夜半(よわ)の雨

 〜森大陸(しんたいりく)ルデリア・幻想結晶〜

 

秋月 涼 


「……ですのぉ」
 サンゴーンは自分で作ったお気に入りの草のベッドの上で寝返りを打ち、むにゃむにゃと何やら寝言をつぶやく。その少し日に焼けた柔らかい頬の両側を軽くつねっている少女は誰だ?
「起きて、サンゴーン、大変なの!」
 真っ暗な部屋の中で、今度は肩を揺すり始めた犯人は、サンゴーンの親友のレフキルだった。闇につつまれていても銀色の髪はうっすらと見え、妖精の血の混じっていることを雄弁に語るやや長い耳は、時たま外から流れ込む淡く白っぽい光によって、何かの小動物に似て非なる不思議なシルエットを形作る。
「ふっ……わぁ」
 度重なる攻撃に耐えかね、まだ夢の続きを諦めきれない様子で嫌々ながら目を覚ましたサンゴーンだったが、誰もいないはずの部屋に人の気配を感じ取るとさすがに体をこわばらせた。
「どっ、泥棒さんですの?」
 ちょっと間の抜けたサンゴーンの質問に、本物の泥棒だったらどうするのだろうと少し心配しつつ、レフキルは笑って応えた。
「違う違う、あたしよ」
 彼女はおへその見えるほど丈の短い寝間着を着ていた。南国の夜は寝苦しいのである――しかし夜半も過ぎ、風は徐々に涼しさを増していた。その内側に秋の調べが混じっている。
 聞き慣れた声がすると、サンゴーンはほっと胸をなで下ろし、ベッドを抜け出してランプに明かりを灯そうと手探りで歩き始めたが、一つの重要な疑問に気づいて驚き声をあげるのだった。
「レフキル、どこから入ってきたんですの?」
「ごめん。そっから。部屋の鍵は閉まってたから」
 レフキルはぺろりと舌を出して窓を指さし、付け加える。
「ランプはいいよ。あたし、どうしてもサンゴーンに伝えたいことがあって、こんな時間に来たの。雨が……雨が降ってきたよ」
「じゃあ、お洗濯をしまわなきゃ、ですわ」
 いまだ睡魔から逃れられず、漠然とした気持ちで返事をしたサンゴーンは、闇の中でくすくす笑う親友に背中を押された。
「洗濯物は大丈夫。とにかく見てみて」

「本当に……雨ですの」
 そう言ったきり、サンゴーンは夢のつづきでも見ているかのように押し黙ってしまった。
 いや、実際に夢のつづきだったのかも知れぬ。彼女の部屋から覗いた夜空には、光の滝のようにきらびやかで、絹の糸のように繊細、かつ天使の涙のように秘やかな、天から海へ降り注ぐ流星雨が見られたのであった――。

(了)



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