2011年 5月

 
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2011年 5月の幻想断片です。

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  5月27日− 


 ルデリア大陸の東部にあるナルダ村には〈春でもなく夏でもない季節〉がある。太陽が遠ざかり、雲が覆い、雨の日が続く。
 今日は雨は上がっていたが、空は灰色の雲に覆われ、すっきりしない天候だった。春の陽気は遠ざかり、外は肌寒かった。
「どんよりしてるね」
 薄手の上着を羽織ったレイベルが広い天を仰いで言う。
 その隣を歩くナンナは、人差し指を高く突き上げた。
「曇り空の厚いケーキにナイフ入れて、食べちゃいたいね☆」
「うん。そうだね!」
 レイベルがうなずく。それから二人は笑顔で視線を交わした。空は変わらなくても、心には明るい陽が差してきたのだった。

レイベル ナンナ
 


  5月25日− 


 黒から藍色へ――もっと明るさを増しながら。
 空を写して湖水は蒼く深く、清らかだ。
 
 緻密に張り巡らされた夜の幕は、一枚ずつ剥がれてゆく。
 それとともに鳥たちの声が少しずつ解き放たれる。

 森の瞳であるかのような湖水は、新しい朝に再び目覚める。
 


  5月17日− 


 星は種
 そして花
 
 闇の野山に花開く‘ゆめ’
 


  5月16日− 


 澄み切った青空に白い雲が浮かぶ
 行き交う風に緑が揺れる

 大きな一本の木の下で
 声を掛け合って道を分かつ

 けれど、またどこか遠くで
 道は同じ町に集うだろう
 


  5月15日○ 


(休載)
 


  5月14日− 


 夕焼けに浮き出た雲たちは
 遠ざかる羊のむれに見えた

 いつしか町は
 闇の湖に沈んでいった
 


  5月 7日△ 


[風の道]

 蒼い海と歴史深いデリシの港町を望む緑色の緩やかな丘に、細い道が続いている。その中腹に、草が刈り込まれ、四角に削った石が椅子の代わりに並べられている休憩所があった。
 銀色の髪をなびかせて、九歳の少女が大きく背伸びをした。
「この風は、どこまで続いてるのかな……」
 リュアは瞳を閉じ、背中や髪や顔を撫でて通り過ぎる風の声に耳を澄ませた。その隣で、同級生のジーナが腕組みする。
「風の道、地面の上ならどこまでも追ってけるし、あたしが負けるとは思えないけど。海に逃げられたら、どうしようもない!」
 丈の短い草を傾けながら駆け抜ける風――その行く末を悔しげに見つめるジーナに、再び目を開いたリュアは語りかけた。
「いつか、あの船に乗れたら、風と一緒に行けるね」
 指さしたのは、遠く見下ろす桟橋に舫っている帆船たちだ。
「そうだね。その時は、絶対、リュアにも来てもらうから!」
 ジーナは陽光を受け、その場で跳躍した。輝く黄金色の前髪を揺らしながら、確信に満ちた強い笑顔で言い、白い歯を見せた。するとリュアは優しく微笑み、しっかりとうなずくのだった。
「うんっ!」

 次の刹那――。
 また新しい風が流れて、時を運び、人を育んだ。草が波のように風を伝え、さらさらと軽やかに唄い続けた春の午後だった。

リュア ジーナ
 


  5月 6日○ 


[月影の衣]

 清かな銀色の月は既に十七日目の宵を迎えて右側が欠け、天の頂、闇のはざまにいびつで不安定な楕円を描いていた。
「昔の人は月の光で着物を織り、星明かりに浸して着色したそうですよ。薄ぼんやり輝きを放つ、赤や金や青の着物……」
 エリオンが穏やかに呟くと、クルクはゆっくりと頭をもたげた。
「夜空で作った服があったのですね」
 十四歳の〈月光術師〉の見習いの少女は、青年の語る神秘の物語に感嘆の溜め息をついて、胸の想像力を膨らませた。
(その服は、どんなに美しく、そして軽かったのだろう)
 時折、流れ星が服の模様に加わったかも知れない。満ち欠けする月は、今日が何日であるかを明瞭に示してくれただろう。
「夜の中でこそ、輝く服ですね」
 言った後、クルクは明るい昼間を想像した。心の中に昇ったまばゆい太陽に手をかざし、まぶしそうに額に手を当て、目を細めた。異世界から魔獣を引き連れるという高度な〈月光術〉の使い手の卵――クルクの描く風景は現実に近づき、時に凌駕する。

 あでやかな燦めきを夜の中で帯びた〈月影の衣〉は、昼の強烈な光の下でくすみ、露わになり、縮み、よじれ、色褪せた。
 圧倒的で本能的な恐怖に、クルクは一度、身を震わせた。
(光の当たる場所に出てはいけない、夜の民もいるんだ……)
「大丈夫ですか、クルクさん」
 違和感に気づいたエリオンが言葉を掛け、細い右手を差し出した。夢幻の坂を転がり落ちる寸前、クルクは現実に還った。
 少女は物語の終わりを知り、うなずいてから首を横に振る。
「ありがとう、大丈夫です」
「そうですか」
 独り沈む少女の心が影を結び、エリオンは目を曇らせた。

 涼しくも優しい夜風に流れてきた白い花びらが、二人の目の前をよぎり、時に運ばれ、誰も知らぬ所へ流れ去っていった。

クルク エリオン
 


  5月 3日− 


(休載)
 


  5月 2日− 


「道のりを縮める方法を知ってるか?」
 男の問いに、少年は歩きながら首を振った。
「いや」
「こうすんのさ」
 額の汗を汚れた手で一拭きし、軽く跳ねて背中の荷物を背負い直してから、男は大きく息を吸い、がなり声で歌い始めた。

 歌を唄って気持ちよく歩けば――。
 道は縮まるし、時も縮まる。
 という事らしい。
 


  5月 1日− 


[聖王領の春(1)]

 石造りの古い神殿を優しく見守るかのように、浅い碧色の木々や垣根が取り囲んでいる。つぼみが開いて紅や薄桃色、白や紫色の花が彩りを加えている。二羽の蝶が交錯しながらひらりひらりと舞い、それは優雅で不思議な時を刻んでいた。
 大通りから上り坂に向かう所に頑丈な門があり、両側の兵士が長い槍を構えている。蹄の音を石畳に響かせて、春の曇り空の下を歩いてきた一頭牽きのの荷馬車が、その門の前で停まった。音が途絶え、鳥の声が高まる。御者は馬の鞍に乗ったまま腕を伸ばし、近づいてきた別の兵士に通行証を手渡した。
「通れ」
 張りのある声が響き渡ると、道の両側に立つ門番が槍を立てた。御者が鞭をうならせ、荷馬車は再びゆっくりと動き始める。

(続く)
 




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