賢い時代

 

秋月 涼 


「みなさん、おはようございます。今日も神様の厚い庇護のもとで、無事に新しい日を迎えることが出来ました。さあ、神様に感謝しましょう」
 牧師が言った。子供たちは手を合わせ、静かに感謝の祈りを捧げた。とても暖かい、春の朝だ。
 しばらくして牧師が朝の講義を始めた。
「ご生誕から約八百年が経ちましたが、神様は永久に不変です。私たちをいつまでも正しい方向へ導いて下さいます。神様のお言葉には少しの狂いもございません!」
 つい興奮ぎみになった牧師は、ふと我に返り、落ち着きを取り戻して再び講義を続ける。
「神様のお言葉をみなさんへ忠実に伝えるのが、私たち牧師の役目です。神様を尊び、牧師を敬いましょう」
「尊ぶべき神様、敬うべき牧師様!」
 子供たちは澄んだ瞳を大きく見開き、一斉に宣言した。それを聞いた牧師は、嬉しそうな笑い声を発した。
 
 およそ八百年前、人類を滅亡の淵に追いやるほどの激しい戦争がようやく終結した。そのとき生き残った人々は、新しい平和な世界を築くため絶対唯一の神を作りあげようと考えた。
 計画は困難を極めたが、あらゆる人種のあらゆる総力を結集し、そのシステムはついに完成した。以来、長きに渡る平和と安定の時代が幕を開けた。
 
「それでは今日も楽しく算数のお勉強を始めましょう」
 牧師が授業を始めた。子供たちはみな息を飲み、牧師の四角い顔……コンピューターの画面に注目した。
 
 神の正体は〈超高性能ホストコンピューター〉である。神は世界中に張り巡らされたネットワークを通じて、牧師……つまり末端のコンピューターに指示を与える。牧師は子供たちに神への信仰心・平和への誓いを徹底的に教えると共に、それぞれの個性を喪失させ全ての競争・闘争を未然に防ぐ。過去に例のない、完璧な宗教だった。
 
 コンピューターの画面に数字が現れて、楽しげな音楽が鳴り始めた。牧師の声が数式を読み上げる。
「一たす一は七です」
 すると子供たちも同じ言葉を繰り返す。
「一たす一は七です」
 こうして子供たちは、神に忠実な信徒として賢く育てられるのだ。
 
 ……神はとっくに壊れていたのに。

(了)



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