2010年 8月

 
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2010年 8月の幻想断片です。

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  8月14日− 


[夏の水、太陽の風]
 
「ふぁ〜っ、冷たいっ」
 靴を脱ぎ、石の階段に腰掛けて両手をつき、リンローナは流れゆく川に足を伸ばした。気持ちよさに思わず瞳を強く閉じる。
 木漏れ日がちらちらと揺れているのが、まぶたを閉じていても感じられる。日陰を通り過ぎる涼しい風が薄緑の髪を撫でる。
 むくんで火照った足が、鎮まってゆく――。
 
「おい、リン、流れんなよー」
 ケレンスの声が背中の方から聞こえた。すると少女は目を開けて振り向き、階段の上に立つ少年をまぶしそうに見上げた。
「うん、大丈夫。これ、とっても気持ちいいよ。代わる?」
「そんなら私に代わってほしいわね」
 ケレンスの横から現れたのはリンローナの姉のシェリアだ。
「お姉ちゃん、待ってね、今出るから!」
 そう言ってリンローナは川から両足を引っ込め、地面を確かめて立ち上がると、丁寧に靴を履いて石の階段を登り始めた。
 
 その時、強い河の風が吹いて、リンローナはよろめいた。
「あっ」
 少女は短い声を発し、姉のシェリアは身を固くした。助けるためか、剣術士のケレンスは思わず敏捷な仕草で動きかけた。
 だがリンローナは両腕を伸ばしてバランスを取ると、身軽に階段を登り切った。冒険者になりたての頃のひ弱な印象は、夏の日差しとルデリアの森と大地に育まれる中で薄れつつある。
「じゃあ、私が使わせてもらうわ」
 ほっとした様子を隠して、シェリアは足早に階段を降りてゆく。日焼けをしたリンローナは、横に立つケレンスに微笑んだ。
「川も風も、あたしの大切な友達なんだ」
「おう」
「だから、大丈夫だよっ」
 両手を後ろ手に組み、リンローナは仲間のルーグとタックの待つ大きな木へ歩いてゆく。ケレンスがその姿を目で追っている時、川の方からはシェリアの満足そうな声がするのだった。
「これ、いいわね〜」
 折しも、森を駆け抜けてきた強い風が太陽を受けて川面を揺らし、旅人たちの心を運んで、どこまでも遠く流れていった。


Rhein(2007/05/25)

リンローナ ケレンス シェリア
 


  8月 5日− 


「夕暮れにはじまる風を背に受けると……」
 タックが呟いた。青く澄みきっている空は、しだいに黄色みを帯びている。日陰を通り抜ける風は、はるかな次の季節から吹いてきたかのようだ。
「いつかの秋の森の、黄昏時の風を思い出すよ」
黄昏時の風?」
 並び立つ幼なじみのケレンスが短く応じ、しばらく遠い目をして考えたのち、返事をした。
「そういや、そんなのもあったよな……あの妖精族、名前は忘れたけどさ、ちゃんとやってるっかなァ」
「エリヴァンさんだね」
 タックが言うと、ケレンスは大きく両手を上げて首の後ろで組みながら、少しけだるそうに言った。
「そうだなー」
 
 その時、木の葉のそよぎとともに、波のように涼しさが近づいて来る感覚が膨らみ――二人の背中越しに一段と醸造された透明な夕風がすり抜けていった。
「あの日も、こんな風だったな」
 蒼い目を細めてケレンスが懐かしそうに呟いた。
 繋ぐ街道に乗る小さな町に、今日も静かな夜が訪れようとしていた。
ケレンス タック リンローナ
 


  8月 4日− 


 あの強い光の精霊たちを集めて
 夏の夜の湖に乗せたら――

 黄金の花
 白銀の月のように

 そこはお祭りの場所になるはずだよ
 


  8月 3日− 


 強い光が遊び、陰はひっそりとたたずむ。
 さまざまな碧に彩られ、時折涼やかな風の駆けぬける夏の森を、オーヴェルはゆったりと歩いていた。
「光と陰の交錯……」
 風がゆけば、木の葉たちのざわめきとささやきが生まれる。
 オーヴェルはひときわ大きな楡の木の下で立ち止まり、森の空――木々の屋根を仰いで呟いた。
「生き物の呼吸のように」
 それから彼女は森と同化するかのように目を閉じて、深呼吸をする。森の匂い――新鮮な味が身体の奥底まで染み込んでいった。
「私もきっと、この世界の……」
 その語尾は夏の風に溶けて、遠く運ばれていった。

2010/08/03
オーヴェル
 




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