2010年11月

 
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2010年11月の幻想断片です。

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 11月30日△ 


[風の糸(2)]

 甲高い声を発し、鋭く冷たい風が通り抜けた。ケレンスとシェリアは風の吹いてくる北の方角に背を向け、上半身を曲げた。
「きっと、南の国はまだあったかいんだよな」
「案外、そんなでもないんじゃないかしら」
 シェリアの返事は素っ気なかった。大陸の南西部、モニモニ町の冬はそれなりに冷えた事を思い出していたからだった。
サンゴーンのやつに、この国の雪を見せてやりたかったぜ」
 震えながら呟いたケレンスに、シェリアは白い吐息で応じた。
「あの子の事だから、そのうち、またひょいって来るんじゃない」
「そうかもな」
 ケレンスがうなずいた。染み込む冷たさは雪を予感させた。

ケレンス シェリア
 


 11月29日− 


[風の糸(1)]

 青い空に、太陽を隠して縁取りの輝く雲が浮かんでいる。
「風が、だいぶ澄んできたね」
 レフキルが言い、まぶたをゆっくり閉じた。微かな潮の香りの混じっている南国の風が背中を撫で、少女の髪を泳がせる。
 雨季は遠いかなたに過ぎ去って、島は乾期を迎えている。
「メラロールの国では、きっと雪が降り始める頃ですわ」
 サンゴーンはまばたきをし、夢見るように心を膨らませた。その瞳の向こう側には、不思議な訪問を果たした北の大地と、はるか遠く隔たった友人たちの面影が鮮やかに浮かんでいる。
「この島じゃ無理だけど、いつか見られるといいね」
 レフキルの言葉に、サンゴーンはしっかりとうなずいた。

レフキル サンゴーン
 


 11月28日− 


「この海は、モニモニ町に続いてるんだよね」
 灰色の海を見ながら、リンローナは思いを馳せた。
「空だって繋がってるぜ」
 そう言ったケレンスに、少女は答えた。
「でも、あたしは船に乗ってこの国に来たから……それに海の方が、故郷の景色を鮮やかに思い出せる気がするんだ」
「そうか」
 それ以上、少年は何も言わなかった。二人はしばらく並んで、曇り空の下の、時を刻む波の歌声を聞いていた。

リンローナ ケレンス
 


 11月27日− 


「今日はあったかいですね」
 湯気を発するソーセージの棒を握ったまま、マイナが言った。
「んぉんぉ」
 すでにソーセージを口いっぱいに頬張り、棒だけを引っ張り抜いたユイランは、意味不明な摩訶不思議なる言語で言い、顔をしかめて熱そうに口を大きく開いた。
「ふぁっつい!」
「……冬の風、来る」
 キナが低い声で呟いた次の刹那。
 鋭く冷たい空気がすっと通り抜け、マイナは凍えた。
(さすが疾風のキナさん。風読みができるなんて侮れないな)
 偉大な先輩たちから学びたいと改めて思ったマイナだった。

マイナ ユイラン キナ
 


 11月23日− 


「寝ぼけた花が咲いてるなぁ」
 光がたっぷり差し込む窓辺では、季節外れの夏の花が咲いていた。南ルデリア共和国のモニモニ町、朝の光の中で、ナミリアは優しく微笑むのだった。

ナミリア

2010/11/23
 


 11月22日− 


「季節も、夕暮れでしょうか」
 あかあかとした白い光に頬を染めて、オーヴェルが呟いた。
 冬を迎える前の晩秋は日暮れ前の黄昏、初冬は日没直後の残照に思える。一年間もまた、大きな一日なのだと改めて感じる、高原の村に息づく二十一歳の若き賢者だった。

オーヴェル
 


 11月21日− 


 玲瓏たる月あかりが闇の大地をうっすらと浮かび上がらせる。風は冷たく、遥か高みから音もなく降り注ぐ銀の光も冴え渡っている。
 池の真ん中に月が映っている。その月が、瞳のようにまばたきすると、しだいに大きくなり始めた――。
 


 11月20日− 


 どこまでも続いている
 すすきの野原を泳いで
 出口を探すこともなく
 終わらない秋を彷徨っていた――
 
 私に連れられて〈冬の始まり〉という次の時間に抜け出した青年は、そう呟いてから熱い紅茶のカップを持ち上げ、すすった。
 


 11月19日− 


[空の思い出]

「森の中を抜ける時に、空が広がっていって……」
 レイベルが懐かしそうに目を細めた。
「だだっ広い空もいいけど、だんだん広くなる空もいいね☆」
 空の申し子であるかのような、魔女の卵のナンナが言った。
「森の中でも外でも、空の青さ、深さは変わらなかったよね」
 あの日の様子を瑞々しく思い出しながらレイベルが語った。

ナンナ レイベル
 


 11月16日− 


 昨日の雨は草の湿り気に名残を残していた。雲が輝き、その雲が割れて光が溢れ出した。透き通った薄い青の空は、家々の向こうに清く気高く広がっていた。落ち葉が一枚、風に流れて通り過ぎ、遙か遠いどこかへと、速やかに舞っていった。
 


 11月15日− 


 柔らかい光の中で
 角がとれて丸くなる、心――
 


 11月14日− 


[木の葉のパレット]

「どれにしようか〜」
 落ち葉を入れた篭を木のテーブルに広げ、八歳のジーナは目移りしていた。森の広場は木漏れ日がちらちらと輝いている。
 その横で、同級生のリュアは優しげに目を細め、細い筆を手に取って宝石のように散らばる青空のかけらたちに透かした。
「落ち葉の絵の具を、風に溶かして……」

「あっちの方がいい色があるんだけどなー」
 木の葉のパレット――まだ落ちていない紅葉の葉や緑の葉を見上げてジーナが残念そうに呟くと、テッテ青年はこう語った。
「飛び立っていない子供の葉は、そのままにして下さいね」
 次の刹那、ジーナの目の前を鮮やかな紅い葉が横切った。
「あの色!」
 駆け出した小柄な少女はやがて木の葉に追いつく。リュアは不思議な絵筆を右手にしたまま、穏やかに微笑むのだった。

ジーナ リュア テッテ

木の葉のパレット(2010/11/14)
 


 11月13日− 


「夜が長くなると、朝のありがたさが良く分かるね」
 海の上で大地を、寒い中でぬくもりを思い出すように――。
 


 11月 9日− 


 澄んだ沼に、朝もやが漂っていた。

  陽が照れば金の光を
   月が浮かべば銀の雫を、
     茶色の葉が舞えば風の軌跡を、
      人が来ればその心を映して――。
 


 11月 8日− 


 月光はらり、
 こぼれ落ちて――
 
 輝きの木の葉は
 やがて白い季節に眠る
 


 11月 7日− 


[厄介で便利な喧嘩]

「というように、この町を統治している中枢部では、文治の魔術師派と武断の赤騎士派の対立が一層深まっている模様です」
 情報収集したタックの説明に、リンローナは顔を曇らせる。
「仲良くして欲しいなぁ」
「そんな簡単にいかないわよ」
 リンローナの姉のシェリアは実に素っ気ない。
 そして彼らは依頼された誘拐事件の真相に迫るため、どのように〈対立〉を利用するか、知恵を絞って作戦を練るのだった。

タック リンローナ シェリア
 


 11月 6日− 


 紅葉の葉っぱを大空に張れば
 天は黄色に、赤になる……
 


 11月 5日− 


 今年一番冷えた朝だった。小さな水たまりの表面に薄く氷が張っていて、不思議な紋様を描いていた。子供たちが靴の爪先で何度か蹴ると、それは白く粉々に砕けた。
 その近くに青い氷の破片が散らばっていた。このあたりでは知る者のいない色白の少女が、指の爪で青く澄んだ空を冷たそうにこすると、空は氷となって剥離するのだった。まるでカップのバニラアイスにスプーンを立てたかのように――。
 


 11月 4日− 


[広場の秋]

 広場の片隅の樹になっている小さくて鮮やかな黄色の実を見上げ、リュナンが感慨深げにつぶやいた。
「秋だねぇ」
「うん、あの黄色は、秋の深さを計る色さぁ」
 優しい光の降り注ぐ暖かな日だまりに、二人は身を浸していた。
 歩きながらサホが言う。
「暑くもないし、寒くもないし、最近調子良さそうじゃない?」
 太陽が薄雲に隠れ、町の色は薄まり、冷たい風が吹いた。
「まあ、今のうちはね〜」
 リュナンは以前よりもずいぶん血色の良い顔で、いたずらっぽく笑った。
 するとサホはおどけて目を見開くのだった。
「このォ〜!」
 折しも涼しい風が吹き、二人の横を通り抜けていった。

サホ リュナン
 


 11月 3日− 


(この舞い散る枯れ葉の一つ一つが音符だったら……)

 森の片隅で彼は思った。

 少しずつ違う茶色をした木の葉のメロディーたちは、連なる強い風のリズムに舞って、左から右へと優雅に流れていった。
 


 11月 1日− 


「う〜ん」
 ファルナは両腕を掲げて大きく伸びをした。
 光と風を紡いで、秋は深まる。鳥の歌声が響く静かな森に、木漏れ日は安らぐ季節の心となって満ちあふれ、木の葉は時の砂時計のように散っていった。
「豊かになると赤くなるのかな、陽射しも木々も……それって、酒場のおじさんたちも〜?」
 そこにいるみんな――森と風と姉――に妹のシルキアが問いかけると、ファルナは一瞬考えてからすぐにうなずくのだった。
「きっと、そうですよん!」
 それから二人は並んで村へ向かう坂道を降りていった。

ファルナ シルキア
 




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