出立

 〜森大陸(しんたいりく)ルデリア・幻想結晶〜

 

秋月 涼 


 夕刻になり、昼の明るさは西の空に収縮されていった。外は冷たい風が吹き始めていたが、部屋には温もりが残っていた。
 窓辺には少年と少女がシルエットになって立ちつくしていた。
「行かなくちゃならねえ」
 ケレンスは真剣な眼差しでリンローナの顔を見つめた。
 少年は再度、自分に言い聞かせるかのように語った。
「どうしても、行かなくちゃなんねえんだ」
「そう……」
 リンローナはうつむいて言う。ケレンスは鼻の頂上を右手でさっと拭き、それから白い歯を見せて悪戯っぽく笑うのだった。
「後悔したくないからな」
「うん」
 リンローナはうつむいたまま、首を縦に小さく動かした。
「じゃあな」
 少年は別れを告げ、玄関の方に向かって歩いていく。
「ケレンス……」
 少女は顔をもたげて呟き、去ってゆく少年の後ろ姿を目に焼きつけていた。そして影法師が消えると小さく溜め息をついた。

〜 ・ 〜 ・ 〜 ・ 〜 ・ 〜 ・ 〜

「ケレンス、どこかに行ったんですか?」
 二人の様子の終わり間際を見ていたタックが近づいてきて、リンローナに訊ねた。部屋には橙色の輝きが降り注いでいる。
「うん。出ていったよ」
 リンローナのあっさりとした答えに、タックは首をかしげる。
「剣も持たずに、ですか? この時間から?」
 ケレンスの愛剣は宿屋の部屋の片隅に置いたままだった。
「えーと」
 リンローナは一瞬答えるのをためらったが、すぐに視線をまばゆい窓の方に向けると、少し恥ずかしそうな口調で返事した。
「外のお手洗いに……」
「やはり〈お芝居〉でしたか」
 タックはようやく納得し、満足そうにゆっくりと浅くうなずいた。
「うん。時間があったから〈お芝居〉に付き合っちゃった」
 少女はそう応じ、困惑と楽しさの混じった笑顔を浮かべた。

(了)



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