2009年11月

 
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2009年11月の幻想断片です。

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 11月30日− 


 木を巣立った落ち葉たちは
 凍てつく雪空を越えて
 匂いたつ春の野を目指す

 業火が残らず森を焼き尽くしても
 彼らは知らず
 遥か遠くに飛び去っていった
 


 11月28日− 


[光の季節]

「日が短くなりやがったなぁ」
 歩きながらケレンスがぼやいた。町に入る頃、すでに陽射しはだいぶ傾いていたが、今や空は橙色に染まり、建物の陰影は深かった。冷たい風が流れ、夕方が腰を下ろしていた。
「もう暗闇ばかりの季節になっちまうのか。夏がひたすら恋しいぜ……」
 ケレンスが夕焼け空の向こうに夏を描くと、隣を歩いていた少女が顔を上げた。
「きっと暗闇ばかりじゃないと思うよ」
 言ったのはリンローナだ。うろんそうに見下ろすケレンスに、小柄な少女はこう続けた。
「あたし、冬は〈光の季節〉だと思うの。闇が深くて長い分、光を頼りにしなきゃいけないから」
「ふーん。光の季節、か」
 ケレンスが興味を示して相手の言葉を繰り返すと、リンローナの表情は明るくなった。
「うん。早い時間から、おうちにランプがあかあかと燈るんだ。それをみんなで囲んで、お食事にするの。空には数え切れないほどのお星さまが輝くんだよ」
 夢見るように語るリンローナに、ケレンスの口元もほころぶ。
「面白え考え方だな。リンらしいぜ」
「えへっ」
 褒められた少女は、はにかんだ微笑みを浮かべた。

 酒場の横を通りかかると、店員が入口のランプを灯すところだった。生まれたての輝きが、薄暗くなる町の片隅を照らした。
 光の季節――。
 それはもう始まっているのかも知れない。
 


 11月23日− 


 ランプの明かりの池を通り過ぎたのは
 ほんの小さな白雪のかけらたち

 冷え切った時間も一秒ずつこぼれ落ちて
 あの向こうでは澄んだ結晶になるのだろう


2009/11/22 雪のかけら
 


 11月18日− 


[立ち止まる秋]

 鼻から白い煙が立ちのぼる。昨日の雨の名残で、森に続く坂道は少しぬかるみ、赤や黄色や茶色の落ち葉は湿っていた。
 濃灰色のハンチング帽子をかぶり、羊毛のマントを羽織った少年は、傾斜が緩くなった場所で立ち止まり、後ろを振り向く。
 遠い都メラロールの方には低い山並みが連なり、そこに雲の大陸が重なっていた。雲の下側には水色の空が覗いていた。
「お前たちも、寒いんだろうな」
 サミス村で暮らすドルケン少年の言葉は、切れ切れの白いもやとなって空の高みを目指したが、雲にはなれずに凛とした朝の底に溶けていった。少年の視線は山々に向けられていた。
 山奥の村は緩やかな谷のような形状になっていたが、そこを朝霧が漂っていた。確かにそれは丘の吐息のように見えた。
 ドルケン少年は一段と深く帽子をかぶり直し、それからきびすを返して静寂の村に背を向け、森の方に歩いてゆくのだった。
「帰ってくる頃には、いっぱいになってるはずだな」
 まだ空っぽのマントのポケットを、彼は手で探って確かめた。

 秋は立ち止まり、人も立ち止まる。
 揺蕩う時、惑いは落ち葉となり、どこか遠くへ流れていった。

 そしていつしか冬が吹いてくる――白く、厳然と、聖らかに。
 人々は吹き荒ぶ風と雪に耐える。前へ前へと進みながら。


2009/11/18 立ち止まる秋
 


 11月14日− 


[風の素]

 晩秋のシャムル島の空は、熱い灰色の雲に覆われていた。どこから来たのか、黄金色の木の葉がひらひらと舞っていた。
『師匠、雲に穴が開いたようです』
 三十歳も年の若い弟子のテッテの声が魔法の風に乗って耳元に届いた。カーダ氏は険しい表情のまま、声を送り返した。
「油断するでない。ここからが本番じゃ」
『分かりました』
 カーダ博士は、デリシ町の丘の向こうにある自宅の〈七力研究所〉の窓に顔を寄せていた。もともと曇っている質の悪い古い窓硝子は、博士の吐息と鼻息で余計に見えづらくなっていた。
「風の魔法を出来るだけ細く長く絞り、曇り空に風穴を開ける。ここまでは予定通りじゃ。わしの理論は今回も完璧じゃな!」
 低い声で独り言を呟き、博士は悦に浸った。その声は見えない魔法の風に乗って、離れた場所にいるテッテに伝わった。
 それを聞いた弟子のテッテは、うっかりして愚痴を呟いた。
『師匠の〈完璧〉は、正直不安ですね』
「馬っ鹿もん! たわけ者が」
 地獄耳のカーダ博士が聞き逃すこともなく、魔法通信で怒鳴られたテッテはしばらく耳の奥がきぃんと鳴り響くのだった。
『も、申し訳ありません……』

〜 ・ 〜 ・ 〜 ・ 〜 ・ 〜 ・ 〜

「風を起こして雲を放逐すれば青空が現れるのじゃから、今度は逆に青空を崩せば、高品質の〈風の素〉が採れるはずじゃ」
 カーダ博士は、繰り返し弟子に説明した理論を改めて披露した。広い野原で実験を行っているテッテは、丁重に応答した。
『了解しております』
「よし、行くぞォ。何はともあれ、ここからが本番。風の魔法をもっともっと細い糸状にして、青空の本体に穴を開けるんじゃ!」
 地面近くから空に向かって竜巻の棒のように鋭く旋回する風音に混じって、テッテは師匠の指示を聞いた。青年は足下に置いてある目立つ水色の臼の上に、やはり空色で塗られた重いふたをかぶせていった。その頂には、細い穴が開いている。
『只今、風を絞りました!』
 棒のように伸びていた風は、今や針のように鋭くなり、空をえぐろうとした。風を生み出している水色の臼はガタガタと揺れ始めたので、テッテは慌てて腰を落とし、両手で押さえつけた。
「そのまま、しばらく耐えるんじゃ!」
 テッテ氏は自宅の〈七力研究所〉の窓からもはっきり見える風の筋を見つめ、弟子を激励した。このまま我慢していれば、空から真っ青に染まる〈風の素〉が採取できる――はずだった。
『ひゃあ! 風が、急に強くなりました!』
 テッテの悲鳴が聞こえる。カーダ博士は眉間に皺を寄せた。
「もしや、こぼれた〈風の素〉が、風の針を増幅させたか?」
 火に油を注ぐかのように、地上に設置した魔法の臼から伸びた細い灰色の竜巻は、勢いと不安定さを急激に増していった。
『駄目です! 撤収します!』
 テッテの悲痛な叫びは風にかき消されそうだった。カーダ氏はここで負けてなるものかと、懸命に魔法通信を送り返した。
「馬鹿もん、お前はいつもそうではないか! 耐えるんじゃ!」
 しかしテッテの返答はなかった。空に突き刺した風の爪は、翼を広げるように膨張したあと、弱まりながら消えていった。
『はぁ……すみません、風の臼のふたが飛ばされました』
 しばらくして聞こえてきた若い弟子の荒い息づかいと報告を、カーダ氏は苦虫を噛み潰したような顔で受け取ったのだった。
「畜生め。わしの理論は完璧じゃったのに……」

〜 ・ 〜 ・ 〜 ・ 〜 ・ 〜 ・ 〜

 翌日、デリシの町の石畳の上に、宝石くらいの小さな青い珠が落ちているのがいくつも見つかった。好奇心旺盛で怖いもの知らずな、学院に通っている男子生徒の一人が拾い上げた。
「何だ、これ?」
 ひんやりと冷たい感触のある珠をつまみ、指先に力を込めると、その透明な青い石は風を発しながら小さくなって消えた。
「それ、あたしにちょうだい!」
「うちにも!」
 それはたちまち商店街の婦人たちの評判を呼び、しまいには高値でやりとりされたという。彼女たちは町に敷き詰められた石畳の道に立って、青く澄んだ〈風の素〉を胸元に構えた――。
「飛んでけ〜!」
 指先でつまむと石から爽やかな風が生まれた。それは通りに散らばった街路樹の落ち葉をもう一度宙に浮かべ、飛ばした。婦人たちは器用に使いこなして、落ち葉を片づけたのだった。

(おわり)
 


 11月 9日− 


[季節の雪]

「寒っ」
 短く呟いたシーラの吐息が、酒場の窓から漏れる黄金色の光の中で朧気に白く漂い、消えた。北国センティリーバ町の夜を充たした澄んだ空気が、暖まった頬に突き刺さるかのようだ。
「雪でも降りそうだなァ」
 並んで歩くミラーが言った。すぼめた口と鼻の穴から銀の煙が立ちのぼっている。彼は裾の長い黒い上着の襟を立てた。
「この空じゃ、降りようがないと思うけど」
 シーラが歩き出しながら言った。空は満点の星空であった。
「天気じゃなくて、寒さについて語ったんだが……」
 ミラーが固い声で応じ、不服そうに口を尖らせた。他方、薄紅の顔で少し酒臭い息を発するシーラは、相手の不満を一挙に吹き飛ばすかのように、男の左肩を機嫌良く右手で押し出した。
「大丈夫! 分かってるって。揚げ足取りしてみただけ」
「ふーん」
 ミラーはやや不満そうに言った。会話が途切れて、静かな夜の港町に、しばらく二人の足音だけが幻のように響き渡った。
 
 東町の酒場通りを右に折れると、辺りはかなり暗くなった。シーラは少しずつ速度を落とし、立ち止まって空を仰いだ。秋の終わりが近づいている今の季節、晴れてさえいれば毎晩のように星が美しく輝いているので、普段は深く見つめ直すこともない。
「きれいな星空ね。改めて見ると」
 腕組みをし、二十五歳の女性が呟いた。彼女に合わせて歩みを止めた同い年のミラーが軽くうなずくと、シーラは続けた。
「あの星が、雪になって降ってきそうね」
 そして彼女は機嫌を取るかのようにミラーの方を見つめた。
「雪なら、明日にでも見せてあげようか」
 早くも機嫌を直したのか、幾分声を弾ませてミラーが答えた。空気は冷たいが、珍しく風のほとんどない晩秋の宵であった。
「黄金と、琥珀色の入り混じった雪を」
 向き合ったミラーが楽しげに付け加えると、シーラは訊ねた。
「もしかして、風の魔法で落ち葉掃除とか?」
「あ……」
 黒い上着の男魔術師は一言呟いて絶句した。その小さな淡い吐息の固まりが、夜につつみこまれて溶けていった。居座りかけた気まずい沈黙を吹き飛ばすようにシーラが取り繕った。
「あれ、もしかして図星だった? それだけ、私がミラーのことを分かってるって事じゃない? これって、ちょっとすごくない?」
「う〜ん……ま、そういう事にしとこうか」
 気持ちを切り替え、ミラーは歩き出した。シーラも後を追う。
 
「ねえ、あした見せてよ。落ち葉の雪を!」
 足を進めながら、シーラがミラーの右腕に抱きついた。
「貴女のお望みの通りに。夏の光の雪や、春の花吹雪でも」
 ミラーはわざと声色を変え、騎士であるかのように喋った。
 どこか道端で、微風に吹かれた枯れ葉が乾いた音を立てて笑った。二人の旅人が泊まっている宿屋はあと少しだった。
 恋人たちの吐息と足音が遠ざかってゆき、やがて消えた。
 後には静けさと、満天の星空が残された。

(おわり)
 


 11月 6日− 


[風の唄(2)]

(前回)

「ええ。唄です」
 テッテが優しい言い方で相づちを打った。ジーナとリュアは、次に青年が何を話してくれるのか、期待して注目している。
 森の研究所で暮らすテッテは、決して断定をせず、あくまでも自らの考えを伝えていくという話し方で考えを紡いでいった。
「この世には、色々な唄があるのではとないか思います」
「風も?」
 待ちきれなくなったジーナが訊ねると、テッテはうなずいた。
「ええ」
 青年は右手をゆっくりと挙げて、木々の緑の屋根を指さした。
「唄の音には長さがあり、強さがあり、動きがあり、重なりがあります。森の木洩れ日も、一つの唄なのかも知れませんね」
「……」
 ジーナはちらちら揺れる木洩れ日をまぶしそうに見つめた。
 次に言葉を発したのは、今まで黙っていたリュアだった。
「光の長さ、明るさの強さ……きらめきの動き、輝きの重なり」
「ええ。光と風と森が奏でる、果てしない唄だと思います」
 テッテが同意すると、リュアは少しうつむいて、はにかんだ。
「それなら星のまたたきだって、そうじゃない?」
 テッテを見上げてつっけんどんに聞いたのはジーナだ。小柄な身体から溢れんばかりの気力と好奇心を発散させている。
「そうですね。星も唄っていると思います」
 青年が落ち着いて答えると、ジーナは歓びを爆発させた。
「やった〜!」
 傍らのリュアは夢見がちな瞳を大きくまばたきさせ、呟いた。
「お星様の唄……」

(続く)
 


 11月 5日− 


[思惑(2)]

(前回)

「だけどォ〜、気分は上々なの〜♪」
 その間もメリミールの唄はゆったりと続き、しだいに盛り上がっていった。他にも子供や青年、若い女たちが立ち止まった。
「何かしら、あの唄」
「変なオバサン!」
「でも歌唱力はすごいですな」
「歌詞は滅茶苦茶だけどね」
 人々はメリミール女史を半円状に取り囲んだ。彼女の後ろには〈焼き栗屋〉があり、食欲をそそる匂いを振りまいている。
「なぜかしら〜、なぜかしらァ〜♪」
 吟遊詩人の唄の問いかけに、観客らは一様に首をひねる。
「わかんない」
「そんなもん、分かるか」
 そう言いつつも何かを期待している雰囲気が広がっていた。

 木の葉を散らす晩秋の涼しい風が通りを駈け抜けていった。すると〈焼き栗屋〉の香ばしさも見えない尾を伸ばすのだった。
 ポロロン、と楽器を爪弾いてから、吟遊詩人は息を吸った。
「秋は、美味しい食べ物が、増えるから〜♪」
 メリミール女史の答えは、秋の空高く吸い込まれていった。
「はぁ?」「え?」
 観客たちが一斉に叫んだ。大きく膨らんだ疑問は、すぐに諦めの溜め息に代わり、次にしらけた雰囲気が辺りに蔓延した。
 メリミール女史はそこですかさず即興の歌詞を紡ぐのだった。
「例えばぁ、それはぁ、焼きマロン〜♪」
 観客たちは愚痴を呟き、メリミール女史の半円の包囲を解きながら、今度はなぜか〈焼き栗屋〉の前へ一列に並び始めた。
「つまらん唄を聞いたから腹が減った」
「そうね」
「栗でも食べて、帰ろうぜ」
 ところで吟遊詩人はおもむろに楽器を片づけると、何食わぬ顔で〈焼き栗屋〉の裏口に入っていったが、特に誰にも気づかれなかった。通りがかりの人の中には店の行列が気になって新たに並ぶ者も出始め、続いた列はなかなか短くならなかった。時ならぬ繁盛で〈焼き栗屋〉の主人はてんやわんやとなり、表の大通りから裏の小道の方まで香ばしさが流れていった。

 客が掃けた後で〈焼き栗屋〉の主人は心の底から機嫌が良さそうな笑みを浮かべ、二十ガイトの銀貨を相手の掌に載せた。
「ありがとう。俺の思惑は大成功だ」
「ど〜ゥも〜」
 宣伝費の銀貨と、おまけの焼き栗を受け取ったメリミール女史は、今宵の宿屋を目指して夕暮れの大路を歩いていった。
「私の思惑も大成功でしたわ」
 生きるためには意外としたたかな一面も持つ彼女であった。

(おわり)
 


 11月 4日△ 


 すべてが収斂してゆく
 この清らかな季節に

 心が強く動き始めて
 新たな事が生まれ出づる

 歩いていこう
 涼風の向こうに

 見えない時は
 あの青空のかなたに
 


 11月 3日− 


[風の唄(1)]

 少し冷えた風が、シャムル島の森を通り過ぎていった。
「今の風、気持ちいい!」
 八歳の小柄な身体を目一杯に響かせて、ジーナが叫んだ。
「私も……」
 その隣に立っている級友のリュアがゆっくりと眼を閉じる。
「次が来ますよ」
 二人の斜め後ろに立ちつくしていたテッテ青年が告げた。

 木洩れ日がちらちらと瞬いて、木の葉たちはサワサワと鳴った――子守唄のように。風は、いくつかの長さと幅と強さが異なる凹凸を持っていた。軽い足取りで駆けてきて、後ろで結わえたジーナの黄金の髪と、肩のあたりで切りそろえたリュアの銀色の髪を揺り動かすと、夢のように緩やかに去っていった。
「一つの唄が通り抜けましたね」
 テッテが微笑むとリュアは頷いたが、ジーナは首を傾げた。
「うた〜?」


 11月 2日− 


[思惑(1)]

 町の〈焼き栗屋〉からは栗を焼く香ばしい匂いが漂っている。
「秋の終わりィ〜、葉っぱが落ちますワ〜♪」
 突然、メラロール市の街角で立ったまま即興で歌い始めたのは、年齢不詳の女性だった。小さな木の弦楽器にバンドを付けて斜めにかつぎ、ポロポロと指先で奏でながら高らかに唄う。
「何だ、吟遊詩人か」
 荷物をかついでいた男がギョッとして立ち止まった。
「私の観客も、落ち葉のように減りまァす〜♪」
 真面目なのか不真面目なのか――妙な歌が商店の壁に反響し、大通りの遠くまで届けられた。歌い手の女性は旅にくたびれた革のマントを身にまとい、フードをかぶっていた。その姿は確かに誰がどう見ても旅の吟遊詩人であり、吟遊詩人はこの町では少なくないのだが、女性は珍しいので目を引いた。
「あっ、メリミール女史
 分厚い本を小脇に抱えた通りすがりの少女が足を止める。
「あの人の知り合いかい?」
 干し豆や干し果物を満載したカートの間から表に出てきた乾物屋の老人が、白い口ひげを動かしながら嗄れ声で尋ねた。
「いいえ。昨日アルミス様の宮殿の前で見た方です」
 少女の答えに対して、顔や手に深い皺が刻まれていて自らが干物の一種であるかのような乾物屋の店主はうなずいた。
「ほう。それにしても良い声じゃな」


 11月 1日− 


[ふたりの森]

 風がざわめき、あまたの木の枝が動いた。
 森に降り注ぐ光量が絞られ、とある一点を指し示した。
 鮮やかに、一本の白樺の樹の足元が照らされた。

 一、二、三、四、五、六、七、八、九、十――。
 心臓がちょうど十回鼓動を打った。

 風が収束し、場の緊張は解れ、光の指先も薄まっていった。
「これが答え?」
 マレーヌは落ち着かない様子で無造作に髪を掻き上げた。
「かもね」
 カルが応じると、マレーヌは光に示された場所を見据えた。
「なにあれ。奇跡?」
「わからない」
 カルは首を振った。微笑むような、困惑するような顔で。

 会話が途切れると、今度は何の他意も含んでいないかのような心地よい秋風が流れた。マレーヌの表情がふっと和らいだ。
「あたし信じてみようかな」
「神様はいるか分からないけど……」
 カルは少しうつむいた後、顔を上げて静かに信念を語った。
「僕、森の精霊や風の精霊はいると思うんだ」
「うん」
 マレーヌは素直にうなずく。カルは白樺の樹を指さした。
「行ってみよう。あの樹の足元に」
 少年と少女は落ち葉を踏みしめ、その樹に近づいていった。
 




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