[ふたりの春]
並木の明るい緑は鮮やかに照っている。
「爽やかな風……」
ルーユは立ち止まり、なびく前髪を右手で軽く押さえた。
温暖なミラスの町は春の真っ盛りだ。あちこちで赤いルーゼリアの花が咲いている。甘い芳香を漂わす、華やかな種類だ。
風は花の香りをまとい、まれに潮の匂いを含んでいる。広いレンガの道の両脇には貴族の別荘が建ち並んでいて、時折、馬車が通り過ぎてゆく。海に下りてゆく小径を横切れば、白銀にきらめき渡る海が、小さな漁船たちの白い帆が垣間見える。
「おはようございます」
凛とした老婆がほうきの手を休めて挨拶し、頭を下げた。
「おはようございます。いい朝ですね」
ミラス伯爵の娘であるルーユは歩きながら声を返した。
「もう、春の真ん中じゃからね」
顔を上げた老婆が元気に言い、ルーユは優しくうなずいた。
「ええ、本当に」
足音は律動的に続いてゆく。
少女はたゆまぬ時を身に、老婆はたゆたう時を身に――。
二人が交錯するとき、二人の時もまた交錯した。
そしてミラスの春はまた少し広がり、深まってゆくのだった。
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