2011年 1月

 
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2011年 1月の幻想断片です。

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 幻想断片11周年 

 2000. 1.31.〜2011. 1.30. 


  1月30日− 


 屋敷の廊下に飾ってある絵を見て、シーラが呟いた。
「思い出は美化されるものだから……」
 夏の匂いを遠く思い起こさせる光の下、山の斜面には紫の草が生えている。それは幻想的で、かつ現実的な風景だった。
「美化されたかどうか、ぜひ行って確かめたいものだね」
 ミラーは立ち止まり、小さく記してあった名前を読み上げた。
「サミス村、か」
「湖畔の村〈ルディア〉の先、山の向こう側ね」
 シーラは絵に一歩近づいて、紫の草を見つめた。今は深い雪の扉に閉ざされた、時間的にも空間的にも遠い場所だった。

ミラー シーラ
 


  1月29日− 


[冷たくも温かい目覚め]

「ん……」
 リュナンはふと目を開いた。部屋は薄ぼんやりと明るく、夢から醒めて現実に近づく意識の中で、夜が過ぎた事を体感する。
 部屋はしんとして黙し、しんしんと冷えていた。上半身を起こすと、カーテンの隙間から縦に洩れる光の筋道に気がついた。
 その時――。
「つめて〜っ!」
「やったな!」
 突然の子供たちの歓声が、リュナンの関心を引きつけた。毛布を肩まで引き寄せたまま、耳を傾ける。
「雪だー!」
 少女の喜びの叫びが、明快な答えを示していた。
「出てみようかな」
 恋する毛布に別れを告げて、リュナンはベッドから降り立ち、片側のカーテンを引いた。
「積もったんだ……」
 リュナンの声は静かな感動に彩られていた。まぶしい光の渦と、曇った窓の向こうに、まばゆい白い街が見えた――。

 パジャマの上に温かな上着を羽織り、少女は目をこすりながら階段を降りて食事室に入った。パンのいい匂いがする。
「おはよう」
 声をかけたリュナンに、母は優しく答えた。
「おはよう。自分で起きたのね」
「雪が、起こしてくれたよ」
 満ち足りた様子のリュナンは、静かに椅子を引くのだった。

リュナン
 


  1月28日− 


 雪雲の下
 丸い雪玉を幾つも握って
 雪玉の歌、
 音符を冷たい風の楽譜に浮かべて――
 


  1月25日△ 


 凍りついた小さな白い水たまりは、灯のように夜空の望月を朧に映しだし、淡い光を抱いていた。
 氷の模様は掌の紋で、薄い表明は曇りガラスだ。触れる冷たさも一種の体温となり、微細なひび割れは言葉の切れ端だろうか。
 氷の池は、月の光を受け止めていた。
 


  1月21日− 


 虹の中から色とりどりの光の窓ガラスを透かし見ているような、浅い夢の中をさまよっていた。
 彩りは鮮やかだが物音も声も、暑さも寒さもない平坦な空間で、時だけはどこか遠くでうごめいていて、現 実の目覚めが少しずつ近づいてくる気配があるのだった。
 


  1月19日− 


(ひかりの輪のなかに)
(2番)
 
 波音の祈りが響き渡った海に
 羽ばたけ 僕の願い
 
 ずっと諦めないで いつも一歩ずつ
 その日を信じて



 


  1月18日− 


 駅のホームで立ったまま目を閉じていた。
「1番線に、天使が参ります」
 放送が入り、私はゆっくりと目を開けた。
 
 やがて滑り込んできた六人編成の天使の背中に乗った。
 


  1月16日− 


 冬の水は、どこまでも青く透き通っている。
 水の中には、薄く白い雲の魚たちが漂っている。

 大地からは見ることの叶わない天の国では、空は海となり、風は波となって、どこまでも遙かに広がっているのだった。
 


  1月13日− 


[外の冬、内の冬]
 
「う゛〜」
 毛糸の帽子を深くかぶり、ベージュのマフラーを首回りに巻いたリュナンは、それでもなお寒そうに身を縮めて歩いていた。
「ほぉら、早く歩けば、家の暖炉が待ってるサぁ!」
 今年一番の冷たい風が背中を押してくるズィートオーブ市の旧市街で、友達のサホが促した。遠い秋の忘れ物か、枝に一枚だけ残っていた茶色い落ち葉が風にカサカサ笑っていた。
「それに、早足で進めばあったかくなるよ」
 リュナンとは対照的に防寒具と言えば薄手の上着を羽織っている程度のサホが補足した。曇り空の下、薄暗い町には、真新しく清らかな雪の精霊が舞い降りるのも間近に感じられた。
 
「はぁ、極楽だよ〜」
 その後、自宅の部屋で暖炉のそばの椅子に腰掛け、熱いミザリア茶を飲んでいるリュナンの姿があった。頬は寒さと運動で紅く染まっていた。サホは上着を脱ぎ、窓の外を見た。
「おっ! 雪が降り始めたサぁ」
 大陸の南西部に位置するこの都市には滅多にやってこない白い天使たちに、サホの両目は釘付けになる。部屋の主のリュナンも、窓際の寒さを忘れて冷たい銀の星に見入るのだった。

リュナン サホ
 


  1月11日− 


「ほっぺにしみる朝だよね」
 頬を真っ赤にしてシルキアが戻ってきた。玄関を入った所で長靴をぶつけ合い、雪を払い落とす。ファルナも後ろから現れた。
「山が赤かったのだっ」
 朝日を斜面に受けた雪の山々は気高い紅に染まっていた。
「それに、すごく近く見えたんだよね」
 シルキアは早くも厨房にさしかかり、母に呼びかけた。厚手の上着は脱いでいた。家の中は暖炉の炎のお陰でぬくかった。

ファルナ シルキア
 


  1月10日○ 


[夕焼けの町で]

 新しい物語、紡いで
 知らない歌を口ずさみ
 まだ見ぬ人と出会ったあとは
 帰るべき場所に帰ろう

 ――旅人ロフィアの詩

 
夕焼けの町で(2011/01/09)
 


  1月 1日− 


[ミザリアの新年]

「次は何にしようか?」
 ウピが半ば振り返って後ろの友達に訊ねた。広場は屋台と人でごった返している。肉や野菜を焼く匂い、生魚の匂い、パンの匂い、米の匂い、酒の匂い。辛そうな匂い、甘い匂い。人々の吐息や汗臭さも混じっている。まさに匂いのるつぼであった。
「甘いもの? それとも今度はピリ辛にする?」
 背の高いルヴィルが言った。後ろからレイナがついてくる。
「二人とも、いくらなんでも食べ過ぎですよ」

 ルデリア大陸の南方に浮かぶミザリア島もまた、他の国と同じように新しい年を迎えた。荘厳な雰囲気はあまりなく、庶民的な《新年を迎えた喜び》が、島内に明るく充ちあふれていた。
「今日は、おめでたい日だから〈祝わなきゃ〉でしょ!」
 ルヴィルが軽やかに人並みを避けて歩きながら言った。
「まあ、無理は良くないから、飲み物でいったん休憩しようか」
 ウピが配慮を見せた。赤みを帯びた茶色の熱いメフマ茶や冷えた紫色の果実ジュース、砂糖入りのカカオ茶や数々のお酒に目移りしながら、三人は広場の出店の中を歩いて行った。
 騒々しくも楽しい、南国に相応しい新年の幕開けであった。

ウピ ルヴィル レイナ
 




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