再会の夕べ

 〜森大陸(しんたいりく)ルデリア・幻想結晶〜

 

秋月 涼 


 メラロール王国を潤す豊かな大河、ラーヌ河の最上流の内陸部にサミス村がある。夏の賑わいも色褪せて過去の思い出となり、木々の葉が凝縮された秋を彩って赤や黄色に染まるこの季節、朝晩はかなり冷え込む。もうすぐ霜がおり、そしてほどなく初雪が降れば、長い長い(*)シオネスが村に根を張るだろう。
 夏の間は森の一軒家で研究に明け暮れていたオーヴェル・ナルセン女史が村に戻り、本当の姉妹のように仲良しなファルナとシルキアが働いている〈すずらん亭〉に戻ってきたのは、夕焼けの空がひときわ美しい、秋の真ん中のある日のことだった。
 その夜はとても静かな晩で、たまたま〈すずらん亭〉もお客が少なく、ファルナとシルキアはゆっくりオーヴェルと話すことができた。これから半年の間は、こうしていつでも会えることができる。冬を迎えるのはちょっぴり辛いけれど、オーヴェルが村に帰ってくるのは純粋に嬉しかったファルナとシルキアであった。
「その晩は本を読みながら、うつらうつら寝てしまったの。それで、朝、すがすがしい風が通って、私を起こしてくれたの。窓の外は、まだ暗かったけれど、東の空は藍色だった。何かに誘われるように、私は一枚上着を羽織って、恐る恐るドアを開けた。準備中の朝の中に私は分け入ったのね。吐く息は少し白くて、とても心地よい緊張感が充ちていたわ。それで私はね……」
 ざっくばらんに物事を話してくれる心優しきオーヴェルと、会話の雰囲気の流れで、姉のファルナは素朴な疑問を訊ねた。
「オーヴェルさんは、どうして賢者さんなのに、わざわざ本の少ないサミス村とか、夏は森の中とかでお勉強してるのだっ?」
「お、お姉ちゃん! そんな言い方、すごく失礼だよ!」
 慌てて妹のシルキアが立ち上がろうとすると、ランプの炎がゆらめいた。ぽかんとした顔のファルナと、はらはらしているシルキアを交互に眺め、二十一歳のオーヴェルは品良く笑った。
「うふふ、大丈夫ですよシルキアちゃん。ファルナさんの疑問はもっともです。例えば私の父のオーヴァンも賢者と呼ばれているけれど、ラーヌ三大侯都の一つ、セラーヌ町で研究しています」
「うん」
 知らず知らずのうちに再び話に引き込まれ、シルキアも落ち着いて木の椅子に腰掛けた。むろんファルナは興味津々だ。
「それはね、一言でいうなら、本を読むことばかりが勉強ではないから、かしら……私の主な研究分野は自然と人間、そして魔法との関わり。町の中ではなく、こうして自然と一緒に暮らしてこそ、少しでもヒントが見つかるんじゃないかなと信じているの。もちろん私はこの村も森も大好きだし、この村に住んでいて本は少ないけれど、本では分からない貴重な体験を幾つもしたり、他の研究者にだって絶対に負けていないと思っています」
「やっぱり、すごいですよん。オーヴェルさんは、すごいのだっ」
 ファルナは茶色の瞳を輝かして拍手し、シルキアもうなずく。
「勉強のことは良く分からないけど、なんか伝わってくるよ!」
 オーヴェルはゆっくりと赤ワインの小さなグラスを傾ける。久々の再会の夜は、ふだん大人しいオーヴェルを饒舌にしていた。
 
 (*)シオネス:冬の神

(了)



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