2010年10月

 
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2010年10月の幻想断片です。

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 10月31日− 


 また少し夜が背伸びした
 冷たい雨が風を洗った
 
 歩き出す道はぬかるみ
 足を取られそうになるけど
 
 舞い散る落ち葉たちに
 遠い春の夢を乗せて――
 
 きっとまた夕焼けに会える
 橙に染まる町の片隅で
 


 10月30日− 


 春の強い風のあとに
 花は散って、夏が来る
 
 秋の強い風のあとに
 葉は散って、冬が来る
 
 風が季節を運び
 物事を入れ替えてゆく――
 


 10月29日− 


 森の奥まで、朝日が指先を伸ばした。薄い蒼色の空の下、光と交錯する瞬間、草におりた露たちは虹色にきらめいた。
 
「光、水、森の精霊……よく調和している」
 土を踏み締めて歩きながら、オーヴェルが言った。
「私もこの中に溶け込めるでしょうか」
 高らかな鳴き声を残して、近くの枝から鳥が飛び立った。
 
 オーヴェルは口ずさむ。音の精霊を頼りに――。

オーヴェル
 


 10月28日− 


 秋の森で拾い集めるのは
 落ち葉だけじゃないでしょう
 
 夢のしずく
 心のふるえ
 思い出のかけら――
 


 10月27日− 


 耳元をヒュウとかすめて北からの風が通り過ぎる。
「冷たい風が、空を磨いてるのかな」
 暖かい格好をしたレイベルは、薄い蒼に透き通る広い空を仰いだ。
「こういう風の中を飛ぶの、好きだよ〜」
 ナンナは語り、さらに言葉を加えた。
「風と一緒になれるからね☆」
「走る突風も、追い越しちゃうの?」
 レイベルがいたずらっぽく尋ねると、ナンナは金色の前髪を揺らして、大きくうなずくのだった。
「もっちろん!」

ナンナ レイベル
 


 10月26日− 


 ランプの明かりの中で
 秋桜の橙の花が
 鮮やかに、艶(あで)やかに
 闇の上に浮かび上がる――

  白い翼の舞う夜は
  月の光が美しくなる
 


 10月25日− 


 シャンの右の頬は昼から夕暮れに移り変わる陽射しを受けて僅かに赤く染まっている。
「あの向こうに、ミザリア島がある……」
 彼は大陸南部に位置するエスティア領ミラス町の高台に立ち、柔らかな曲線を描くエメラリア海岸の白い砂浜、港にもやう大小の船と風を孕んだ帆、貴族たちの邸宅たち、町を行き交う馬車や人――を見つめていた。
 どこかの煙突からは煙が立ち、緑の照葉樹の並木道は広々と町を貫く。
 東の空に雲は出ているが、西の空では細かく散らばっている。それはいつか見た航海図、遥か南方の弧状列島を示した地図を思い出させた。
「いつか、きっと行こう」
 彼は言い、想いを馳せた。ミラス町と定期航路で繋がる南国ミザリア島の、果てなく広がる遠浅の碧の海を思い浮かべて。

シャン
 


 10月24日− 


「ほらっ、赤い実!」
 モニモニ町の学院の帰り道、ナミリアが指さした。その向こうに広がっている空は夏に比べると高く遠ざかり、深く蒼かった。
「ネルミアの実だね」
 街路樹の下で立ち止まり、小柄なリンローナは背伸びした。
 その時、麗しき風が流れ、二人の少女の髪を揺らした――。

 海を渡ってくる西風は、あの青空のように涼やかで透き通っている。リンローナは草色の瞳を閉じ、気持ちよさそうに言った。
「あの波に住んでる、お魚さんが見えそうな風だなぁ……」
「風の中に魚が住んでるなんて、リンらしいよね〜」
 ナミリアが感心した様子でうなずくと、リンローナは照れくさそうに笑った。十三歳の少女たちが感じた秋は、寂しさよりも豊かさや優雅さにあふれ、明るく優しく、和やかにきらめいていた。
 
 二年前の、南ルデリア共和国・モニモニ町での出来事だ。


2010/10/23

リン ナミ
 


 10月14日− 


 空の風、海の波、
 ずっと遠くまで続いてる
 不思議で素敵な音楽たち

 ――とある秋の日の、サンゴーンのメモより

サンゴーン
 


 10月11日− 


[その先に待つもの]

「ぐんぐん登ってるよ?」
 リュアが不安そうに、前を進む同級生のジーナに声をかけた。さっきの分岐を左に分かれた後で急な登り坂となり、木々の根元たちを乗り越えながら山道は上へ上へと続いていった。
「橋がある」
 ジーナが言った。そこには短い丸木橋が架かっていて、下には先ほど右側に分かれたはずの小道が続いていた。その道の両側はデシリ町の背後に広がっている深い森の一部だった。
「ジーナちゃん、危ないよ。戻ろうよ」
 リュアの悲鳴のような声を聞いても、ジーナはたじろがず、目で高さを測るかのようにじっと橋の下を見ていた。森をくぐり抜けて流れる秋の風が木の葉を奏で、少女の金の髪を揺らした。
「気をつければ、きっと行ける」
 振り向いたジーナは真剣な目をして友達に言った。
「でも……」
 リュアは胸の前で手を組んだ。ジーナは前に向き直り、両腕をまっすぐ横に伸ばした。そして風の音に耳を澄ませた。
 波が引いていくかのように、ざわめきが静まってゆく。鳥の歌声も曲の切れ間にさしかかった。時が、二人に舞い降りる。
 
「見てて!」
 ジーナは素早く丸木橋に登ると、小股で一歩、二歩、と慎重に進み始めた。リュアは何も言えず、息を飲んで見つめる。
 腰を低くして、一歩ずつ確かめながら渡ってゆく。下はもう見ないで、前だけを見つめて。残り五歩、四歩――三、二、一。
 そして最後は、向こう側の世界へ思いきり飛び降りた。
「やった」
 そこでジーナにいつもの笑顔が戻り、友達に手をさしのべる。
「ほら、リュアも!」
 二人の間に隔たる丸木橋を、再び動き出した時が――風が通り抜ける。リュアは友を見て、丸木橋を見て戸惑っていた。
「向こうに、なんか見えるよ! こっち来て!」
 ジーナは橋の向こうに続いていく森の小径を指さした。

 色々な思いで高鳴る心臓に軽く右の手のひらをを添え、リュアは瞳を閉じた。聖守護神ユニラーダに強く祈りを捧げる。
 まぶたを開くと、陽の光が降り注ぐシャムル島の森に架かる橋に向かって、少女はゆっくりと確かに歩き始めるのだった。

ジーナ リュア
 


 10月 7日− 


「夕暮れの波が押し寄せる。夏よりも、ずっと早く」
 すれ違った老人の言葉が耳の奥に残った。
 


 10月 3日− 


(休載)
 


 10月 2日− 


[秋の星座]

「よいしょ」
 メイザが窓を開けると、光のヴェールの向こう側から、ひらひらと紅い葉が舞い降りてきた。
 まだみずみずしさの残る葉をつまみ上げ、朝陽に透かして、彼女は遥か遠くを見つめた。
「秋……」
 大陸東部、北国のマツケ町には、深い蒼の空に白い雲たちが流れている。涼しい風が迷い込み、メイザの若い黒髪を揺らした。
 彼女は朗らかに微笑み、宿屋の外にある樹を見つめた。
「おはよーございます……どうしたんですか?」
 ベッドから上半身を起こした同室のマイナが、少し眠たそうに尋ねた。
「おはよう。ご機嫌いかが」
 メイザは振り返って後輩に丁寧な挨拶をしたあと、再び窓の方に視線を戻した。
「木の葉の色も、雲たちも、みんな秋の星座なのかもね……」
「えっ?」
 驚いたマイナに、メイザは何も言わず、優しい微笑みを浮かべた。

メイザ マイナ
 




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