もうだめ? 〜
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秋月 涼 |
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「ねむちゃん、暑くて限界だよぉ」 今にも倒れそうに、ふらふらと石畳の道を歩いているのは、南ルデリア共和国はズィートオーブ市に住む、十六歳のリュナン・ユネールだ。普段、居眠りばかりして〈ねむ〉という愛称を付けられてしまったが、それを案外気に入って自分でも使っている、やや幼い少女である。三つ編みにした黄金の髪は若者らしい煌めきを忘れていないが、痩せ気味の頬は青ざめ、見るからに夏バテしている様子であった。この町は海沿いであるが、夏は乾燥し、気温はかなり上がる(そのぶん、冬は暖かく湿潤だ)。 「こないだは『最近、雨ばっかりで調子悪い』って言ってたよ? あたい覚えてる。その前は花粉だ、風が冷たいだの……」 親友に対して厳しく意見するのは、見目麗し赤毛の少女、オッグレイム骨董店のサホである。日焼け止めのため夏でも長袖を着ているリュナンと比べ、サホは白系の半袖シャツにズボンという、いかにも軽快で、異性の目を引く出で立ちであった。 「だって、だめなんだもん……」 虚ろな瞳で、消え入るように応えたリュナンに対し、 「よしっ、ねむ、やっぱ体力つけなきゃ。猛特訓だなっ!」 サホの瞳は熱血の炎で真っ赤に燃え上がったかに見えた。 が、せっかくの勢いに水を差し、リュナンは手で制す。 「サホっち、その前に一言」 「何?」 と、サホが訊ねる間だった。 「もうだめ」 道端に植えられた照葉樹に寄りかかるようにして、リュナンはゆっくりと崩れていった。まるでその刹那だけ時の神が悪戯をし、砂時計の砂が遅くなったようにサホは感じた。スローモーションで身を乗り出し、腕を差し出す自分の遅さがもどかしい。 なんとか掴んだ相手の手首は驚くほど細かった。 「あたいの方が『もうだめ』よ……」 親友をおぶって帰り道をたどる。サホの背中は汗で湿っていたが、ぶつぶつ文句を言っている割には、それほど嫌そうには見えなかった。気を失ったリュナンの身体は今にも折れそうで、軽々と持ち上がり、そのことはサホの心をむしろ重くさせた。 (ぜったい、元気になるんだよ。ねむ!) 人一倍、ぜんそく持ちのリュナンを思いやるサホであった。 | ||
(了) | ||
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