ミラスの夏 〜
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秋月 涼 |
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内陸のメポール町が蒸し暑い日でも、そこから街道筋を東に赴き、ヒムイル河を越えた向こうにあるエスティア領ミラス町では、海風と西風の影響でからっとした天気になることが多い。夏ともなれば、近くのエメラリア海岸は保養に来た貴族たちで賑わう。ミラス地域は観光収入によって豊かさを享受し、伯爵家の繁栄にも繋がっている。メインストリートの両側には、古びてはいるが質実剛健な建物や、繊細な彫刻を施した真新しい貴族の別荘が、広々とした中庭を誇らしげに立ち並んでいる。 「今日と明日は、うち、お客さん誰もいないんだ」 「もし都合が良かったら、ルーユちゃん、遊びにこない?」 シャンとレイヴァの兄妹は別荘経営者の子供たちである。訊ねられたルーユは、領主ミラス伯の一人娘であり、白いワンピースと白い帽子のよく似合う、ほっそりとした少女であった。 「ええ、今日ならば、夕方の晩餐会までなら大丈夫です。けれど本当にお邪魔して構わないの? せっかくのお休みなのに」 少し首をかしげ、心配そうに訊ねたルーユの心の雲を吹き飛ばすかのように明るく、レイヴァは黄金の髪を揺らして促す。 「こんな時くらいしか呼べないもの。気にせず、おいでよ!」 「ルーユちゃんなら大歓迎だよ。伯爵令嬢のルーユ様だって、家の者もみんな喜ぶし……美味しいケーキをご馳走するよ」 将来はエスティア家の聖騎士になりたい十五歳のシャンも太鼓判を押した。ルーユはほっと胸をなで下ろし、礼を述べる。 「ありがとう、喜んでお邪魔しますね……だけど、私のことはいつもの通りに呼んでね。伯爵の娘だって、私は私ですから」 「そういう風に言えるルーユちゃんって、ほんとうにすごいと思うの。他の町とか他の国なら、到底、考えられないよ、きっと!」 「褒めすぎですよ、レイヴァちゃん」 ルーユは微笑(わら)った。シャンも照れたように補足する。 「大人たちは区別したがるけど、ルーユちゃんは僕ら兄妹にとって、一人の大切な友達だよ。たとえ伯爵令嬢ではなくとも」 「ありがとう」 可愛らしい一輪の花のようなルーユは、今度こそ朗らかな笑みを浮かべる。三人は並んで、緩やかな坂を登っていった。 | ||
(了) | ||
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