秘められた想い

 〜森大陸(しんたいりく)ルデリア・幻想結晶〜

 

秋月 涼 


(公爵は、どのように思われるだろうか)
 既に落葉の始まっている、北辺のヘンノオ町は暮れかかっていた。広葉樹の並木道を歩きながら、ムーナメイズ・トルディンは薄手の黒いロングコートに身をつつみ、ひとり彷徨っている。
 涼しいと言うよりも寒いくらいの北風が通り過ぎる。人々は薄手のコートに身をつつみ、足早に歩き去ってゆく。日は傾き、細い雲間から黄色の夕焼けが覗いていた、秋の黄昏時である。
 風は吹きすぎるのみ――求める答えを教えてはくれない。

 ムーナメイズは二十一歳の男で、眼鏡を掛けている。学者のかぶる三角帽子の間から金の前髪がこぼれており、その帽子も革靴も闇色だ。長い上着も含め、気の早い夜の一部分が浮かび上がってきたかのように見える。全体的な風貌は魔術師に近く、やや厳しい瞳は、その一方で知的な光をも湛えている。
 年齢よりもかなり老成した雰囲気を漂わせるものの、一見すると大きな特徴もない普通の魔術師と思われることの多い彼は、世界的に重要な七つの力のうちの一つ、精霊界との道を開く月光の力を司る〈月光の神者〉(げっこうのしんじゃ)を継承している。普段は隠されている黄色のペンダントがその証左だ。
 彼の出自は色々な憶測が飛び交っているが、本人はヘンノオ町に来るまでの記憶を失っており、深い謎に包まれている。一説には、霊場として名を馳せる世界最高峰の〈クル山〉からやって来たとも言われているが、結局のところ真相は定かでない。
 彼は二十歳になるならぬの二年ほど前、忽然とヘンノオ町に姿を現した。領主のヘンノオ公爵自身が〈天空の神者〉ということもあり、公爵はムーナメイズ氏を庇護し、厚遇を与えてきた。

(なぜ私が後継者に選ばれたのだろう)
 魔法や世界に関する知識は保っているのだが――自分が何者で、どのような経緯から〈月光の神者〉に選ばれ、この町へ派遣されたのか、すっぽりと抜け落ちている。周囲の町人たちからは〈沈黙を守る〉〈はぐらかしている〉と思われているが、実際は彼自身が自分の存在について最も気にかかっているのだ。
 そして、その疑問を考える際、彼の脳裏には一つの殺伐とした図が浮かぶ。普段は正しい知識を追い求めて心の平静を保っている彼も、時々はこの重い思索に分け入らざるを得ない。

 月光の神者には血塗られた歴史がある。元々は妖精族に与えられた〈月光〉〈草木〉〈夢幻〉の三つの神者のうち、前の二つは人間が強引に奪っい、政治の駆け引きの道具に使われてしまった。今では妖精族に残るのは〈夢幻〉の神者のみである。

(公爵は、私の考えを聞いたら、どう答えるだろう)
 ムーナメイズは密かに心の奥底で思っていることがあった。それは常に深い場所で彼の通奏低音となり、ヘンノオ町に現れてから年を追うごと、しだいに強まっている――それは人間が〈勝ちとった〉とも言われている月光の神者を妖精族に返すことだ。

 同じく、妖精族から受け継いだ〈草木の神者〉を務めるサンゴーン・グラニアは、十六歳の少女と伝えられている。ムーナメイズが住む北のノーザリアン公国と、サンゴーンが住む南のミザリアには相当の距離の隔たりがあり、情報は不確かだ。誰にも知られず密書を送ることも厳しい。仮に話が洩れれば民衆や国家レベルで相当の反対・妨害があることを覚悟せねばならぬ。
 まずは天空の神者でもあるヘンノオ公がどう思うかだ。ムーナメイズを庇護し、相談相手として破格の待遇を約束している公爵が反対すれば、ムーナメイズは国から出ることすら困難だ。

 西の空には傾いた三日月が浮かぶ。蜜月はまだ遠かった。
(まだ封印しておいた方が良いだろう)
 秘められた想いは、機会が来るまで育てられるのだ――。

(了)



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