風のいたずら 〜
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秋月 涼 |
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遮るもののない広い青空の下、町はずれのなだらかな丘を縫うようにして、小道が伸びている。その両脇は畑が続いていて、農家が丹誠込めて作っている作物は順調に育ち、今の時期、色とりどりの花をつけている。 その道を、取っ手つきの木の箱を右手に持った二人の少女たちが並んでゆっくりと登ってゆく。 「森が見えてきたね、お姉ちゃん」 肩の辺りで薄緑色の髪を切った小柄な少女が、広葉樹の森を指さして言った。 「木いちご摘みの依頼なんて、面倒くさいわねぇ」 浅紫色の長い髪が印象的なシェリアが、ほんのり汗ばむ額を手の甲でぬぐった。 二人とも農家らしい服装ではなく、仕事を頼まれて請け負っているようだった。姉のシェリアは淡い桃色のシャツにベージュのズボンを合わせ、花柄の模様のついた薄手の上着を羽織っていた。他方、四つ年下の妹のリンローナは姉に比べるといささか地味で、あまり特徴のない焦げ茶色のワンピースを着ていた。 突然、遠くからヒューという鋭い音が響いてきた。畑の花たちを波のように揺らしながら、強い風はあっという間に近づいてきて、次の刹那、姉妹のもとを駆け抜けた。 「んっ」 姉のシェリアが唸り声をあげ、反射的に左手で目の辺りを守った。前髪が不規則に揺れ動き、後ろで束ねた髪が犬の尻尾のように左右に大きくなびいた。 「きゃっ」 妹のリンローナは立ち止まり、小箱を持った右手を身体に押しつけてスカートを抑え、左手で頭を抱え、両足に力を込めた。風の中にはたくさんの花びらが混じっていて、手や顔にぶつかったが、ほのかな甘い香りがした。 風は通り過ぎ、畑の花たちは元のように首を起こし、姉妹もまた顔を上げた。 「すごい風」 シェリアが幻滅した様子で言う。一方、リンローナは驚いて空を指し示した。 「あっ、変な渦だよ!」 畑の上空で風が緩やかに大きな渦を巻いている。その中には数えきれないほどの細かいものが含まれていた。目を細めて凝視したシェリアは、こう言った。 「あれは……花びら?」 無数の小さな白い花びらや大きな赤い花びら、華やかな橙色、明るい黄色、神秘的な紫、それから緑の草の切れ端やら何やらが回っていたのだ。 「空のお花畑かなぁ」 夢みるようにリンローナが呟いた――その途端。 今度は正面の森の方から、風の第二陣が吹いてきた。 「きゃあ! 何よもう!」 先ほどよりも風が強く、シェリアは悲鳴をあげて頭を抱えた。花柄の上着の裾が激しく揺れ動く。しかし、そのそばに立つリンローナは打って変わってほとんど風の影響を受けない。短い風が過ぎ去った後、妹は不思議そうに首をかしげた。 「ん?」 「な〜んか、私ばっかり狙われてない?」 くしゃくしゃになった前髪を直しながら、不愉快そうにシェリアが言う。 それも束の間、聞き慣れてしまった高い音が響き始め、森や畑の草がざわめき、第三陣の風が来た。斜めに叩きつけ、横から押し、下から吹き上げる。シェリアだけを狙い打ちにするのだ、という相手の明確な意志が感じられた。渦に巻き込まれた若い娘は、上半身を曲げて眼を閉じながら左腕を振り回して抵抗する。 「もう、バカ、何すんのよ!」 「お姉ちゃん、大丈夫?」 心配そうにリンローナが近づこうとすると、シェリアは制止した。 「来ないで。怪我するわよ!」 そう言われた妹は困惑気味に見守ることしか出来なかった。 風が落ち着く頃には、シェリアの直した前髪はすっかり乱れてしまっていた。 上空では、相変わらず花びらがゆったりと渦を巻いて旋回している。髪を直す気力もなくなったのか、シェリアはただ恨めしそうに渦を睨みつけている。 「あっ。もしかして」 その時、隣で腕組みしていたリンローナの顔がぱっと明るくなった。小柄な妹はすぐさま姉に駆け寄って背伸びをし、耳に唇を寄せる。 「……」 何やら助言を受けた姉は、着ている服を見下ろした後、左腕を高く突き上げた。 「それだわ!」 嬉しそうに笑った彼女の行動は早かった。木いちごを入れるための木箱を地面に置いて両足の間に挟み、上着をあっという間に脱ぐと、天に向かって掲げたのだ。 「ほらァ、貸してあげるわよ!」 畑に、森に、空に――張り上げたシェリアの声は高らかにこだましてゆく。さらに彼女は、薄手の花柄の上着を思いきり振り回した。 「来るかなぁ……?」 リンローナは緊張の面もちで、姉の行動に注目している。 「来た!」 シェリアの口から放たれた声が風の叫びにかき消される。前髪が逆立ち、眉間に皺を寄せて呼吸さえ苦しそうな様子を見せ、身体が吹き飛ばされそうになりながらも、彼女は両足を踏ん張った。 そして眼を閉じたまま心を平静に保って機会を伺い、風が一番強いと思う瞬間を狙って右手の指を開いた。寄せては返す波が貝殻をさらってゆくかのように、温もりの残る上着は彼女の手を離れて、あっという間に高みへ運ばれていった。 「飛んだよ!」 リンローナが報告する。風が急激に収まり始めたので、シェリアも顔を上げた。 無数の花びらと一緒に、シェリアの花柄の上着は空の渦に取り込まれ、大きく回り始めた。澄んだ川の水に乗ってどこまでも運ばれて流れてゆくかのように、渡り鳥のように、両腕を広げて気持ち良さそうに羽ばたいている。 「あとで、ちゃんと返しなさいよ〜」 口に両手を当ててシェリアが呼びかけた。それから足元の小箱を拾い上げる。 「さあ行くわよ。じっくり働かなくちゃ」 「うん!」 リンローナは素直にうなずき、姉と一緒に歩き出す。爽やかな風が町から畑を越え、森の方に向かって通り抜けていった。 | ||
(了) | ||
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