心の小箱 〜旅立ちの日に〜

 

秋月 涼 


 楽しい時は真っ赤なルビー。
 悲しい時は青いサファイヤ。
 嬉しい時は黄色いトパーズ。
 寂しい時は緑のエメラルド。
 
 あまたの出来事には、それぞれ、あまたの色がありました。
 それらの美しい宝石は、時が過ぎると、どれも似た色になります。
 優しく、はかなく、懐かしい、思い出のセピア色です。
 
 さあ、私の心をごらんなさい。
 古ぼけた小箱は、セピア色の宝石でいっぱいになりました。
 どんなに詰め込もうとしても、もはや入りきらないのです。
 私は古い小箱を物置にしまい、新しいのを用意しなければなりません。
 ……旅立ちが、近づいています。
 
 宝石をくれた人、もの、場所、時間、すべて。
 すべてに感謝し、私は新たな道を歩き始めます。
 長い道すがら、つらいことも待ち受けているでしょう。
 その時は思い出の小箱を出してきて、静かに開き、心ゆくまで眺めるのです。
 すると宝石は再び光を放ち、進むべき道をおぼろに照らしてくれることでしょう。
 
 新しい心の小箱が、たくさんの宝石であふれますように。
 みなさんの小箱も、たくさんの宝石に恵まれますように。
 
 旅立ちの日、そう願わずにはいられないのです。

(了)



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