[過去と未来]
ドアを開けると、肉と酒、人の汗と熱気が入り混じった匂いがあふれだしてきた。薄暗い酒場の店内にはランプの焔がゆらめき、人々の影を床や壁に映した。
若い男二人はカウンターの空いている席についた。
〈蝶は花を渡り
鳥は枝を渡り
人は町を渡る〉
そう殴り書きされた紙片が、カウンターに残されていた。
それを拾い上げたケレンスは、つまらなそうに紙片を横のタックに突き付けた。友がそれに目を通す間に、ケレンスは言う。
「海だって渡るしな」
「橋だってね」
タックはあうんの呼吸で答えた。ケレンスは勢いづいた。
「それに人だけじゃなく風だって、季節だって、色々渡るよな」
「詩人先生が残した詩だな。よく来るんだ」
カウンターの向こうから男が低く言い、一呼吸おいて聞く。
「ご注文は」
「麦酒ふたつ」
ケレンスが即答する。
いよいよ、夜が動き始めた――。
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