秋の散歩道

 〜森大陸(しんたいりく)ルデリア・幻想結晶〜

 

秋月 涼 


「ほら。これなんて、ずいぶん赤いのだっ」
 姉のファルナが取りあげた葉は楓だった。民族風の素朴な模様の刺繍が入った薄茶色と白を基調とした長いスカートを履き、彼女が手にしている楓の色に似たセーターを羽織っている。茶色の髪はいつものごとく後ろで犬の尻尾のように縛っていた。
 森の中の空気は澄み切っている。梢から覗く青空は高い。
「あー、お姉ちゃんいいなぁ!」
 負けず嫌いの妹のシルキアは、さっそく視線を落として土の地面に注目し始めた。落ち葉の絨毯になるにはまだ早いが、広葉樹の足元を通ると、赤や黄色、虫食いの茶色の葉が微かな風に揺れ動いている。今日のシルキアは動きやすい焦げ茶色の長ズボンを履き、白いチェックのブラウスの上に黄土色の薄手のジャケットを着用し、髪を左右に分けて結んでいる。それでも瞳の髪と色、顔の輪郭などは三つ年上の姉に良く似ている。

「とっても、きれいですよん……」
 ファルナは後ろ手に組み、軽いステップを踏み、木の根に気をつけながら空を見上げた。やや遠くに見える針葉樹の群生は夏の彩りを残す翠色で、背の高い男性に見える。他方、間近な広葉樹の着替えは都会に住むおしゃれな女性のようだ。それらは小鳥の唄のように響きあい、重層的な風景を作り出している。
「あの雲、ケーキに載せたら美味しそうなのだっ」
 口の中に湧いてくる唾液をそのままに、ファルナはうっとりした表情で枝の間から垣間見える白い綿雲を飽かず仰いでいた。

「悔しいな〜。なかなか赤い葉っぱ、ないよ」
 他方、シルキアの視線は大地に向かっている。二人は村でも評判の仲良し姉妹であるが、当然ながら考え方には異なる部分もある。時々、シルキアは姉をライバル視することがあり、対抗意識を燃やす――ファルナの方は一向に無頓着なのだが。
「そのうち見つかりますよん」
 穏やかな顔立ちは姉のファルナの方で、妹のシルキアは割と目鼻立ちがくっきりしている。敢えて表現をすれば、可愛い系はファルナ、美人系はシルキアと言うことになろう。二人の実家は〈すずらん亭〉という酒場・兼・宿屋を切り盛りしており、年上のファルナが看板娘を務めている。客としてやってくる男たちの間では姉妹の人気も二分しているが、若干、姉が優勢のようだ。
 女性はもっと厳しく、ファルナを〈しゃべり方が変〉〈手際が悪い〉だとか、シルキアを〈妙に背伸びしている〉〈打算的だ〉と評価する者もいるが、そのように低く見る者はたいがい余所から来た都会出身の旅人や貴族である。山奥の村で育った姉妹の素朴さをどこかで馬鹿にしつつ、皮肉にも嫉妬しているからだ。
 村の女性たちは、相当温厚である。特にファルナやシルキアの年代の子供は数があまり多くないため、可愛がられている。

「ん?」
 目の前を何かが横切り、妹は思わず反射的に右手を出す。
 その掌に、錐もみ飛行をして、秋の切れ端が落ちてきた。
「やった!」
 シルキアの顔がぱっと明るくなる。紅に染まった木の葉だ。
「ねえ、お姉ちゃん、ほら見て!」
 勢い良く呼びかけたシルキアの方を、ファルナは振り返った。ちょうど姉はしゃがんでいた体勢から起き上がるところだった。
「どうしたのだっ?」
「ほらァ、赤いよ!」
 シルキアはさも嬉しそうに、天の贈り物を差し出す。姉は〈素敵ですよん〉と褒めてから、拾ったばかりの次なる葉を見せる。
「ファルナは黄色ですよん」
 理屈よりも感性で動くファルナは、どこも破れていない黄土色の完全な木の葉を指先で掲げて、はにかんだ笑顔を添えた。
「黄色もいいなぁー」

「シルキアは、どっちを担当したいのだっ?」
 姉らしいところを見せてファルナが訊ねると、妹が即答した。
「でも、やっぱり秋っぽいから、赤がいいな」
「じゃあ、これはあげますよん」
 大らかなファルナは先ほどの赤い葉を惜しげもなく妹に渡す。
「お姉ちゃん、ありがとう!」
 シルキアは特徴的な茶色の瞳を大きく広げて感謝する。

 すでに〈清純という言葉の蒸留水を固めたような朝露〉は溶け、儚くなっていた。霧も途絶え、息の白さも薄らいでいる。樹から降りてきたリスの親は警戒し、茂みの奥に隠れてしまう。
 秋の始まりの紫や青の花が色を失いつつある小径に、シダや苔の緑色は鮮やかだ。陽の光は森の奥の方にまで射し込む。
 それぞれの分担した落ち葉をかかえた姉妹の後ろ姿と長い影が、坂道の向こうに見えなくなる。父と母に頼まれた、お店に飾るための〈季節を感じさせるもの〉をしっかりと集めた姉妹は、時折向き合って談笑しながら、村への道をたどるのであった。

(了)



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