すずらん日誌

 〜森大陸(しんたいりく)ルデリア〜

 

秋月 涼 



【第二話・雪の中のあたたかさ】


 雪月(二月)。辺境のサミス村は真冬で、一面の銀世界だった。
 村の小さな酒場、すずらん亭。宿屋も経営しているが、旅人が来ないため冬場は休業中である。酒場だけは村人のために細々と営業されているが、収入は芳しくない。この時期は一年の中で一番収入が落ち込む時期だ。
 毎日のように雪が降り続く。看板娘のファルナは、地下室で父の酒造りを手伝っていた。寒さとの戦いだ。分厚い毛皮のコートを着て手袋をはめ、作業に追われている。
 ファルナの妹のシルキアは、趣味も兼ねた木彫り人形作りに余念がない。春になれば、これは売り物として扱われる。
 村人たちは遠い春を待ち望み、静かに暮らしていた。そんなある日のこと。
 久しぶりの晴天。ファルナとシルキアは家に閉じこもっていたので力が有り余っていた。そりにひもを取り付け、お揃いの長靴を履いて二人は外に飛び出した。
「ファルナー、シルキアー、どこ行くの?」
 二人の後ろ姿に、母親が大声で尋ねる。シルキアは振り向いて、いたずらっ子のように微笑んだ。
「山でそり滑り!」
「気をつけるのよ」
 母親が言った。二人はそりを引きずって走り去る。母親の横で、店長の父親がやれやれとため息をついた。
「あの二人、店の雪かきもせずに……」
「たまには、いいじゃありませんか。若いんですから仕方ないでしょう」
 母親の言葉に、父親が頷く。
「そうだな。大目に見てやるか」
 
 村を出て二十分ほど歩いた二人。方向転換して、斜面を登り始める。息を弾ませて平坦なところまでたどり着くと、二人は地面にそりを置いた。そりの前にはシルキアが、後ろにはファルナが座った。
「お姉ちゃん、準備いい?」
「OKですよんっ!」
 二人が重心を前に傾けていくと、そりはゆっくりと滑り始めた。徐々にスピードを増していく。左右は針葉樹林。白い雪煙を上げながらそりは快走した。
「きゃはははーっ!」
 上下左右の揺れに大声を上げながら、二人は久しぶりの雪遊びを楽しんだ。ついにふもとまでたどり着き、そりはだんだん速度を落として止まった。
「もう一回滑ろう!」
 意見が合った二人は、再び斜面を登り始めた。大分上の方まで来た、その時。
 遠くの方からゴーッという異様な音が響いてきた。二人は急に不安を感じた。彼女たちの脳裏をかすめた言葉はただ一つ。
「なだれ?」
 二人は焦るが、逃げ場もない。不意に足元の雪の中から声が聞こえる。
「お嬢さん! そこの鉄板を動かして、中に入るんだニャア。早く!」
 見ると、雪と不似合いな鉄板が置かれていた。取っ手を夢中で動かし、訳も分からず二人はその中に潜り込む。はしごを降りると、猫のような奇妙な生き物が立っていた。その生き物は二人と入れ替わりにはしごを上り、鉄板を動かして鍵を掛ける。その直後に爆音がした。なだれの通過だ。
「はぁ、怖かったですよん」
 ファルナがほっと胸をなで下ろした。シルキアは変な生き物にお礼を言う。
「助けてくれて、本当にありがとう!」
「あとちょっとで危なかったニャア」
 はしごを降りながら、その“ネコ紳士”が髭をぴんと伸ばして言った。中は氷の家で、彼の妻と五匹(五人と言うべきか?)の子供たちがいた。背丈は人間よりちょっと低く、二本足で立ち服も着ているが、まぎれもない猫である。毛並みは美しく、澄んだ白色だ。
 氷の家の広さは十五畳くらい。大きな氷のテーブルを囲んで、ネコ紳士、妻、子供たち、そしてファルナとシルキアが腰を下ろした。
「みなさんは猫なの? 人間なの?」
 ファルナはネコ紳士に尋ねた。彼は静かに答える。
「われらは誇り高き氷猫(ヒョウビョウ)族。寒さに強く暑さに弱いんだニャ。春になると山奥に去り、夏には夏眠する。晩秋になって目を覚まし、冬場はこういう氷の住居の中で暮らすんだニャア」
「そうなんですか。私、初めて聞いた」
 そう言ったシルキアを見て、紳士の妻が寂しそうにつぶやいた。
「誇り高きわが種族も、大分数が減りましたからねぇ……」
「でも、僕たち負けないよ! 僕たちの代には絶対、誇り高きわが種族の繁栄を取り戻すんだから! ニャア」
 子供の一人がそう言った。紳士がその子の頭をなでてやる。
「それでこそ、誇り高きわが氷猫族の跡取り息子だニャア!」
 その時、猫妻が氷の天井を見上げた。
「もうそろそろ夕方になります。なだれも過ぎ去ったようですし……」
「じゃあ私たち、もうそろそろおいとまします」
 シルキアが言った。二人はもう一度家族にお礼を言い、そりを抱えてはしごを登った。
 
 別れ際、見送りのネコ紳士が言った。
「この時期、晴れた日に山に来るのは危険だニャ。いつなだれが起きてもおかしくない」
「気をつけまーす」
「……なのだっ」
 シルキアとファルナはぺこりとお辞儀をした。二人はそりを置いて、乗る準備をする。
「本当に助かったのだっ。誇り高き氷猫族の繁栄のため、頑張って欲しいですよん!」
 ファルナはそう言って、紳士と握手した。シルキアが言う。
「お姉ちゃん、準備いい?」
「OKですよんっ!」
 そりがスピードを上げた。こちらに手を振っている、夕日を浴びたネコ紳士の姿が小さくなって消えた。

(了)



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