2010年12月

 
前月 幻想断片 次月

2010年12月の幻想断片です。

曜日

気分

 

×



 12月31日○ 


[折節の薄暮]

「こんな穏やかな日だけど、あの山の向こうは《吹雪いてる》のかしらね」
 シェリアは最近メラロール王国で覚えた《吹雪く》という言葉を強調して使った。彼女の故郷である大陸南西部のモニモニ町では、吹雪に相当する言葉は存在しない。
「ここはこんなに晴れてるのに、不思議だね」
 窓の外、空の青さをまぶしそうに仰ぎ、シェリアの四歳年下の妹であるリンローナが言った。うっすらと広がる白い雲は氷のように冷たそうなのに、それでいて柔らかそうなのが不思議だ。
「でも確かに、東の山には《雪雲》がかかってるね」
 中央山脈の方を指さして、リンローナが言った。先ほどの《吹雪〉と同じく《雪雲》という言葉も南ルデリア共和国にはない。

 やがて夕暮れが来て空は染まり、深い闇と小さな灯火たちの瞬く温かな奥底へと、町も人も緩やかに沈んでゆくのだった。

シェリア リンローナ
 


 12月30日− 


[シルリナの雪]

 しんとした広い部屋に暖炉の炎がはぜている。冷たく、静かな晩であった。部屋の主は暖炉の側にある椅子に腰掛け、膝の上に置いた厚い書物に目を落としていた。ランプよりも強い魔法の光が、主の座っている部屋の片隅を明るく照らしている。
 その時、輝きが届く窓の向こう側を、白いものが横切った。
(雪……)
 シルリナ王女は顔を上げた。晩餐会に追われた日々も、年末が近づいて少し落ち着いた。久しぶりに確保できた自分を豊かにする時間に、雪が降る。メラロール市を白く塗り替えてゆく。
(ここから見える雪。他の誰のものでもない、わたくしの雪)
 外交でも内政でもなく、軍事とも関係ない。父のクライク王、母のシザミル王妃、友人のレリザ公女や、侍女たちと過ごす時間とも違う。好きな事を好きな風に使える時間は魅力的だった。
 その時間を白い雪が彩ってくれる。色のついていない雪が。
 自分が他ならぬ自分である事を少し取り戻せた王女だった。

シルリナ王女
 


 12月29日− 


(休載)
 


 12月27日− 


[冬空の太陽]

 冷たい空から、橙色の太陽が顔を出した。
 それは堂々とした鮮烈な夜明けだった。
「星たちの種から、夜の間に枝が伸びて……」
 メイザは白い息で呟いた。
「あの輝く光の実がなったような気がしたの」
「〈お嬢〉さんは詩人っすねー」
 ユイランはそう言いながら、脚の屈伸運動を続けた。
 池は凍りつき、霜柱の立ちあがる北国の朝だった。

ユイラン メイザ
 
冬空の太陽
 


 12月26日− 


 陽の光は斜めに差し込み、森には柔らかな影ができていた。
 池に氷が張り、それは一つ一つ異なる紋章だった。光は強く温かいが、風はとびきり冷たい。空は澄み切った青で、吐く息は白かった。野原の道は溶けた霜柱でぬかるんでいた――。

冬の朝
 


 12月25日− 


「あなたは外の世界に関心を持ってはいけないのです」
 エリヴァンは静かに語りかけながら、内心ではこのような言い方は逆効果だろうかと、不安と危惧を抱いていた。
 人間の年齢では九歳位になる小さなミーンは一度うなだれてから、メルファ族に特徴的な長い両耳をもたげて顔を上げた。
「何故?」
 白露(しらつゆ)の森に住まう妖精族は外の世界との交流を嫌うが、全員が同じように拒否している訳では無く、まれに好奇心旺盛な者も現れる。ミーンも、そして実は忠告をしたエリヴァン自身も、外界に興味を持つ異端的な存在であった。

ミーン
 


 12月24日− 


「こりゃ、相当きてるねぇ」
 老婆が呟く。風が悲鳴をあげ、吹雪が窓に叩きつける。ランプの光は頼りなげに揺れ動いていた。明日の朝、目覚めた時には、大地の雪は新しい雪によって塗り替えられているだろう。
 


 12月23日− 


 冬空に、夕暮れが駆け足でやってきたんです。
 仰ぎ見る青空は西から黄金色に染まっていきました。
 茜色に染まる間はいいけれど。
 藍色になってしまわぬうちに、帰ります。
 


 12月21日− 


「今じゃ」
 老人は杖を真っすぐに洞穴の奥へ伸ばす。天井に開いた細い穴からは太陽の光が差し込んでくる。この角度は一日に一度しかない。凍りつくことのない地底湖は黄金に輝き出した――。
 


 12月20日− 


 草原の町セラーヌにも冬がやってきた。農地や道端には霜がおり、人々は上着を羽織った。
「木の葉が散る季節か……」
 ほとんど葉を落として枝ばかりになった落葉樹を、背の高い壮年の男が立ち止まって仰ぎ見た。
「向こうはもう氷雪に閉ざされた頃か」
 彼の名は賢者オーヴァン・ナルセン。サミス村に住むオーヴェルの父親である。その瞳には、まだ見ぬ山奥の村の透き通ったつららが見え、しんとした世界が聞こえているようだった。
 


 12月19日△ 


(休載)
 


 12月18日− 


 水の洞窟――その神秘的な場所はミザリア海にあると伝えられている。ラニモス教では異質の存在と知られている、南国の海の守り神〈海神アゾマール〉と関係が深いと言われる。

水の洞窟
 


 12月17日− 


 森の下草におりた霜が
 昼近くまで溶けない日に
 深い水を映したような青い霜が――。
 


 12月16日− 


 その晩のメラロール市は、あまたの星たちが透き通る闇の中でまばたきをしていた。
 夜半過ぎになると幾つかのちぎれ雲が芽生え、天を流れた。冷気は風を絞るほど鋭くなり、いよいよ凍りついた星たちは雪のかけらとなって舞い降りてきた。
 それを見たものは、その冬、幸せに過ごせるという――。
 


 12月15日△ 


 朝の群雲が、河口の先に続く海の入口であるかのように続いている。それは山々の峰に囲まれた内陸の空の内海だった。
「けれど、本当の海は遠い……」
 厚着をしたリリア皇女は窓辺で呟いた。吐く息は白い。

 皇都マホジールは山奥に護られて街道の奥に鎮座する。商業・貿易の原動力である港は遠く、最も近い港町であるリース公国のリューベル町は新興国家である南ルデリア共和国に虎視眈々と狙われている。リリア皇女にとって解放の象徴である〈海〉は、時間も空間もここから遙かに隔たっているのだった。

リリア皇女
 


 12月14日− 


「この時期にルディア村へ陸路は厳しいんじゃないかな」
 雪に埋まる立て札を見つめ、魔術師のミラーが言った。その間も白く冷たい空からの贈り物はとどまらず降り続いている。
「お宝が……」
 犬ぞりか、浮遊魔法〈フオンデル〉ででもないと超えられないような、街道を埋めた雪原を、シーラは恨めしそうに見つめた。

ミラー シーラ
 


 12月13日− 


 雪の花びらが散る世界のどこかにも、鮮やかな黄色の花びらが咲く場所もある。
「窓は、隔たったものを見せるもの」
 そう、あの雪と露にかすむ先に、浮かんでくる景色は――。
「扉は、隔たったものをつなげるもの……」
 窓が目ならば、扉は足になる。その向こう側に耳を澄ませて、気になる音がする時に、取っ手を回せば良い。

 ――マホジール帝国、時の神殿にて
 


 12月12日○ 


[雪原の花]
 
「雪の中に咲く、薄い桃色の花……」
 オーヴェルは天井を見上げたが、瞳はずっと遠くを見ていた。
 ゆうべの大雪を太陽がきらめかせて、窓から入り込む光は明るい。山奥の村にある〈すずらん亭〉の午後は、緩やかな時が揺蕩う。自宅で焼いた大麦パンを持参した若き賢者オーヴェルは、相対する少女たちに視線を戻し、想像の続きを語った。
「そんな夢を見たのです」
「鮮やかな、不思議な夢だね」
 オーヴェルが差し入れた大麦パンのかけらを右手に持ったまま、酒場〈すずらん亭〉の娘のシルキアが言った。色の失われた白銀の世界に、桃色はどんなに気高く背を伸ばすのだろう。
 穏やかな声でうなずいたのは、シルキアの姉のファルナだ。
「どこかに、本当にあるかも知れないのだっ」
「そうだよ……だってここは〈森大陸ルデリア〉なんだからっ!」
 シルキアが身を乗り出して強く正しく断言すると、ファルナとオーヴェルは顔を見合わせて、嬉しそうに微笑み合うのだった。

オーヴェル シルキア ファルナ
 


 12月11日− 


「ほんと、俺らの仕事って〈何でも屋〉だよな〜」
 腰を屈めて球根を植えながらケレンスが自嘲気味に言った。
「雪掻きに比べれば、断絶、ましだわ」
 額に汗を手の甲で拭い、シェリアが応えた。彼女の妹のリンローナも花の植え替えの作業をしながら、町の片隅の花園でふと呟いた。
「来年芽が出るころに、またこの町に戻れるといいなぁ……」

ケレンス シェリア リンローナ
 


 12月10日− 


 空があかね色の朝に
 木々は霧の上に浮かんで――

 白いヴェールに包まれて
 精霊たちは輪舞曲を踊る
 


 12月 9日△ 


(休載)
 


 12月 8日× 


「夜のトンネルを歩いていったら、トンネルの向こう側の世界みたいに、銀の星がだんだん大きくなってくるのかな……」
「いや、太陽が広がってくるのかも……」

 そんな、闇たちのおしゃべりを小耳に挟んだ。
 


 12月 7日△ 


 鉛色の空と、濃い灰色の海が連なる。
 広がる大地には積もる白い雪で、冬の深さ長さを計る――。
 ノーザリアン公国の北辺、アペザン地方の冬は果てない。
 


 12月 6日− 


 目が覚めても
 朝はまだで――
 少しずつ明るくなる中
 新しい空気に満ちる
 


 12月 5日− 


 星を数えるのは
 時を数えること
 光を数えること
 胸の鼓動を数えること――
 


 12月 4日− 


 冬が来て
 夜が来て
 案外、それは優しい

 黄色の灯には太陽の
 橙色には温かさの
 輝きが懐かしいから

 光が拓いて――
 


 12月 3日− 


「ついに来ましたよん」
「来た来た!」
 ランプの光に透かし見る硝子窓の向こうは吐息で曇り、ファルナとシルキア姉妹は何度も布でこすった。
 降っては消えていた雪が常に残るようになる、粒の大きな〈どか雪〉が降っていた。
「当分、地面とはお別れなのだっ」
 ファルナが言った。雪の層は天然のワイン蔵のようになり、温かな土の中に春の花の種が眠る。
「それにしても降るねー」
 明日にはサミス村の大地は冷たくて白い絨毯に覆われる。
「どんな王宮にもない絨毯ですよん」
 夢見るように、ファルナは返事をした。

シルキア ファルナ
 


 12月 2日− 


 低い太陽が腕を伸ばして
  冷たい風に耳をすまして
   森の木々は静かに立ち
    まどろみの朝を迎えて――
 
 そして今日も
  ゆっくりと時を刻んだ
 


 12月 1日− 


 雫が打つ音の間隔はまばらになった。
 雨の後、朝の空は拓いて、地には緩く霧が流れた。
 草も落ち葉も雨に濡れている。
 水溜まりも光溜まりも、清められて澄んでいる。

 小さな白いリスが草陰から現れ、身軽に駈け出した。そのリスはやがて霧に包まれ、漂う霧に乗り、次々と破片を乗り換えて、木の高いところへ登って行った。
 霧が溶けてしまうと、そこには霧のリスの姿はなかった。
 




前月 幻想断片 次月