約束

 

秋月 涼 


「あたし、今度引っ越すんだ」
 雪の降りしきる学校帰り。ふいに、幼なじみの広美(ひろみ)が言った。健助(けんすけ)は自分の耳を疑い、思わず立ち止まる。
「引っ越す?」
「うん」
 そんなことは初めて聞いた。
「……どこに?」
「札幌(さっぽろ)」
「なんで?」
「父さんの仕事の都合で……」
「どうして、早く教えてくれなかったんだよ」
 健助は言葉を荒げた。
「だって、健ちゃん、驚くと思ったから」
「そりゃあ驚くさ」
 雪が降り続く。二人は再び歩き始めた。広美は目線を下げる。
「ごめんね。隠すつもりは、なかった」
「……」
「それに、急に決まった話だから」
「……」
「あたしも驚いたよ。予想できなかったもん」
「そりゃそうだ」
 健助は大げさにうなずく。白い吐息は粉雪に混じって消えた。
 広美は顔を曇らせる。
「少なくとも、終業式までは、いるから」
「終業式って……あと一ヶ月しかない」
 今日は二月二十一日。終業式は、確か三月の下旬だった。
「まだ、一ヶ月あるじゃない」
 広美はかすかに笑う。健助はしゃがんで、新雪をつかんだ。丸めようとするが、手袋をはめているのでうまくいかない。途中で投げ捨てる。
「浩二(こうじ)は知ってるのか」
 浩二は健助と広美の幼なじみだ。
「浩ちゃんには、この前、教えた」
「なんであいつが知ってて、俺が知らないんだよ」
 健助はむきになった。浩二は一番の親友だが、いつでも一番のライバルだ。浩二にだけは負けたくない。特に、広美に関することとなれば……。
「ごめんね。機会がなくて」
 広美は本当に申し訳なさそうだった。
「あ、そう。別にいいや」
 健助はふてくされる。海沿いの道を、二人はしばらく黙ったまま歩き続けた。その静寂を壊したのは健助だった。
「あの灯台に登ろうぜ」
 海の向こうを指さす。今は雪のせいで見えないが、ちょうどあの方角に、白い灯台があるはずなのだ。
「灯台?」
「前から行きたいと思ってたんだよな、あの灯台。中に、何があるんだろうって」
「毎晩、ちゃんと作動してるよね」
「登ろう。終業式の日に」
 健助の心に沸き上がってきた、素直な気持ちだった。広美は首をかしげる。
「最後の思い出?」
「馬鹿いえ!」
 健助は笑う。
「記念だよ」
「そっか、記念かあ。素敵ね……。浩ちゃんは?」
「浩二も連れていくか?」
「うん。そうしようよ」
「そうだな。俺たち三人、いつも一緒だったからな。幼稚園に入る前から、今の中学まで……」
 浩二が来ると思うと、ちょっとしゃくに障るが、呼ばないわけにはいかない。この記念日、あいつがいなきゃ駄目なんだ。
「じゃね!」
 広美は健助の肩をぽんと叩くと、駆け出した。いつの間にか、広美の家の前だった。
「……引っ越すのか」
 健助はひとりつぶやく。風が吹き、粉雪が流れた。すべてが真っ白に染まっていく。北海道の冬は厳しい。
 
 それからの一ヶ月は、まさに〈あっという間〉だった。放課後、健助と浩二は浜辺で待ち合わせ、材木を組み合わせては釘を打ち続ける。
「終業式に間に合うだろうか」
 浩二はいつも、そのことを気にしていた。
「そんなこと言ったって、間に合わせるしかないだろ」
 健助が答えた。作業は日が暮れるまで続く。不格好ではあるが、手作りのボートができつつあった。すべては約束の日のために……。凍える指先に息を吹きかけ、作業に没頭する二人。そんな折、北風は日に日に和らいでいった。
「……できたぞ」
「ああ」
「やったな」
 健助と浩二は堅い握手を交わす。それは終業式のわずか三日前だった。
 
 そして迎えた三月二十三日。その日は朝から晴れていた。南風は暖かく、町を撫でては消えてゆく。
 事実上、中学二年生としての最後の日である。終業式がすみ、成績表が手渡された。その帰り道。
 広美が訊ねる。
「浩ちゃん、どうだった?」
「僕は、まあまあかな」
 浩二が答えた。広美は、続いて健助に同じ言葉を投げかける。
「健ちゃんは?」
「俺はいつも通り、てんで駄目だな。体育以外は」
「見せて見せて……あ、ほんとだ」
「ほんとだ、はひどい。なあ、広美も見せろよ。どうせ成績優秀なんだろ?」
「まあね」
「全くしゃくに障る奴だ」
「えっへん」
 いつもの坂道を、三人は下っていった。道端には黒ずんだ雪の固まりが残っている。
 健助は急に真面目な顔つきになる。
「今夜は灯台だ。動きやすい服を着ておけよ」
「あの話、本当だったの?」
 広美の大きな瞳が、さらに広がる。
「楽しみに待ってなよ」
 浩二が付け加えた。広美はくすっと笑う。
「健ちゃんも浩ちゃんも、昔とぜんっぜん変わらないね。なんか安心しちゃった」
「じゃあ、また後で」
 海辺のT字路。浩二が手を振った。健助と広美も振り返す。
「また後で」
 丘の上の学校で十一時のチャイムが鳴る。浩二と別れたあと、健助と広美はたあいのない話をし、いつもと同じように別れた。
 
 時間は無情にも過ぎ去る。なんとなく落ち着かない健助は、待ち合わせ時間よりも相当早く家を出た。間違いなく一番乗りと思ったのだが。
「あれ、もう来てたのか」
「健助、遅かったね。最終点検はすませておいたよ」
 特製のボートは海辺の廃屋に隠してある。浩二はそこで、ボロ椅子に腰掛けていた。
「広美はまだだよな」
「そうみたいだね」
「……ごめん、早かった?」
 噂をすれば影。広美が姿を現す。三人は顔を見合わせ、似たもの同士だと笑いあった。
 
 広美は完成したボートを四方八方から眺めた。上から見たり、しゃがんだり。そして、しきりに二人をほめたたえた。
「すごいね、よく作ったね」
「へッ、俺と浩二が本気を出せばこんなもんよ」
 健助は胸を張る。ちょうど、波の様子を確かめに行った浩二が戻ってきた。
「予定よりは早めだけど、そろそろ出たほうがいい。夕凪(ゆうなぎ)のうちに」
 それを聞いて健助はうなずく。
「よし、行こう」
 力ずくでボートを押す。なんとか波打ち際に着く。砂には引きずった跡が残っていた。
 行(ゆ)き過ぎる風は、潮の香りを運んでいる。
「お前ら、先に乗ってろよ」
 健助はズボンのすそをまくり上げた。広美が訊ねる。
「大丈夫?」
「心配すんな。押してやるから。浩二、お前も乗ってていいぞ」
「悪いね」
 三人乗りのボート。一番前に浩二が乗り、真ん中に広美が座る。
「うおりゃあ」
 健助はボートの尻を思いきり押した。手作りのボートが水に浮かんでいく。
「やった、やったぞ!」
 浩二が万歳をした。
「よっと」
 健助はバシャバシャ水をはね、一番後ろに飛び乗った。ボートは大きく傾いたが、どうにか持ち直す。広美が言う。
「健ちゃん、頼むから風邪だけはひかないでね。うつされると困るから」
 三月とはいえ、北海道の海はまだまだ冷たい。
「なんで?」
「引っ越し作業があるの。家族総出でやるのに、あたしだけ風邪で寝込んでたらまずいでしょ?」
「引っ越し作業……」
 健助はその言葉を繰り返した。
「なんか、嘘みたいだ」
 浩二が言った。
「本当に、嘘だったらいいのにね。あたし自身もいまだに信じられないよ」
 広美は下を向いた。しかしすぐに元気を取り戻す。
「……ずっと楽しみにしてたんだ、今日のこと。いい記念にしようね!」
 夕暮れ。海は凪(な)ぎ、波は静まる。赤々と沈んでいく太陽を目指し、三人はボートを漕ぎ出した。
「ねえ、夕陽ってあんなに綺麗だったんだ」
 まぶしそうに手をかざす広美。太陽はすでに半分くらい沈んでいる。
「陽が沈む場所を、見てみたいね」
 広美は何気なく言ったのだろうが、健助はなぜか心に重圧を感じた。
 ボートは健助と浩二が交代で漕いでいる。本体同様、オールも至って簡素で、材木を磨いて角をとっただけ。それでも充分、役目を果たしていた。
「太陽が沈むのって、意外と早いんだなあ」
 浩二が言う。海にはまだ赤さが残っているものの、太陽は今や完全に隠れてしまった。それに代わって、灯台から放たれる光の帯が、次第にはっきりしてくる。
「あの灯台に行ってみたかったんだ」
 健助がつぶやく。
「それ、何年か前にも聞いた気がする」
 浩二が言った。健助はぼんやりと遠くを見つめる。
「灯台の存在はみんな知ってるだろ。この町に住んでる人間なら、夜空を見上げれば誰でも気づくはずだ」
 健助の話に耳を傾ける、浩二と広美。
「うん」
「案外近そうなのに、実際は手が届かない。誰も行ったことがない。俺は前から、いつか絶対に一番乗りしてやる、と心に決めてた」
「へーえ。小さい頃からの夢だったんだ」
 広美は目を輝かせ、健助の方を振り向いた。狭いボートの中では、顔と顔がくっついてしまいそうだ。ごくりとつばを飲み込む。
「やっぱり、遠いなあ。灯台は」
 健助はわざと話題を変えた。広美は再び前を向く。沖の灯台が予想以上に遠かったのは事実だった。
「健助、代わってくれ」
「ああ」
 浩二からオールを受け取ると、健助は勢いよく漕ぎ出した。
 
 夜の帳(とばり)がおりる。空には天然のプラネタリウムが広がる。ボートはようやく灯台のある小島に上陸を果たした。波の穏やかな入り江に到着する。
「……みんな、懐中電灯は持ったか?」
 期待と不安、喜びと悲しみ、いろんな感情が入り混じり、健助は声が震えた。
「ああ」
「準備完了!」
 浩二と広美の元気な声が救いだった。三人はほぼ同時に電灯のスイッチを入れる。
「よしっ、行こう」
 健助は最初に飛び降りた。
「俺が一番乗りだ!」
「あはは、健ちゃん、それじゃあまるで子供だよ」
 広美の笑い声。その合間を縫って、静かに寄せる波の音が響く。
「広美だって、まだまだ子供じゃんか!」
「う〜ん。そうかなぁ?」
「そうそう。子供だよ」
 浩二が口を挟んだ。
「何よ、浩ちゃんまで! 浩ちゃんだって」
「そう。僕たち、みーんな子供。この世界、本当の大人なんて存在しないんだ……」
 浩二の口調はなぜか神妙だった。
「とにかく、ボートを安全なところに移して、灯台の中に入ろうぜ」
 健助の提案に他の二人はうなずいたが、暗くてよくわからない。今や、空も海もすべてがまっ黒。健助は思った。自分たちの掲げる懐中電灯は、孤独に光るこの灯台と同じだ、と。
 
「錠(じょう)ははずれてる」
 浩二がつぶやく。三人は赤錆びた鉄格子(てつごうし)の前に立っている。
「この棒を横に動かせば……」
 格子の間から手を突っ込み、棒をガタガタ動かしていた浩二。
「よし。開いた」
 ついに扉が開かれる。三人はゆっくりと足を踏み入れた。コンクリート製の灯台からは、何かしらもの悲しい印象を受ける。ひんやりとした空気。
「気をつけろよ」
 健助が言った。その声が変に反響する。三人は、それぞれの電灯で適当に照らしてみるが、何も見あたらない。灯台の中は思いの外、がらんとしている。
「おかしい。何かあるはずだ」
 健助は焦る。
「待って!」
 広美が大声をあげた。
「え?」
「今、健ちゃんが照らしたところ」
「このへんか?」
 健助は光を動かした。
「もうちょい右」
 右、右……。だが、一向にうまくいかない。
「わかんねえよ。広美、お前が照らしてみろ」
「うん。よーく見ててね」
 広美の手から放たれた光は、大きく∞型に回ると、部屋の隅に向かった。そこに鉄製の梯子(はしご)が浮かびあがる。
「よし、登ってみよう」
 三人の足音と呼吸だけが、静けさの中にこだまする。健助は足がかりをつかんだ。一段目、二段目、三段目……ひとつひとつ確かめながら登る。
「ここが、灯台の頭脳部分か」
 二階は一階よりも狭かった。壊れかけた百葉箱(ひゃくようばこ)が壁に設置され、その近くに木製の椅子が転がっている。部屋の端からは壁に沿って螺旋(らせん)階段が伸びていた。目のような、二つのまん丸いガラス窓。それ以外には何も見あたらない。
「まるでロケットだ」
 浩二の声がした。健助は窓を照らしてみる。
「ガラスが曇ってて、何も見えないな」
 その時。
「何だこれ?」
 窓の横の壁に、何かが掘ってある。鋭い石を使って書かれたようだ。
「名前か……」
 ここに誰かが来た証拠だ。健助は内心、悔しがる。俺が最初じゃなかったんだ。それだけではない。いくつか並んでいる中に、見覚えのある名前があった。
「井上隆太? 間違いない……」
 健助の兄だった。健助は体中の力が抜けるのを感じ、壁にもたれかかった。
「広美?」
 急に、浩二が叫んだ。あれ、広美は……? 懐中電灯の光は二つ、つまり健助と浩二のものしかない。
「どこだ?」
 返事はなかった。螺旋階段に急ぐ浩二。健助も後を追う。足を踏み外さぬように注意しながら、二人は走った。どんどんのぼる。一段一段がもどかしい。呼吸が苦しくなってきた。
 ふいに、新鮮な空気が広がる。満天の星空。そこはちょっとした展望台だった。
「広美!」
「どうしたの? 慌てちゃって……」
 いた。ほっとため息をつく、健助と浩二。わずかな空白の時間(とき)が過ぎて、ゆっくりと広美が言う。
「ねえ、二人とも懐中電灯を消してみて」
「どうしたんだ?」
「いいから」
 健助と浩二はスイッチを切った。
 自分たちの真上を、自分たちを中心に光の帯がめぐっている。
「灯台の明かりだ……。やっと見つけたぞ」
「灯台もいいけど、海の向こう……」
「あっ!」
 普段、絶対に見ることのできない景色。黒い海を隔てて、家々の明かりが、まるで蛍のようにきらめいていた。漁港の辺りも点々と輝いている。あの中の一つが、確かに自分の家なのだ。
「なんて綺麗なんだろう!」
 浩二も見とれている。三人はしばらく、三百六十度の展望を楽しんだ。
「ありがとう……いい記念になった」
 急に、しんみりと広美が言った。その瞬間、健助は頭の中が真っ白になった。
「広美! どこにも行くな!」
 怒鳴った。それしかできなかった。言っておきたいことは山ほどあったはずなのに、何を言ったらいいのかわからなくなった。
「どうしたの、健ちゃん?」
 広美はできるだけ優しく答えたが、その声は震えている。
「……だって、仕方ないじゃない。あたしだって、ずっとこの町にいたかった」
「じゃあ、広美だけ残ればいいじゃねえか!」
「そういうわけには、いかないのよ。ごめんね、ごめんね……」
 広美は涙声になっていた。
「健助、もうそれ以上、何も言うな! 広美を問いつめる必要はないだろう!」
 浩二が叫んだ。そして、泣きじゃくる。健助も止まらない涙を抑えることができなかった。広美も同じ。三人のしゃくり上げる声だけが、しばらく続いた。
 波の音は、相変わらず静かだった。
 
「……広美、ごめんな」
 袖で涙を拭きながら、健助は謝る。
「ううん。いいの」
 そう言った広美の声が、健助の心に突き刺さる。
「すぅーっ、はぁーっ」
 浩二は無理矢理、大きく深呼吸をした。そして、沸き上がる感情を押さえつけながら、一言一言、かみしめるように語りかける。
「……あの卒園式、覚えてるかい?」
「もちろんだ」
 すぐに健助が答えた。
「ちゃんと覚えてるよ。うふふ……」
 広美は鼻をすすりながら、軽く笑った。その声を聞くと健助も浩二も、つられて笑いたいような、また、反対に泣きたいような、変な気分にさせられた。
「……大事な話の前に、懐中電灯をつけてもいいかい?」
 浩二が言うや否(いな)や、広美が叫んだ。
「つけないで! 涙、見られたくないもん」
「わかった」
 浩二の言葉には、落ち着きが戻っていた。
「三月も後半だっていうのに、季節はずれの大雪が降った、あの卒園式」
 今度は健助。
「十年後には、決めるって……。俺か、浩二かを。俺たち、あの日、一緒に告白しただろ。忘れもしない、三月二十三日だ」
「そんなことも、あったかな? 懐かしいね」
 広美はため息をついた。
「でもな、俺たちは、ずっとそれを信じてきたんだ」
 健助が言った。すかさず浩二。
「僕も、同じく」
 かすかな陸風が頬を撫でた。一呼吸おいてから、広美が答える。
「あたし……確かに十年後って言ったよね?」
「ああ」
「まだ、十年経ってないよ?」
「そんなこと言ったって……お前、引っ越すんだろう?」
 健助の質問を、広美はかわす。
「幼稚園の卒園は六歳。あたしたちは今、十四歳。計算すると、八年間だよ。まだ二年足りないね」
「八年も十年も変わらないだろう。とにかく俺たちは待ち続けたんだ!」
「健助、落ち着け!」
 浩二が、健助の暴走を止めようとする。
「……もう二年間、待って欲しい」
 広美が言った。健助は納得いかない。
「どうしてだよ! もう会えないかも知れないんだぜ!」
「帰ってくる」
「帰ってくる?」
「心配しないで。ちゃんと帰ってくるから。その記念日には、ちゃんと……」
「どうしてそんなことが言えるんだよ?」
「だって、約束破ったら針千本だもん」
 健助ははっとした。
「そんな昔のこと……覚えてたのか」
「もちろん!」
 広美は即答したが、健助は腑(ふ)に落ちない。
「でも……」
「わかった。そんなに心配なら、ここで新しい約束をしようよ。もう一つの約束」
 
『二年後、広美はちゃあんと帰ってきます』
 
「……これでいい?」
「だーめ」
「しょうがないなあ。じゃあ、健ちゃん、浩ちゃん、集まれー!」
「よしきた」
「僕も」
 健助と浩二は手探りで広美のまわりに集まる。
「じゃあ、やるよー」
 広美はとびきりの笑みを浮かべたが、真っ暗でなんにも見えない。
「はい、手ぇ出してー。けんちゃんも、こうちゃんも」
「あい」
「はーい」
 広美の右小指が浩二の左小指に、浩二の右小指が健助の左小指に、そして健助の右小指が広美の左小指に重なった。
「ゆびきりげんまん、うそついたら、はりせんぼん、のーます! ゆびきった!」
 声がぴったり重なる。八年前……あの卒園式と全く同じ。同時に、数々の思い出が三人の頭をかけめぐる。
 心の奥に熱いものがこみ上げてくる。三人は再び、思いきり泣いた。
 
 夜風が冷たくなる頃。
「さあ、帰ろ!」
 広美が言った。
「そうだな」
 健助が、大きくうなずく。
「親が捜索届けを出さないうちに」
 浩二が言った。帰り道は懐かしい思い出話に花が咲いた。
「絶対、また会おうね」
 広美は最後にこう言い残し、それから数日のうちに町から忽然(こつぜん)と姿を消した。
 
 ……あれから二年。健助も浩二も、腐れ縁というやつで同じ高校に通っていた。が、クラスは違うし、それぞれの部活が忙しくなって会う回数も自然と減った。たまに話すことがあっても、広美のその後は決して話題に上らなかった。互いに避けていた。
 高校一年の終業式。その帰り、健助は迷わず駅に向かう。手帳を見ると、確かに三月二十三日。
 短いホームに、同じ制服を着た男が立っていた。後ろ姿だけでも、すぐにわかる。
「やっぱり浩二か。もう来てたのか」
「健助、遅かったね」
「広美はまだだよな」
「そうみたいだね」
 その時。
 背後に、聞き覚えのある、なんだか懐かしい足音がした。
「さあ問題です。だーれだ?」
 小さな手で目隠しをされる。ちょっと、あったかい。鼓動は高鳴り、胸が苦しくなる。
「……ごめん、早かった?」
 健助と浩二は同時に振り向いた。その問題の正解を答えながら。そして……。

(了)



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