[折節の薄暮]
「こんな穏やかな日だけど、あの山の向こうは《吹雪いてる》のかしらね」
シェリアは最近メラロール王国で覚えた《吹雪く》という言葉を強調して使った。彼女の故郷である大陸南西部のモニモニ町では、吹雪に相当する言葉は存在しない。
「ここはこんなに晴れてるのに、不思議だね」
窓の外、空の青さをまぶしそうに仰ぎ、シェリアの四歳年下の妹であるリンローナが言った。うっすらと広がる白い雲は氷のように冷たそうなのに、それでいて柔らかそうなのが不思議だ。
「でも確かに、東の山には《雪雲》がかかってるね」
中央山脈の方を指さして、リンローナが言った。先ほどの《吹雪〉と同じく《雪雲》という言葉も南ルデリア共和国にはない。
やがて夕暮れが来て空は染まり、深い闇と小さな灯火たちの瞬く温かな奥底へと、町も人も緩やかに沈んでゆくのだった。
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