市街戦 〜
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秋月 涼 |
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空気は張りつめ、息苦しいほどだ。 十九歳の新進女性格闘家・ユイランは、黒い前髪をなびかせて素早く武器を掲げ、相手の出方をうかがう。どんな動きも見逃さず、針の落ちる音さえ聞き逃さないように精神を集中させた。 「ふふふ……そこにいるのはバレてるよ」 ユイランは不敵に微笑した。余裕ある態度とは裏腹に、彼女の厳しい視線には焦りさえ生じていた。かりそめの平和はもろくも崩れ、マツケ町のとある宿屋は死の匂いの修羅場と化した。 「大人しく出てきなさいっ!」 良く通る高い声で怒鳴る――刹那、敵が姿を現した。 振りかぶり、狙いを定め、思いきり振り下ろす。 「どりゃー!」 そこは突如、凄惨とした殺戮(さつりく)の現場となった。 「どりゃ、どりゃ、どりゃあ!」 ユイランの執拗な連続攻撃が繰り返される。敵は言葉もなく、その度にすんでの所で交わす。白熱した戦いは一方的なものであった。ユイランの額と背中を冷たい汗が流れ、ドアの隙間から覗いていた宿屋の娘はひっきりなしに金切り声をあげた。 「きゃあっ! こっちに来ないでっ」 その時、敵は一度退却して体勢を立て直そうと判断し、素早く駆け出す。最後のチャンスに、ユイランの渾身の一撃が――。 ついに相手の背中にめり込んだ! 「やった!」 執念で逃げる敵に、彼女は二発目、三発目をお見舞いする。さすがに鍛え方が違う格闘家の波状攻撃に、さしも立派な装甲の敵も動かなくなった。相手の生命力を警戒し、ユイランは念のためにとどめを刺す。民家の戦いは、こうして幕切れとなった。 「さすがです、ユイラン様! ありがとうございます!」 ドアの隙間から顔を覗かせていた宿屋の娘も、ようやく安堵して、ほっとため息をつく。ユイランはVサインを出して満足そう。 「ま、こんなもんよ。標的は必ず仕留めるわ……なんちゃって」 ユイランのあまりの怪力に、武器であった箒(ほうき)の柄は折れ曲がり――粘液を流してペチャンコに潰れたゴキブリは、台所の片隅で冷たい骸となって神に召されたのだった。合掌。 | ||
(了) | ||
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