空は藍色に、西の空は橙色に変わっていた。その時、隣に立っているミラーがふと呟いた。
「降り注ぐ闇が清々しいねえ……」
 光が弔われるんじゃないんだ。
「ふーん」
 私は相槌を打った。冷たく透き通る、北国の静かな黄昏だった。ガルア公国レイムル村に、今宵もゆったりと闇が降り積もっていった。白い吐息をおぼろに浮かべ、私たちは歩き出した。
 


  2月19日− 


[南の島の放課後]

「へぇ〜、そういうことか」
 ウピが合点し、ルヴィルも同意する。
「ふぅ〜ん。最初からそう言えば分かりやすいのに」
「うーん……」
 講義内容をかい摘まんで説明したレイナは言葉を濁し、単純に肯うことはしなかった。白っぽい石で作られた南国ミザリアの学院は、開放的な青い空に抱かれている。学院生時代の魔術科の三人は校舎に背を向け、町の方に向かって歩いていた。
「あの爺さんの声、眠くなるんだよね〜。あれ、絶対、睡眠魔法が混じってるよ!」
 ルヴィルが身も蓋も無いことを言うと、ウピがほくそ笑む。
「しかも、強力なね」
「ふふふ」
 レイナは、今度はおかしさを拭いきれず苦笑する。直上からの陽の光が新しくまぶしく舞う、南の島の穏やかな乾季だった。
 


  2月18日− 


[搾天]

 月明かりを搾ると、光の雫がこぼれた。
 覆いつくす曇を搾ると、雨の涙がこぼれた。
 冷え切った空気を搾ると、風の息吹がこぼれた。

 空の布は、絞り絞られ、大忙しだ。
 それなのに、今日もあの澄み渡る清らかさなのだ。
 


  2月15日− 


[風の行く手]

 すると静かに土に還ってゆこうとしていた落ち葉たちが、病人がゆっくりと身を起こすかのように、浮かび上がっていったのだ。その色もくすんだ緑色に変わってゆく。尤も、春や夏の本物の新緑に比べると、明らかに見劣りのする色だったが。
「少しの間なら、これで何とかなるじゃろう」
 樹氷のような白いあご髭の老人は、斜め上を見てホ、ホ、ホと笑う。これで本当に風の行く手を阻む事ができるのだろうか?
 


  2月14日− 


 夕陽が山の端に近づくころ
 沈みゆく夕陽の速さで
 にわかに時の流れを感じて

 だけど空を照らした輝きは
 大きな弓を描きながら
 ずっと時を計っていた

 東の空に向かって
 温かさを背負って
 そろそろ家路をたどるとしよう
 


  2月13日− 


 大地の散歩ではなく、かといって空中浮遊でもない。
 木の枝先を渡るんだ。目まぐるしく、ひょいひょいと。
 細い枝、太い枝。木の実を避けて、葉を飛び越えて――。
 頭よりも体の赴くままに。景色は移ろい、変化に富む。
 
 さあ、曇り空から日がさしてきた。
 枝にぶつからないよう、葉に穴をあけないように。
 光を縫って。ほら、もっと自由に翔(かけ)よう。
 


  2月12日− 


「星の滝、それか星のカーテン……」
 あたしが言うと、兄はこう答えた。
「とにかく、星が縦に並んでればいいんだろ?」
「そうそう」
 うなずくあたしに、兄はこう言った。
「あるよ。それっぽい星の洞窟なら」
 大風呂敷じゃなけれりゃいいんだけど。

 さて、兄が案内してくれたのは山の頂上近くにある洞窟。
 小さな穴がたくさんあいていて、光が漏れている。
「まあ、本物の星の滝とは違うけど、あたしの想像に近い」
 ちょっとは褒めておいてあげなきゃね。
「そうだろ、そうだろ?」
 兄の得意げな声が、洞窟の中に響き渡った。
 


  2月 9日− 


「つまり、ここ数十年の世界の歴史は、マホジール帝国の瓦解の歴史といっても過言ではない」
 歴史学の教授が説明を続ける。ここはルデリア大陸北西部、メラロール王国メラロール市の学院だ。
「攻撃するための魔術と伝令能力に長けた魔術師軍団がフレイド独立戦争で壊滅し、軍事力と統率力に陰りが見えると、属国は次々と独立していった。大陸東部のラット連合、西の南ルデリア共和国、南方の離島ミザリア、東方のシャムル公国……」
 新しい地名が出るたびに、教授は大きな紙に記された世界の地図を指さした。北方や、良く分かっていない場所は曖昧に描かれている。
「しかし、我々と同じノーン族が住むリース公国は、いまだにマホジール帝国の影響下にある。これは由々しき事態だ」
 しまいには自分の感情を込めつつ、教授は説明を続けた。
 


  2月 8日− 


[ある晩]

 泉に黄金の満月がゆらめいている。
(おや、おかしいな)
 気づいたのは老いたフクロウだ。今宵は曇りだったからだ。

 池のほとりには、顔も服も全て蒼白い女性が立っていた。
 彼女がひしゃくで宙を掬うと、まばゆい液体が現れる。
 それを丁寧に傾けると、光がこぼれ、流星の太い筋になる。

 池に出来た二つ目の光は、円い銀色の月だった。
 樹の上のフクロウは少し首をかしげ、様子を見守っていた。
 


  2月 7日− 


 尾根を登り切ると視界が開けた。
「あれが、これから向かう場所……」
 シェリアがつぶやいた。小さな碧色の湖が見渡せる。
「あの湖の向こうに行くのですね」
 眩しい太陽に向かい、タックが額に手を当てて眺めた。緻密に変化する森の標高に合わせ、湖は深い入江を刻んでいた。
「魔法で橋が架けられたら、近いだろうになァ」
 幻の橋を描いてケレンスが語り、リンローナは相づちを打つ。
「そうだね。でも浮遊術が使えたら、ここから飛んでいけるよ」
 浮遊術はよほど上級の魔術師でないと使いこなせないのを説明してから、リンローナは感銘した様子で言うのだった。
「これは、きっと森と水のせめぎあう絵なんだね!」


2009/02/07
 


  2月 6日− 


 この建物自体が〈時〉を綴じた一冊の分厚い本であるかのように、ひんやりした図書館には少しの畏敬と緊張を孕んだ独特の空気が漂っている。あの向こうにゆれゆれている柔らかに注ぎ込む光は、斜めに差し込んで年月の埃を浮かび上がらせる。
「静かだね……」
 声をひそめながらも、物珍しそうに辺りを見つめながら、学生時代のウピが呟いた。ミザリア市の学院に併設されている図書館は由緒あるもので、蔵書もなかなかのものだ。天井は高い。
「なんか圧倒されちゃう」
 友達のルヴィルは瞳をしばたたかせた。レイナはうなずく。
「私は、期待で心臓が高鳴ります」
 三人三様の、初めての図書館だった。
 


  2月 5日− 


[止まる時、動き出す時]

 つららが幾つも垂れ下がり、宮殿のようになっている。雫が夢のように膨らみ、丸くなり、細長く伸び、ついに一粒目が零れ落ちる――。森に深く降り注ぐ樹光を浴びた一瞬、それは宝石にも鏡にもなり、ほんの僅かの間だけ彼の顔を映した。
「んー」
 毛皮の上着を羽織り、帽子をかぶった大柄な男が伸びをする。それは熊の仕草のようだ。それから彼は不敵に微笑んだ。
(夜更けから夜明けにかけて、時が止まる)

 北辺のノーザリアン公国、公都ヘンノオ町から更に東へ。森の中を行く雪に埋もれた街道をたどれば、氷に覆われた小さな村に着く。鼻から洩れる白い息をそのままに、彼は考えた。
(朝が来る前に、何もかも止まっちゃうように思えるけど……。いつも、それは辛うじて動き出すんだよな)
 雪と氷は溶け始め、色が生まれる。夜から朝へ向かって。
 


  2月 4日− 


 その昔、山の中に一人の魔女がいました。その魔女は意地悪でしたが、なぜかその意地悪が裏目に出てしまうのでした。
 例えば、村のお祭りの夜に、雨を降らせようとしました。
「雲よ集まれ、雲よ集まれェ……」
 しわがれた声で、杖を両手で握りしめながら祈ります。夜の空に漂う僅かばかりの綿雲が、やがて渦を巻き、重なり、黒くなって月の明かりを遮りました。
「ホォーイッ!」
 そして魔女が雄叫びをあげると、小さく重くまとまった雲は稲光を発します。そしてその場で大雨を降らせ、魔女をずぶ濡れにしたのでした。
 そして川は適度に潤い、村に恵みをもたらすのでした――。
 


  2月 3日− 


「待ってくださいの〜」
 サンゴーンがおっとりと呼びかけると、石の壁にのぼって帽子をくわえた三毛猫は一瞬だけ振り向いたが、すぐに関心なさそうに歩いてゆく。
「どうしましょうの……」
 珍しく買ってみた帽子を持って行かれて、サンゴーンは困惑気味に、彼女としては早足のつもりで歩いていくのだった。
 


  2月 2日− 


 花の色が、温かな光に照らし出されていた。町外れの丘に連なる農家の畑では、紫や白のサウィアの花が咲いている。亜熱帯のミザリア島では北国のような明確な四季はないが、柔らかな陽射しの下で、季節の谷間を彩る清楚で可憐な花たちだ。
「わ〜、きれいっ!」
 見渡して、ウピが感動とともに言った。隣のレイナもうなずく。かすかに潮の香を含んだ風が吹き、丘を駆け登ってゆく――。
 


  2月 1日− 


[風の交差点]

「駈け抜けてゆく声が聞こえる気がしませんか?」

『せっせ、せっせ』
『せっせの、せっせ』

「身を切るような強い北風が、空を掃除して通り抜けています。凍りついた青空は、さらに薄く、すべすべに磨かれています」

 テッテがそっと眼を閉じると、ジーナとリュアもそれに続く。青年と二人の少女は、北風の行き交う真っ只中に立っていた。
 




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