コレクション

 

秋月 涼 


 ワイ氏はもともと無名の考古学者だったが、どこぞの遺跡で古代文明の秘宝を手に入れたことが契機となり、広く世間一般に知られるようになった。
 その秘宝とは、欲するものを何でも出してくれる悪魔のステッキ。噂が噂を呼び、あまたの人間がそのステッキに目を付けた。当然のごとく、むりやり盗み出そうと考える輩も出始める。今晩も手練れの泥棒がワイ氏の邸宅に近づいた。
 厳重な警戒を予想し、きわめて慎重に行動した泥棒は肩すかしを食らう。門は開け放たれ、庭の番犬もいない。玄関のドアはチェーンどころか鍵すらかかっていないし、薄暗い廊下にセンサーらしきものは見あたらない。
「あっ」
 突然、泥棒は身構えた。懐中電灯の光が怪しい人影を映し出したのだ。
「ん、なんだこりゃ?」
 昼間の太陽を彷彿とさせる、まばゆい金色……全身が黄金の像だった。それも一体だけではなく、ものすごい数の像たちが廊下に整列させられている。
「ワイめ、さすがは考古学者だ。例のステッキで、好みの立像を出しまくったのだな。しかも材質が黄金とは、趣味と実益を兼ねている」
 泥棒の気持ちは高まるばかり。
「何が悪魔のステッキだ、俺にとっては夢を叶えてくれる天使の杖だ。ああ、一刻も早く俺のコレクションに加えたい」
 そして思わずほくそ笑む。
「最初の願いは、あの像たちのような大量の純金で決まりだな」
 足音を立てずに階段を上り、寝室に突入した泥棒は、ナイフを取りだしてワイ氏の首筋に当てる。ワイ氏はとたんに目を覚まし、いとも簡単に降伏した。
「これが金庫の鍵です、金庫は一階の廊下の突き当たりにあります。そこに例のステッキがしまってあるのです」
「さすがに賢い学者だけあって、物わかりがいいな。長生きするぜ、あばよ」
 鍵を受け取って寝室を出ようとする泥棒に、ワイ氏はつけ加える。
「ステッキを握りしめ、自分の欲しいものを強く心に念じながらゆっくりと三度回れば、即座に夢が実現します」
 寝室のドアが閉まり、静寂が戻る。数分が経過したのち、ワイ氏はゆっくりと金庫へおもむいた。落ちているステッキを拾い、金庫にしまって鍵をかける。
 ワイ氏は金庫のそばに立ちはだかる黄金の像を引きずって、廊下に整列させた。
「あなたの夢が叶いましたよ、そして私のコレクションがまた増えたわけだ」
 像の顔はさっきの泥棒そっくりだった。

(了)



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