2009年10月

 
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2009年10月の幻想断片です。

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 10月31日− 


 すすきの穂は
 白い魔法のほうきだから

 上手に使って
 四方八方の風を集めれば

 積もり上がる
 落ち葉の山の道しるべが

 秋の光の中で
 七ツの草のありかを示す


2003/10/31 借宿前〜榎本
 


 10月30日− 


[時の果実]

 本来ならば色香漂う十八歳の女性であるネミラだが、今や服も髪の毛もボロボロになっていた。手袋も靴も泥だらけだった。
「やっと、やっと、やっとたどり着いた……」
 若干両目を潤わせながら、彼女はかがみ込み、樹の足元に右手を伸ばしていった。亜熱帯の地面には黄金色のいくつもの小さな丸い種が転がっている。それこそが求めてきたものだ。
「店長。これが〈黄金のなる樹〉の種に間違いありませんわ」
 助手のソアが言った。ネミラ同様、数々の危機で格好はくたびれているが、眼鏡の両目が異様なほど爛々と輝いている。
「やった……これでお店が一気に立て直せる」
 ネミラは無我夢中で〈黄金のなる樹〉の種をかき集め、持ってきた袋に詰め込んだ。袋が一杯になると二人は川辺に戻り、小舟に乗った。ソアの唱えた水の魔法で動き出すと、その後はさしたる冒険もなく、無事に妖しの無人島を後にしたのだった。

〜 ・ 〜 ・ 〜 ・ 〜 ・ 〜 ・ 〜

 シャワラット町の〈ウェルトン商会〉の裏には狭い畑がある。
「なかなか芽が出ないなー」
 毎朝水をやりつつ、仕事に精を出しながらネミラは待った。しかし一ヶ月経っても〈黄金のなる樹〉が芽を出す気配はない。
「店長」
 ソアが急に後ろから声を掛けたので、ネミラは飛び上がる。
「わっ、ソア。いたんだ。どうしたの?」
 驚かれたソアは全く表情を変えず、冷静に報告を開始した。
「〈黄金のなる樹〉の詳細が分かりましたわ」
「ほんと? ぜひ教えて!」
 期待に胸を膨らませたネミラに、ソアはこう言ったのだった。
「あの種が芽を出すのは、百年後だという事です」
 


 10月29日− 


[出立]

 夕刻になり、昼の明るさは西の空に収縮されていった。外は冷たい風が吹き始めていたが、部屋には温もりが残っていた。
 窓辺には少年と少女がシルエットになって立ちつくしていた。
「行かなくちゃならねえ」
 ケレンスは真剣な眼差しでリンローナの顔を見つめた。
 少年は再度、自分に言い聞かせるかのように語った。
「どうしても、行かなくちゃなんねえんだ」
「そう……」
 リンローナはうつむいて言う。ケレンスは鼻の頂上を右手でさっと拭き、それから白い歯を見せて悪戯っぽく笑うのだった。
「後悔したくないからな」
「うん」
 リンローナはうつむいたまま、首を縦に小さく動かした。
「じゃあな」
 少年は別れを告げ、玄関の方に向かって歩いていく。
「ケレンス……」
 少女は顔をもたげて呟き、去ってゆく少年の後ろ姿を目に焼きつけていた。そして影法師が消えると小さく溜め息をついた。

〜 ・ 〜 ・ 〜 ・ 〜 ・ 〜 ・ 〜

「ケレンス、どこかに行ったんですか?」
 二人の様子の終わり間際を見ていたタックが近づいてきて、リンローナに訊ねた。部屋には橙色の輝きが降り注いでいる。
「うん。出ていったよ」
 リンローナのあっさりとした答えに、タックは首をかしげる。
「剣も持たずに、ですか? この時間から?」
 ケレンスの愛剣は宿屋の部屋の片隅に置いたままだった。
「えーと」
 リンローナは一瞬答えるのをためらったが、すぐに視線をまばゆい窓の方に向けると、少し恥ずかしそうな口調で返事した。
「外のお手洗いに……」
「やはり〈お芝居〉でしたか」
 タックはようやく納得し、満足そうにゆっくりと浅くうなずいた。
「うん。時間があったから〈お芝居〉に付き合っちゃった」
 少女はそう応じ、困惑と楽しさの混じった笑顔を浮かべた。
 


 10月28日− 


[黄金の時]

 森には温かな光が降り注いでいたが、たまに通り過ぎる風は澄んで冷ややかだ。真っ青な空には白い薄雲が漂っていた。
 帽子をかぶったまま、ドルケン少年が手を挙げた。
「うっす。こんな所にいたんだ」
 そこは緩やかな坂の左右に楓の木が連なって立ち並んでいる場所だ。サミス村の子供らは、通称〈楓の谷〉と呼んでいる。
「こんにちはですよん」
 近くにいて最初に気づき、返事をしたのはファルナだ。村でただ一つの宿屋であり、酒場でもある〈すずらん亭〉の娘である。
 彼女は小さな籠を左腕で抱いており、その中には濃い緑や淡い緑、黄緑色、緑みを帯びた黄色の楓の葉が詰まっていた。どうやら熟す前に落ちてしまった楓の葉を集めているようだった。

 まさに、その時だった――。
 陽の光で編んだかのような一際目立つ黄金色の楓の葉がひらひらと飛んできて、ドルケンの帽子の上に舞い降りたのだ。
「あらっ」
 ファルナがおっとりと感嘆の声を発し、ドルケンの頭を見た。
「んっ?」
 注目を受けて不思議に思った少年は、帽子に手を伸ばす。
「おっと」
 彼は木の葉を手に取ると、まばゆい太陽に透かしてみた。

「ケン坊!」
 突然、坂の先から別の少女の声が発せられ、ドルケンを愛称で呼んだ。ファルナの声に似ているが、もう少し鋭さを感じる。
「シル子」
 ドルケンは呟いて、その声の方角を見た。
 そこにはファルナの妹のシルキアが立っていた。
「今行く!」
 シルキアも姉と同じような籠を抱えていたが、その上を手で抑えて葉が飛ばないようにしながら坂道を大急ぎで駆けてきた。踏みしめた茶色の落ち葉がパリッパリッと乾いた音を立てた。
「ケン坊、ケン坊!」
 愛称を呼びながらシルキアが近づくと、相手はたじろいだ。
「どっ、どうした……」
 シルキアはそこで首をちょっとかしげ、黄色の葉を指さした。
「よかったら、その葉っぱ、くれない?」
 彼女の籠には、赤みを帯びた黄色、赤、そして夕陽を思い起こさせるほど見事な真紅に染まった楓の葉が詰まっていた。
 わずかに頬を染めたドルケンはまばたきして、うなずいた。
「おう、あげるよ」

〜 ・ 〜 ・ 〜 ・ 〜 ・ 〜 ・ 〜

 山奥のサミス村に夜の帳がおりた。その晩も〈すずらん亭〉は一日の生業を終えた木こりや狩人、職人たちで賑わっていた。
「いらっしゃませ〜!」
 シルキアの元気な声が、一階の酒場にこだまする。
「只今、お持ちするのだっ」
 ファルナはテーブルを回って明るく注文を取っている。
 そして温かな輝きをふりまくランプがぼんやり灯る窓辺には、姉妹が森で拾ってきた楓の葉を長い紐に貼りつけて順に連ねた飾りが、何本か間隔を空けて天井から釣り下げられていた。
 それは若い緑から黄色、橙色、熟した赤へと、まるで季節の変化を示すかのように配置されていたが、そのちょうど真ん中に黄金色にきらめく印象的な葉があった。それこそが、昼間にドルケン少年が帽子で受け止めた、あの美しい木の葉だった。
 シルキアはその葉を見つめて、満足そうに微笑むのだった。

(おわり)


2003/10/04
 


 10月27日− 


[白銀と黄金(3)]

(前回)

「友達……」
 リリア皇女は相手の言葉を繰り返し、しばし呆然とした。
 会った瞬間からからララシャ王女の動作と言葉に振り回されてきた深窓の姫君は、まるで初めて呟いた単語であるかのように、その〈友達〉という言葉の響きを噛みしめているようだった。
 長い時間のような数秒が経過した後、瞳は現実に戻り始め、焦点が合ってくる。すると皇女は少し視線を提げてうつむいた。
 屋敷の長い廊下を日陰の涼しい風が駈け抜けてゆく。リリア皇女のドレスの裾が揺れ動き、ララシャ王女の髪がなびいた。
「あたし、友達なんていなかった。王宮には」
 薄雲から太陽が顔を出すかのように、ララシャ王女の口調が若干柔らかくなった。それを感じたのか、相手は顔を上げた。
「そうなんですか」
「そうそう。あたし、町で仲良くなったから」
 おてんばな南の王女はやや声量を落とし、いたずらっぽい笑顔で相手に語りかけた。自慢するわけでもなく、強制するわけでもなく、謙遜するわけでもなく、自然な言い方と微笑みで。
 それは〈友達〉という言葉を口にするだけで恥ずかしがったり照れ隠しをしたりした以前のララシャ王女とはまるで違っていた。この間、格闘好きのわがまま王女は、同年代の〈町で仲良くなった〉友人たちとともにリューベル町まで航海をしてきた。
 今やララシャ王女の横顔は、強く静かな自信と、以前では考えられなかった彼女なりの落ち着きとに満ちあふれていた。

「あんたも……じゃない、リリア皇女も」
 南の姫は言い直し、そこで息を飲み込んで相手の目を見た。
「町に出れば、新しい友達が見つかる。あたし保証するから」
 ララシャ王女はうっすらと額に汗をかいていた。傍目には感情に任せて言っているように見えつつも、実際は慎重に言葉を選んでいるようだ。おてんば姫は相手の左肩に右手を重ねた。
「そうすりゃ、きっと、もっと楽になるわよ。絶対!」
 他国の王女から突然の激励を受けたリリア皇女だったが、心打たれた様子で立ち尽くし、素直な瞳をうっすらと潤わせた。
「はい」
 皇女が震える声でうなずくと、髪の銀の輝きが揺れ動いた。
 少女たちの様子を、やや離れたところで二人のマホジール帝国の騎士が見守っている。微動だにしない騎士たちは、まるで古の時代に取り残された灰色の二体の石像のようだった。

 次の刹那、ララシャ王女が武術で鍛え抜かれた身体を素早く動かしてリリア皇女に近づき、小柄な相手の耳に口を寄せた。
「じゃ、会議で。シルリナの奴に負けんじゃないわよ!」
 遅れて、一陣の爽やかな風が生まれた。
 因みにシルリナ嬢とは、北の大国メラロールの王女である。
「ええ」
 いくぶん頬を紅潮させてリリア皇女がうなずいた時には、ズボン姿のララシャ王女は早くもその場を去って、歩き始めていた。
「じゃね!」
 ちらちらと舞い降りる陽射しの欠片に、王女の髪が金に輝く。
 遠ざかっていく南国の王女の後ろ姿を見つめながら、斜陽ながら伝統ある国家の次代を担うリリア皇女は目を細めていた。
「生気がほとばしっている方」
 そして溜め息混じりに、こう呟くのだった。
「なんて我が国とは異質の方なのでしょう」
 当代随一の野心家である南ルデリア共和国代表のズィートスン氏や、本格的な外交デビューながら清楚さと頭の回転で群を抜いているシルリナ王女たちと会議でやり合って行く重責を担ったリリア皇女にとって、ある意味では性格の最も異なるララシャ王女との個人的な接触は鮮烈な印象を残したようであった。
「他国には様々な個性の方がいますね」
 リリア皇女は傍らの騎士に語りかけたが、返事はなかった。
 すると彼女の瞳の輝きは急速に薄れてゆくのだった。
「行きましょう」
 やや早口に、自らに語りかけるように言ってから十五歳の皇女は歩き出した。その後ろ姿は小さく儚げに見えるのだった。

(おわり)


2007/05/25 ハイデルベルク
 


 10月26日− 


 西の風が吹いたあとに
 東の風がやってきて
 
 高く高く上っていった風の壁の
 あの頂はどうなっているのだろう
 


 10月25日− 


 冷えた雨粒が
 降り止もうとしていた
 
 掌で温めたら
 消えてしまったけれど
 
 あれは本当に
 ただの雨粒だったのかな――
 


 10月24日− 


[北国の再会]

「あれ、あんた……シェリアちゃんじゃないかい?」
 ラブール町で声をかけられたシェリアは眼を見開いた。
 彼女はうかつにも〈どうして知ってるわけ?〉などと訊ねずに、まずは相手の姿を上から下までねめつけ、しっかり検分した。
 相手の男は二十代の後半くらいで、ウエスタル族特有の青っぽい髪をしていた。肩や腕は筋肉質で、良く日焼けしている。
「あなた、誰?」
 シェリアは、ある程度の目星がついていて念のために確認するような、割と親しみの籠もった声を発して誰何(すいか)した。
「忘れちまったか? ザイランだよ」
「ザイランさん。こんな所で会えるなんて!」
 シェリアが笑顔になった。その輪に妹のリンローナも加わる。
「お久しぶりです!」
「君、シェリア嬢ちゃんの妹さんの。大きくなったねー」
 ザイランに頭を撫でられると、妹は恥ずかしそうに微笑んだ。
「えへっ。リンローナです」
 
 ザイランは、姉妹の父親で船長を務めているミシロンの部下である。彼らは故郷モニモニ町を遠く離れての再会を楽しんだ。そして姉妹は父親の近況を詳しく聞き、安堵するのであった。
 


 10月23日− 


「さよなら」
 と手を振ると、その人が答えた。
「なあに、また会えるさ」
 僕は言えなかった。また会えるなんて。

 僕の気持ちが分かったのか、その人はこう言った。
「なんなら天上界でな、先に待っとるから」

 翌年、パルチの町から訃報が届いた。
 僕は、本当に天上界での再会に期するしかなくなった。

 再会の日を、できるだけ遅らせてやりたいと思う。
 その方が、きっとあの人に褒められると思うから。
 


 10月22日− 


[空のかなた]

 灰色の雲の層に挟まれて、空が赤く染まっていた。
 それはあっという間に薄暗くなり、灰色に同化していった。

 明日もまた晴れますように。
 どうか明日に会えますように。

 明日に会いたくて会えなかった君に代わって。
 空のかなたに祈りを捧げた。
 


 10月21日− 


[雲になる]

「雲に乗るんじゃなく、自分が雲になればいいんだよ」
「え、どうやって?」
「雨が降るだろ。そのあと、水溜まりに待機する」
「うん」
「で、水溜まりからニョキっと、水蒸気が吹き出す」
「ニョキっと?」
「その水蒸気につつまれているうちに、眠くなる」
「ふむ」
「で、眠くなると、身体が雲になる」
「はぁ?」
「眠くなければ、水蒸気は身体を避けていくからダメだ」
「はぁ。何だそりゃ。そんなもんかね?」
「そんなもんよ」
「……」
「……」
「降りる時は、どうすんの?」
「降りる時? 知らん。次の雨を待てば?」
「え……」
 


 10月20日− 


 夜空のかなたに
 光をつまんで投げることが
 叶うなら――

 その輝きは
 金の砂になるのかな
 銀の星になれるかな
 


 10月19日− 


 時間を越えた向こうから、幽霊馬車がやって来る。
 
 これしかないんだ。
 あの日に間に合うには。
 
 僕は目を大きく開けて腕を伸ばし、飛び乗った――。
 


 10月18日− 


 ――小さな雨が降り続く
 ――山の向こうは、雪かしら
 


 10月17日− 


[白銀と黄金(2)]

(前回)

 マホジール帝国の属領であるリース公国を舞台に〈四ヶ国会議〉が始まっていた。斜陽の国家を何とか維持していこうとしているマホジール帝国のリリア皇女、十五歳。南国ミザリアからやってきた、おてんばで名を馳せるララシャ王女、十六歳。
 ひっそりと月夜の野に咲く白銀(しろがね)の花を想起させるリリア皇女と、まぶしい太陽の下で輝く黄金(こがね)の大輪の花がふさわしいララシャ王女、という風に二人の印象は対照的だったが、二人の瞳に宿る意志の光はそれぞれ清く、強かった。
「何よ、町が見下ろせるだけじゃないの」
 空やら大地やらを見ていたララシャ王女が不満そうに言い放ち、硝子のない窓から首を引っ込めた。少し驚いていた様子のリリア皇女だったが、落ち着きを取り戻して微笑むのだった。
「左様でございます」
「はぁ?」
 一瞬、ララシャ王女は今まで見たことのない動物を見るかのように目を見開いたが、すぐに腕組みして短い考えに耽った。やがて過去の記憶の中から、今と同様の経験を拾い上げた。
「あんた……じゃないや、リリア皇女って、レイナに似てる」
「レイナさん、ですか。存じませんが、外交官の方でしょうか」
 リリア皇女の疑問に、おてんば王女はけろりとして答えた。
「あたしの友達!」


 10月16日− 


 背丈の倍ほどしかない低い木には木の葉が茂っている。
 だが、その木の葉たちは肌色で、形も妙だった。
 シェリアが指摘し、顔をしかめる。
「何これ。耳よ」
 リーダーのルーグはさっきから既に険しい顔をしていた。
「触らない方がいい」
「向こう側が騒がしいな」
 ケレンスが言った。行ってみると口の花たちが騒いでいた。
「目の木とか、あるのかなぁ」
 リンローナが呟いて、ぶるっと背中を震わせた。
 その時、地面に無数の目が――。
 


 10月15日− 


「どこから盗んできたんだい。今すぐ返してきなさい!」
 母が怒鳴り、僕は思わず目をぎゅっとつぶった。

 町の明かり、星明かり――。
 確かに僕は夜の明かりを搾り取ったんだ。
 


 10月14日− 


[白銀と黄金(1)]

 屋敷の長い廊下に開いている窓から、いささか古い形の深い蒼い色のドレスに身を固めた小柄な少女が外を見ていた。その少し後ろには、帯刀していないものの鎖の鎧と兜を着用した二人の騎士が、少女を守るようにして辺りに注意を配っている。
 静かな廊下の向こうから、突然、慌ただしい足音が響いてきた。それは走りたいのに何らかの事情で走れず、やむなく早歩きしているように思えた。騎士たちががそちらに目を向ける。
「もー、めんどくさいったらありゃしないわ!」
 不満を叫びつつ前傾姿勢で歩いてきたのは、長い金の髪を後ろで結わえ、綺麗に編み込まれたズボンを履いた少女だった。
 窓際のドレスの少女は振り返った。二人の視線が交錯する。
 ズボンの少女はふと足を止め、妙な言葉遣いで尋ねた。
「何してんの……ですか?」
「ララシャ王女」
 ドレスの少女は相手の名を呟き、何か答えようとした――が、その前にララシャ王女は素早く動き、彼女のすぐ横に立った。
「リリア皇女。なんか面白いもの、あるわけ?」
 ララシャ王女は、一言目よりもずっと砕けた調子で訊いた。


 10月13日− 


 南国の日が傾き、西の空は金色に輝き始めた。
 サンゴーンは庭に干してあった服を取り込みにかかった。
 スカート、ブラウス、タオル、その他の下着類だ。
 それらを顔に当てて、サンゴーンは幸せそうに呟いた。
「お日様の匂いですの〜」
 南の島の一日が、ゆっくり暮れようとしていた。
 


 10月12日− 


 咲いている、ではなく――。
「秋のお花が笑ってますわ」
 サンゴーンは、確かにそう言った。
 笑っている――と。
 


 10月11日− 


[赤い実、夢の実、季節の実]

「かわいい実♪」
 丘の上の木陰で休んでいた時、リンローナが背の低い樹を見上げて喜んだ。その枝先にはたくさんの赤い実がついていた。
ラーファ様のお恵みだね」
「そういえば、この辺りって果実酒も有名なのよね」
 シェリアが言うと、ケレンスも昨日の酒場の会話を思い出す。
「おっさんが言ってたよな。『葡萄酒だけじゃないぜ』って」
「楽しみだわ」
 夢を膨らませるシェリアに、ケレンスも同調して盛り上げる。
「俺も飲みてぇな」
「でも、何か次の仕事を見つけてからになりますよ」
 パーティーの財布の紐を握っているタックが釘をさした。
 その様子をリーダーのルーグは温かい目で見守っていた。


2009/10/11
 


 10月10日− 


 目覚めると、冷えた空気が顔に触れていた。
 秋の朝が旅の宿を充たしていた。
「ウーン」
 寝転がったまま伸びをして、それから布団を蹴る。俺は荷物の上に投げ出してあった薄手の上着を羽織り、部屋を出た。

 平屋の建物を出ると、見慣れた草色の髪が視界に入った。
 リンが軽く背中を反らし、大きく腕を広げて口を開け、首を後ろに曲げて空をあおいでいた。元々が小柄だから、何だかリスを思わせる小動物じみた雰囲気を感じた。俺はすぐ声をかけた。
「何やってんだ」
「あ〜」
 リンは妙な声をあげた。それから背中を真っ直ぐにし、腕を閉じて首を下ろし、俺の方に向き直ってから、顔をほころばせた。
「青空に浸かってたんだ」

 俺は空を見上げた。
 確かに、浸かるのにふさわしい、青い蒼い空だった。
 


 10月 9日− 


 静けさに満たされた、銀色の泉のほとりで。
 水が生まれてくる、この場所で。
 緑ヶ池で――。
 
《この筒を洗い、浄化するのじゃ》
 村の長老の声が頭の中に響き渡った。
 
「グルルルゥ」
 その時、確かに聞こえた。
 遠くない場所にいる獣の低い咆吼が。
 
 少年は恐怖を振り払うかのように叫んだ。
「来るなら、来やがれッ!」
 少し震える手で、剣を構える。
 静けさが、しばらくその場所を支配した。
 


 10月 8日− 


[留まる日]

「今日はやめといた方がいいかもな」
 朝食後に宿の親父が言うと、シェリアが神妙にうなずいた。
「私も同意見だわ」
「こんなに晴れてるのにか?」
 ケレンスは立ち上がり、窓の外を見つめた。
 雲が速い。手に届きそうな低い空を流れてゆく。
 それは明るい川面を滑ってゆく霧のようだった。

2009/10/08

「女のカンってやつかしらね」
 シェリアが飄々とした口調で言うと、宿の親父も続いた。
「男のカンってやつかもな」
 そして二人は目配せし、面白そうに吹き出した。
「ぷっ、はははっ」
「ほんとかよォ」
 ケレンスが首を傾げると、そばで見ていたタックが言う。
「しばらく出発を見合わせた方がいいと思いますよ」

 結局彼らは午前中、様子を見ることに決めた。
 やがて暗くなって風が強まり、大粒の雨が降り始めた。叫びながら突風が吹き荒れて、屋根や壁に雫たちを叩きつけた。
「すげぇな」
 灰色の雨が風に翻弄されているのを窓辺で見ながら、ケレンスがつぶやく。そこを通りかかった宿屋の親父が、こう言った。
「夕方、薪割りでもやるか? 宿泊代、考えてやるぜ」
「うー、相談しとくぜ」
 ケレンスはそう答えた。少年は視線を再び窓の外に向けた。
 


 10月 7日− 


 物語の終わりは
 いつも白紙になっている

 歴史と未来と現在(いま)は
 ずっと作られ続けるから
 


 10月 6日− 


 甲高い音と漆黒だけが、その夜に残された世界のすべてに思えた。風の流れが速く、時折、猛烈に高い声を上げた。
「空が……叫んでる」
 茣蓙(ござ)を敷いたベッドに横たわったまま、ウピが呟いた。その語尾もかき消されてゆく。
 重い夜の底で、素朴な白い石造りの家はいかにも頑丈で力強く、大地に根を張って耐えている。雨戸は厳重に閉じられていた。雨は降っていないが、風だけが幾重にも流れている。
「不思議だね。そんなに叫んでるのに、静寂に思えるから」
 声の谷間、ウピは風に言い聞かせるように呟いた――無駄な装飾の省かれた、清らかなくらいの荒々しさがそこにあった。
 
 ウピはおもむろに上半身を起こした。闇に満たされている部屋は、じっと外の様子を伺っている家の中の聴覚のようだった。
 また一群れの風が駆けてゆき、怖いくらいの叫びをあげる。
「うちの中にいれば、大丈夫」
 ウピはそう呟き、小さく温かな溜め息をついた。
 彼女は再び身をベッドに委ねようとした。
 
 と、その時だった――。
 視界の隅を光の筋道が横切ったのだ。

(続く?)
 


 10月 5日△ 


 背負っていた荷物を草の上に置くと、背中に結構汗をかいていたのが分かる。立ち止まったので、汗が急に冷えてきた。
 木に寄りかかって腰を落とし、両足を投げ出す。一つ大きく息を吐いてから荷物を引き寄せ、ゆうべ買った食事を取り出す。塩味の乾し肉を堅いパンに挟んで頬張る。どっと唾が出てきた。
「僕も頂くとしましょう」
 左隣にタックが腰を下ろし、荷物を解いた。

 白樺の森の一本道はあまり急な傾斜もなく、なだらかに続いていく。今日は光の代わりに弱く冷たい雨が降り続いていた。
「空は明るいな」
 雨は降っているが、雲は薄かった。俺が空をあおいで呟くと、右隣に立っていたリンが小さな茶色の帽子を脱いで頷いた。
「うん」
「くしゅん」
 顔を両手で隠してくしゃみをしたのはリンの姉のシェリアだ。
 他方、戦士のルーグは剣の鞘を腰の辺りにぶら下げたまま、立ちんぼで背中を白樺の木に預け、黙々と食事を摂り始めた。

 風が吹くと森の木の葉たちがざわついた。向こうから来た飛脚の馬が駆け去ると森はしんと静まり、雨音も良く聞こえた。
 やがて俺たち五人も、再び白樺の道を歩き始める。今日の道のりは急な峠もなく、次の町はそんなに遠くない。午後の早い時間には宿を見つけ、久しぶりにゆっくりと過ごせそうだった。
 


 10月 4日− 


 
 晴れた日には陽の光を浴びて
 雨の日には雨粒を受けて
 青空や星空を眺めて
 穏やかに、空と風を愛して――
 
 それが一番の歓びである。
 
 
 
 街道の路傍の石碑には、そう刻まれていた。
 


 10月 3日− 


 青空に漂う白い雲は
 霧のように薄くて
 蝶のように生まれ出て
 低い空を快く進んだ――
 
 その先が詰まっていて
 雲の大地の糧となることを
 彼は知らずに
 


 10月 2日− 


 ナンナは地面にほうきの柄を突き立てた。
「レイっち、棒を足で挟んでね」
 レイベルは恐る恐る、ほうきの枝を太腿で挟んだ。
「よーし、行くよっ」
 小柄なナンナはそれから呪文を唱え、飛び上がった。
 少女がしがみつくと同時に、ほうきは上昇を始めた。
「一気に上がるから、気をつけてね♪」
 ナンナは楽しげに言うが、レイベルは棒をつかんで必死だ。
「ひゃあ!」
 横に倒れた姿勢のまま、急速に浮かび上がっているからだ。
 しかし上手くいき、穴が近づいてきた。地上はもうすぐだ。
「山のおへそ、脱出だよ♪」
 ナンナは精神を集中させた。レイベルは目を閉じる――。
 


 10月 1日− 


「あ〜あ、馬車かよォ。船の方が早いんだろうに」
 剣を持ち、不精髭を生やした痩せて背の高い男が言った。
「仕方ないだろ。金ねえんだから」
 恰幅のある、杖を手にした壮年の男が言った。
 
 空は澄んで青い。西の風に吹かれるかのように、戦士と妖術師は港町モニモニから内陸のメポール町へと向かっていた。
 




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