2010年 3月

 
前月 幻想断片 次月

2010年 3月の幻想断片です。

曜日

気分

 

×



  3月31日○ 


[柔らかな風]

「そうなんですの〜」
 大きな瞳を瞬いたサンゴーンは、歩きながら友の話に相槌を打った。
「そうそう」
 レフキルが微笑みながら話を閉じた。
 二人の会話の合間に、爽やかな強い香りが溶け込んできた。道を彩っているのは南国特有の鮮やかで大きな赤い花だ。
 降り注ぐ陽の光を浴びて、二人の少女たちも、咲き誇る花も、新しい季節も、時も――さまざまなものが聴覚では捉えられない産声をあげていた。
「まぶし〜っ」
 レフキルが額に手を当てて、リィメル族に特有の長い耳を動かした。短い登り坂の頂上では視界が開き、広がる海に輝きのかけらたちが遊んでいる。
 緩やかな下り坂にさしかかったところで、レフキルは端的で簡潔な質問を投げかける。
「走っていい?」
 海の深くに、空のかなたへ続いてゆく坂道だ。
 一瞬ののちに――隣のサンゴーンは瞳をきらめかせて、うなずいた。
「ハイですの!」

 そして二人は春風の仲間となった。

サンゴーンレフキル
 


  3月29日− 


 雪と雨の狭間の
 あられの堅い音が
 屋根と、こころに届いてきた
 


  3月 6日− 


[柔らかな風]

 揺れ動いていた赤茶色の髪が止まった。
「おっ、咲いてる」
 早春の紅の花を指差したのは骨董屋の娘のサホだ。以前は後ろで小さく結んでいたこともある髪は、今は短く切っていた。
「今は寒いけど……」
 友達のリュナンの言葉には実感と重みが伴っていたが、彼女は嬉しそうに頬を和らげて、遠い空を見つめるのだった。
「春はもう、すぐそこだね」
 通りを颯爽と、新しく柔らかな風が駆け抜けていった。

サホリュナン
 


  3月 2日− 


 波のように
 季節は行きつ戻りつ
 ゆらゆらり
 


  3月 1日− 


「この霧の奥深くに、幻の城が……」
 森を抜けて、乳白色の霧に満たされた小道に、俺は立ちつくしていた。
 先の見通しは利かないが、城があるのは確かだった。
 




前月 幻想断片 次月