旧友の絆 〜
|
||
---|---|---|
秋月 涼 |
||
ルデリア世界有数の教育機関であるモニモニ町の魔法学院に、今日も夕暮れが訪れた。その石造りの広い校舎の一角から焼きたてのケーキの美味しそうな匂いがあふれ出してくる。 「たいへーん、大ニュース大ニュース!」 突然、廊下を慌てて駆けてくる足音と、大声で騒ぎ立てる女子生徒らしき声が聞こえた。それがだんだん近づいてくる。 ドシン。 何かがぶつかり、入口の木製のドアが震えた。 「いったた〜」 調理室という札が掛けられたドアをゆっくり開けて入ってきたのは、この学院の白を基調とした制服を着た十六、七の少女だった。赤い鼻先を撫でているのは、どうやらドアを開ける時間も勿体ないというほどの勢いで突進したからだろうと思われた。 中にいて、椅子に腰掛け、焼き上がったばかりのケーキを今まさに試食しようとしていた〈料理研究会〉の面々は、突然の来訪者に注目しつつも、きょとんとした表情をしていた。入ってきた女生徒は〈料理研究会〉のメンバーではなかったからである。 「ねえ、みんな、大変なのよ!」 「……ナミリアさん?」 つと立ち上がって低い声で応えたのは、濃い緑の瞳を伏せがちにし、長い金の髪を後ろで結んだ、背が高く地味で無表情な生徒だった。彼女の名はリナ・シグリア、少し――いや相当変わっている十七の少女だが、このサークルの代表者である。 汗をダラダラ流し、茶色の髪を取り乱した聖術科所属のナミリア・エレフィンは、興奮を抑えきれぬ様子で矢継ぎ早に言う。 「みんなも仲が良かったたら、大ニュースを早く教えようと思って、家から走って来ちゃった。あのね、リンローナがね……」 「えっ? リンローナが帰ってくるの?」 思わず立ち上がったのは、リナと同学年――つまりナミリアからすれば先輩に当たるメノアである。リンローナという一言で、にわかに他の〈料理研究会〉のメンバーもざわめき出す。 「あの、リンローナからね……」 ナミリアはもったいぶって、全員の顔を見回しながら言い直す。そして後ろ手に隠していたものを今とばかりに高く掲げた。 「手紙が届いたの!」 薄くて白っぽい封筒を見た刹那、場の空気は溜め息で塗り替えられた。この部にかつて在籍し、新入生ながら活躍していたのにも関わらず、突然休学してメラロール王国へ行ってしまったリンローナがいよいよ帰ってくると皆が期待していたのである。 しかし今まで何一つ分からなかった彼女のその後の消息が分かるということは大きな前進であることに気づき、次の瞬間、ナミリアは殺到する女生徒に押し合いへし合いされていた。 「ちょっと、そんなに押さないで。せっかくの手紙が破れちゃう」 悲鳴をあげるナミリアに気づいたのは、やはりリナと同学年でお酒好きの最上級生チャネだった。大声で場を引き締める。 「ストップ! みんな、見苦しいぞ〜」 すると部員たちはピタっと動きを止めて静かになったが、その目を期待に輝かせ、ナミリアを囲んで円くなり、待ち続ける。 「はぁ、はぁ……お願い」 息が上がっているナミリアから手紙を託されたのはリナだ。 「リナ、読み上げます」 「大声で頼むわね、大声で」 チャネが注文を付けると、リナは少しだけ瞳を曇らせたが、すぐに封筒に向き直り、丁寧な手つきで中から便箋を取りだす。 そして……。 関連作品→『記憶の扉「学園編」』 | ||
(了) | ||
【この作品は"秋月 涼"の著作物です。無断転載・複製を禁じます】 |